第28話『悪意』
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────魔法学院がものものしい空気に包まれたのは、陽も昇りきった頃。白髪にあごひげを蓄えた壮年の男が、部下を引き連れて魔塔の制服である純白のローブに身を包んでやってきた。
彼らはわき目もふらずに校舎へ乗り込み、職員たちの制止にも応えず、最上階にある学院長室へ踏み込んだ。大きな二枚扉を突き飛ばすように開け、怒りの形相を以てして、デスクを前にするローゼに詰め寄った。
「貴様いったいどういうつもりだ、ローゼ・スウィートレッド!」
「はて、なんのつもりかと言われましても」
ローゼはまるで彼を見もせずに、デスクの書類をとんとん束ねた。
「子供の喧嘩でしょう。エドワルドくんも随分と無理をされたようだ」
「貴様……! 俺の子は貴様に預けたのだ、これは職務怠慢ではないか!」
「えぇ。ですから解決に努めましたが、壊れた魔力回路をどうしろと」
ローゼはいつになく強気で、取り付く島もない。
「ビエントさん。いや、フェルム公爵とお呼びした方がいいかな。あなたのお気持ちは察しますが、割れたカップを繋いだって元通りにはならない。形だけの魔力回路など、私どもには手の施しようがないのです」
「ああ、分かっている……」
ビエントが冷静になろうと努めて、深呼吸をする。
「ならば聞き方を変えよう。俺のエドワルドに手を出した不届き者を連れて来い。既に名前も聞いている。連中と直接、話をさせろ」
「もちろんですとも。事情が事情ですから、既に呼んでいます」
くいっ、と顎で示した先に、エルリィたちは並んで立っていた。
その姿を見るやいなや、ビエントは目の前まで踏みつけるように歩く。
「久しぶりだな、エルリィ・パードリグ」
「ご無沙汰しております、フェルム公爵閣下」
凄まれたところでエルリィはびくともせず、ニコニコしながら頭を下げた。
「相変わらず感情の読めん奴め。そうやってエドワルドの将来も奪ったか。パードリグに拾われただけの野良犬が、調子づきおって」
「それはもう、躾の出来ていない飼い犬がいたものですから」
口元に手を当ててクスッと笑う。
「困りますわね。フェルム公爵ともあろう御方が、愛犬の躾もできていないだなんて知れ渡ったら良い恥でございましょう。ですから代わって差し上げたのです。見境なく咬みつくので、それはもう牙をごっそりと」
睨み合うふたりをよそに、周りは陣営どちらともなく『嫌な言葉の応酬だなあ』と苦い顔で眺めた。貴族同士のやり取りなど耳に堪えない、意地の悪さの比べ合だ。聞かされている方にはたまったものではない。
「偉そうにぬかしおって。パードリグの名を背負ったつもりか」
この小娘をどうしてくれようと拳を震わせる。
今にも手をあげそうなほどの怒りが込み上げてきた。
「あの、すんません。俺からもいいですか?」
エリオットが割って入った。ビエントの怒りを分散して冷静さを取り戻させるほど、態度の軽い平民は貴族同士の諍いにも動じない。
「多分、そのまま喧嘩してても埒が明かないっすよ。お互いに納得のいく方法で決着をつけましょうよ。その方が時間も無駄にならない」
「……平民風情が、俺が何も知らんとでも」
チッ、と大きく舌打ちをしてビエントがエリオットに目を細めた。
「貴様の母親が経営している小さな店なぞ、合法的な手段でいくらでも潰してやる方法はあるんだ。いちいち口を挟んでくるんじゃない、後で相手してやる。……だが、確かに貴様の言う通り、時間の無駄だ」
じろっと全員を一瞥して、名前を口にしていく。
「エルリィ・パードリグ。アウレリア・オムニス。クラリス・バックメイヤー。エリオット・フランツ。貴様らの名は覚えている、覚悟しておけ」
明らかな規則違反に、黙っていられなくなったローゼが口を挟む。
「失礼を承知で申し上げますが、此処では個人情報について本人以外が口にすることは禁じています。二度目はありませんよ、公爵閣下」
強い反発にビエントは不服そうにしながらも失態を認めた。
「こちらこそ礼を欠いたな。規則は規則だ、今後も含めて模範となるべきだった。……だが、それとこれとは別だ。俺の息子をどうしたと思う?」
「それがたとえ、これまで何人の生徒を殺めていてもですか」
強く詰め寄ったローゼに、ビエントがふんと鼻を鳴らす。
「こちらは示談で成立させた。あちら側も納得の上でだ。その後に晦ませた行方について、わざわざ此処で議論するつもりはない。話を逸らすな」
返せない言葉に、ローゼが気に入らなそうに唇を噛む。
そこでアウレリアが小さく手を挙げた。
「僭越ながら申し上げてもよろしいでしょうか、公爵閣下」
「お前はオムニス男爵の娘だな。なんだ、言ってみろ」
「……エルリィと言い争っても話は平行線です。そこで私から提案が」
ちら、と隣で淑やかで強かな女性を演じるエルリィを見る。
前日にアウレリアだけが部屋で聞かされた作戦に、本当にこれで上手く行くのだろうかと心配に思いながら、予定通りにアプローチをかけた。
「魔法使い同士、決闘をされるのはいかがでしょうか。ちょうど公爵閣下にも人数がいますから、チーム戦という形式で。ルールは────」
ルールは単純。四対四で戦い、どちらかが全員降伏するまで戦うこと。また、降伏を宣言した者は脱落と見做し、攻撃してはならない。あくまで決闘は互いの正当性を証明するものであるべきだからだとアウレリアは言った。
そして、説明にビエントが顎ひげを束ねるように擦りながら頷く。
「素晴らしいな。オムニス男爵令息は戦場でも頭の足りんが、お前は要領が良い。それだけに勿体ない。我が子に手を出した罰を与えてやらねば」
「妄信的になるのはおやめください。ご子息の罪は変わりません」
アウレリアも気丈に反抗する。ビエントの不機嫌ぶりは変わらなかったが、少なくともエルリィよりかはマシな反応を見せた。
「いいだろう、決闘を呑もう。人員はこちらで選ばせてもらう」
エルリィが内心でほくそ笑む。表情にはおくびにも出さずに。
(そうじゃ。そなたの性格は知っておる。あの愚息とは違い、自らが戦うときはフェアを選ぶ。少々本気を晒さねばならぬが、全員を守るためならこれ以外に手はない。そなたもそうであろう。死んだ息子に重ねた男を妄信的に愛したがゆえに、戦わねばならない。そうであろう、そうであろう?)
堪え切れない。完全に俯いたエルリィに気付いたアウレリアは、その子供とは思えぬ歪な笑顔を見て言葉を失った。最初から全て見透かしていたかのような、悪辣な表情。普段からはまるで想像もできない悪意に満ちていた。




