第26話『傲慢の末路』
回路が破壊された魔法使いの辿る末路は良いものではない。エルリィは公爵家であらゆる本を読み漁り、会ったこともない誰かの凄惨な人生を見た。
優れた魔法使いの素質を持ち、その道に進むと決めた人間の居場所は魔塔か、戦場のどちらかだ。もし魔法使いとしての道を閉ざされたのなら。落第者の烙印を押されて屈辱の中を這って生きるしかない。特にそれが、エドワルドのように孤児として拾われた貴族ともなれば。
「やめっ、やめて、くれ……! それだ、けは……!」
「喋る元気があるのか。うむ、偉い偉い! 根性は立派なものである!」
子供をあやすように甲高い声で褒めたたえながら、エドワルドの魔力回路をズタズタにしていく。躊躇はない。むしろ生かしているだけ温情だ。
「言うておくが、貴様程度であれば痕跡ひとつ残さず殺すことも儂にはできる。そうしないのは、儂もいまや人の子であるからじゃ。せいぜいフェルム公爵に可愛がってもらうがいい。亡くなられたフェルム公爵令息も鼻が高いであろうよ」
魔力の巡りが悪くなると感覚で分かる。エドワルドは自分の中から消えていく大切なものに生まれて初めて悔しさと怒りで涙をこぼす。もはやどう足掻いても殺せない目の前の娘を憎悪し、歯軋りをして睨みつけた。
「ほほ、怖い怖い。身体強化しても傷つけられぬ相手に、よもや魔力を失くしてもなお喉に食らいつかん目つきじゃ。野良犬もここまで来ると格好がつく」
指を引き抜き、れろ、と血を舐めて背を向けた。
「道を踏み外した人間に興味はない。二度と儂の前に現れるなよ、小僧」
高笑いをあげてその場を後にする。どれほど恨まれようと構わない。今まで一度たりとも振りかざしてこなかったものが、エドワルドが今まで何度も自分のもののように振り回してきたそれが、エルリィにもあるから。
「……さて、はよう戻ってやらねばのう」
クラリスの怪我はかなりひどかった。力任せに殴り倒されたのだから、場合によっては骨が折れた程度では済まないかもしれない。外傷程度ではバラバラにされでもしないかぎり魔力回路も壊れはしないが、治療を急ぐ必要があった。
寮に戻ると玄関先でアウレリアが待っていた。その隣にはローゼがいて、事情を尋ねているところだった。
「おお、当事者が来たらしいな。アウレリア、もう行っていいぞ」
「は……。失礼いたします」
止められたエルリィが露骨に眉を顰めて、ローゼはしかめっ面で返す。
「これも仕事だ、恨むなよ。エドワルドはどうした」
「死にました」
「スムーズに嘘を吐くな。信じそうになるだろ」
「ぬふ……まあ、死んだと言ってもあながち間違いではないので」
また仕事が増えそうだとローゼが額に手を当てた。
「何をしたか、正直に話せ。どうせあとで知れ渡ることだ、先に言っておいてくれた方が調べる手間が省けて助かる」
「魔力回路を壊した。もう二度と魔法使いには戻れんじゃろう」
悪びれもせず、良いことをしたふうに言うのがローゼには信じられなかった。かといって駄目だとも思わなかった。
「自業自得だな、アレには困らされていた。公爵家が関わるとロクなことがない。退学した生徒は行方知れずで、家族も示談になったと口を開かないせいで、いつもこちらが後手の対応を取らされてきたが……」
フッと気味良い笑みで、学院長にあるまじきことを言い放った。
「あのバカがいなくなってせいせいする」
「……それ、あまり声を大きくしない方が良いのでは」
「知ったことか。私はさっさとやめたいんだ」
ローブのポケットから当然のように煙草を取り出して咥え、先端を指で軽くトンと叩くと火が点く。めいっぱい煙を吸い込み、空へ吐き出す。
「しかし、信じられんな。たかが十六の子供が他人の魔力回路を壊すとは。無理をすれば廃人になっておかしくないが。無事なのか?」
「少なくとも普通の生活は送れる。魔法使いとしては死んだがのう」
ローゼは疑惑の眼差しでエルリィを見た。子供らしくない言葉遣いも含めて、あまりに魔法に精通しすぎている。魔力検査の結果といい、才能があるでは済まされない。そんな直感をおくびにも出さず、煙草を吸って頭の中を切り替えた。
「まあいい……。ところで、お前は理解できてるのか。アレに手を出したということは、馬鹿な親父が出しゃばってくることになるが」
「儂とてパードリグの名を背負う者。覚悟はしておるぞ」
よくもまあ堂々としたものだと呆れて笑ってしまう。
「これだから貴族は……。わかった。どうせ数日のうちに抗議にやってくるだろうから、そのときは呼ばせてもらう。それとクラリスは無事だ、私が処置した。傷跡はひとつも残ってない。今頃は目を覚ましてるだろう」
ぱあっと顔が明るくなったのを見て、何が本当の顔なのかが分からなくなってくる。本当にただ純粋な変人枠の子供なのか、それとも。ローゼはそこまで考えてからエルリィの頭をぽんと撫でて、校舎に戻っていく。
「会いに行ってやれ。今を楽しめよ、ガキでいられるのも少しの間だけだ」
「……うむ、ありがとう!」
急いで寮にある保健室に走った。扉を思いきり開けたとき、ベッドで目を覚まして話をしているクラリスの姿が目に飛び込んでくる。
「クラリス! よかった、無事じゃったか!」
「エルリィ。ごめん、アタシのこと助けてくれたんだって聞いたよ」
「ん……いや、礼は儂よりもそっちの色男に言うた方が良い」
「えっと、エリオット先輩だよね? 彼が助けてくれたの?」
自分が助けたなどと言うつもりは微塵もないらしく、エリオットはほんの少し照れた顔をして視線を逸らし、頬を指でやんわり掻く。
「いや、俺は何も。彼とは初対面だったから上手く騙して、君を担いで逃げただけだよ。子猫ちゃんがいなけりゃ、エドワルドに捕まったと思う」
三年間、学年首席を恣にしてきたわけではない。積んできた経験も違うなら勝ち目は薄い。そこで思いついたのが、騙すこと。自分の軽薄さを理解しているエリオットならではの作戦だったとエルリィは感心していた。
「そなたを誤解しておった。空気の読めん男かと」
「空気は読めないんじゃなくて読まないんだよ」
さらっ、と前髪を梳いて自信たっぷりにエリオットはそう言った。
「自分から声も掛けずに仲良くなろうなんて贅沢は無理な話さ。相手が嫌がったとしても、切っ掛けがないと始まらない。君たちだってそうだろ?」
言われてみると心当たりのあるエルリィとアウレリアは、顔を見合わせて笑う。なるほど、切っ掛けは確かにあったと。その形が、いくらか歪でも。
「ね、ねえ……。それでエドワルドはどうなったの」
クラリスの手が震える。一ヶ月も経たないうちから、どれほどの恐怖に襲われていたことだろう。エルリィの表情も自然と柔らかくなった。
「安心せよ。そなたの前に現れることはもうない。現れたとしても、もはや別人のように成り果てているであろうよ。後始末も儂がしてやるとも」
「……ありがとう、エルリィ」
緊張が解けたのか、クラリスはぶわっと滝のように涙を流す。もう二度と襲われたりしないのだと、心の底から安堵した。
か弱い娘に抱き着かれ、優しく頭を撫でながらエルリィはぽつりと。
「どういたしまして」




