第24話『不穏』
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パーティから一夜明けて、あっという間に日常が戻ってきた。ひとときの愉快な非日常も過ぎてみるとただの思い出だ。今は机に向かって、うとうとしながら授業を受けている真っ最中。ときどきかくん、となっては「エルリィさん、授業中ですよ」とシエロに注意を受けて、周囲に笑われる時間が続いた。
「────はい、それでは今日はここまで。明日は魔法基礎学の続きから始めていきますので、黒板の内容を忘れずにノートに書いておきましょう」
授業が終わって、エルリィはまた大きなあくびをして体を伸ばす。
「あふ……。退屈じゃのう」
「まあ、何事も初歩からが大切だ。当たり前にしてはいけない」
アウレリアの言うことは尤もだと頷きながら、机に肘を突く。
「にしてもクラリスが欠席とはのう。昨日の今日で疲れたようじゃな」
「昼休憩の間に一度戻って様子でも見に行くか?」
「うむ。見舞いにゼリーでも買っていこう。部屋を出る気力もあるまい」
昼休憩は一時間だ。体調の悪いクラリスを見舞ってからでも昼食の時間は十分にある。せっかくなら顔を見ておきたいと二人で寮に戻った。
購買にあるお菓子やジュースを買って部屋に行き、ドアを叩いてみる。しん、と静まり返っていて返事もない。よほど疲れているのだろうと思い、ドアノブに袋を掛けて、ひと声だけ掛けておく。
「クラリス。疲れておるようじゃから見舞いの品を持ってきたんじゃが、返事もできぬほどみたいじゃから、ドアノブに────」
「あれ、子猫ちゃんたち。その部屋にいる子なら、さっき出て行ったよ」
偶然通りがかったエリオットが不思議そうに話しかけてきた。最初はまたコイツかと思ったものの、意外な言葉にエルリィが尋ねる。
「薄青の髪をした娘であったか?」
「え、うん。体調が悪そうだったけど、三年の先輩が来て……うわっ」
急にガシッと腕を掴まれて、冷めきった瞳が脅すように続けて問いかけた。
「どこへ行ったか分かるか」
「いや、分からないけど。何かあったのか?」
エルリィは即座に後を追おうとクラリスの痕跡を探す。だが、魔力が反応しない。何か細工をされたのだと理解して、悍ましい男の歪な笑みが脳裏に浮かぶ。それに追い打ちをかけるようにアウレリアが呼んだ。
「おい、エルリィ。見てくれでは分からんが、鍵が壊れてる」
「関わるなと言っておいたが、そうもいかんかったか」
しつこい男だ。過去を完全に断ち切れると思っていたが、エドワルドの傲慢さは想像をはるかに超えていた。苛立ちで握った拳から血がぽたりと垂れた。
「子猫ちゃん。何があったか分からないが、拳を強く握り過ぎだ。何か困ったことがあるなら俺も力になるよ。これでも人並みの常識くらいはある」
「……そなたはただの女好きでは?」
ぴくっと身を跳ねさせて、気まずそうにエリオットが引き攣った笑いを浮かべる。それはあながち間違いでもないのだが、と思いながら。
「レディが困ってるときに見て見ぬふりをするほど馬鹿じゃないってことだよ。もし無理やり連れていかれたんだとしたら、俺の方が学院の敷地には詳しいと思う。可能性のある場所をピンポイントに案内できるけど、どうだい?」
悪くない提案だ、とアウレリアもエルリィの肩に手を置く。
今は手段を選んでいる場合ではない、と顔を見合わせて頷き合ってから。
「では頼む、エリオット。儂の友人がいそうな場所へ案内してくれ」
「呼び捨てなんだ……まあいいけど。ついておいでよ」
思わぬ助っ人になったエリオットは、意外にも真剣な顔をして淡々と道案内をする。さすがにエルリィたちの先輩なだけあって、極小の町とも言える広大な敷地のどこに何があるかを全て把握していた。
「学院はどこも広いから建物も少ないように見えるけど、実際はかなり密集して建てられてる。学院の本校舎を中心に、大きな建物が六棟。それぞれが学年ごとにクラスで分けられた寮だ。それで周囲に色んな店が構えてる。学生向けのカフェとか、パン屋とか、普通の町みたいにね。だけど端の方になってくると生徒もあまり歩かないから、店も少なくなってくる。となると整備されない区画も出てくるわけだ」
公園が設置されて見栄えがよくなってはいるが、深い森のように木々が密集して人気を感じない場所もある。エリオットが案内しようとしたのは、そんな誰も立ち寄らないふうに見える都合の良い場所だった。
「エリオット殿は詳しいようだが、なぜそんな森があることまで?」
「そりゃ、秘密のデートスポットに使ってるからさ。少し入ると開けた場所があって、カップルが稀に来るんだ。君たちもいつか使うかもな!」
なんとも軽い話だ。聞いて損したとアウレリアが顔を逸らす。
「ともあれ、此処なら可能性は十分に高い。他にも似たような場所がいくつかあるけど、此処が一番誰も来ない。三年なら噂くらいは耳にしてるはずだ」
「そなたも存外、頼りになるところがあるんじゃのう」
「デリカシーはないのにって? ハハ、君たちが綺麗なのが悪いんだよ」
ふわっと前髪を梳いたのを見て、エルリィはもし急を要さなければ今すぐにでも蹴り飛ばすほど呆れた。初めて見るタイプの性格なのに、なんの興味も湧かないどころか、どこか腹が立つ気もする。
先を進んで案内するエリオットは茶化すのも程々にして森に入る。一見すればないような道が、生い茂った草や小さく伸びた枝に隠れていた。
「こっちだ。静かに、足音が聞かれたら台無しだろ?」
「なら儂が手を貸そう。それくらいの魔法は使える」
地面に手を触れて小さな魔力の円を作った。あまり広げすぎると勘付かれる可能性もあり、三人がぎりぎり入れる極めて最小限の大きさだ。内側にいる限りは、どんなに物音を立てても周囲には響かない。
「便利な魔法を知ってるんだな。これ、俺にも教えてくれないか?」
「馬鹿を言うでないわ。そなたの使い道なぞ知れておる」
「ですよね。……と、今はそんな話してる場合じゃなさそうだな」
茂みの中でエリオットが手で進路を遮り、前進を止めた。
「いた。あいつだ、俺が見かけたの」
エリオットの隣に並び、エルリィが見たのは間違いなくエドワルドの姿だった。手を血に濡らし、地面に倒れるクラリスの頭を踏みつけていた。




