第22話『邪魔者』
美味しい料理に楽しい話。前半では面倒なこともあったが、上塗りして消してしまうほどに飲んで食べて、笑い合った。ときどき、しつこく話しかけてくる者もいて、エルリィとの繋がりを持とうとしているのが明白だった。
彼らはパードリグ公爵家の令嬢の特徴的な外見をよく知っている。下手に出ればロドリックとの取次に使えるかもしれないと企みに満ちた目で近寄った。
そのたびにエルリィはするりと網目を抜けるように躱して逃げ去り、聞こえてきたしたうちにざまあみろとほくそ笑んだ。
「そういえば、お嬢様。旦那様が返ってくるのは延期になりそうだと手紙が届いております。領地で魔獣が確認されたので、対処が終わるまでは戻れないと」
「おろ……。それは残念じゃ、立派なトロフィーも貰ったのに」
魔獣を駆除するとなると、ロドリックの強さは必要不可欠だ。彼ひとりがいれば少なくとも怪我人は出ない。とはいえ自慢をしたい気持ちはあったので、ちょっぴりがっかりした気持ちにはなってしまう。
「帰ってきたときの土産話にしたらいいじゃないか」
「うむ。アウレリアの言うとおりであるな。……さて、と」
ひとしきりパーティを楽しんで、もう他にやることもなくなった。
「そろそろ帰るかの? ウルスラはどうする?」
「私は担任のシエロ教授にご挨拶をしてからに致しますね」
「おお、わかった。ではクラリスは……あれ?」
いつの間にかクラリスがいない。確かにさっきまでは一緒だったのに。
(何か良からぬ気配を感じるのう。儂から隠れようとて、そうはいかぬ)
何百人といる中で、たったひとつの気配を探り当てようとする。
一度触れた相手の魔力はいくらでも探知できた。
「すまぬ、ちょっと席を外す」
床に這わせた自身の魔力で掴んだクラリスの痕跡を追いかけていくと、会場の外に伸びていた。そう遠くには行っておらず、しばらくして辿り着いたのは休憩室だ。会場の空気に呑まれて疲れた者が足を運んで息を整える場所。
「……疲れた、というわけではなさそうじゃな」
扉に触れる。魔法を使って感覚を鋭くさせ、内部の振動から声を聞く。
『言ったよな、俺は。あの生意気なクソガキを連れて来いって!』
『あ、アタシはあなたの奴隷じゃない! いつまでエルリィに固執してるのよ、もう終わったことじゃない! 大体、あの子はもう公爵家なのよ!』
予想はしていたことだ。自分に近付いたクラリスに何か理由があるのは。
ただ、それでもクラリスが選んだ道は本来と違ったのだろう。エドワルドの命令でエルリィを人気のないところへ呼びつけるはずが、本人の与り知らぬところで和解していると来たのだから、エドワルドもご立腹だ。
(助けを求めていたんじゃろうな、そなたは。既に支配という枷から逃れる術も失っておったはずじゃ。それを、あの偉そうな小僧めが……)
いまさら言って許してもらおうというつもりはなかった。クラリスの目を見れば分かる。受けた痛みを知ったことで正しい道に戻ってきたのだ。それを、前に進ませないための足枷が邪魔をした。
こうも早くエドワルドが接触してくるとは思わなかったが、既に会っていたのならば分からないでもない。エルリィはどうして自分に関わろうとするのかが分からず、その理由を知るために聞き耳を立て続ける。
『パードリグ如きがなんだ。俺の今の親父は奴の家門と対等のフェルム公爵家だ。こっちがあいつを押さえちまえば、こっちの価値はあがるってもんよ。あいつが昔みたいに俺に逆らえないようにしちまうのが手っ取り早いだろ!?』
『だからアタシを利用するって!? 馬鹿馬鹿しいこと言わないで、エルリィがどんな子だったのかも知らないくせに、逆らえないように出来るわけ────』
ぱんっ、と乾いた音がした。エルリィは瞑っていた目を見開き、怒り任せに触れたままの扉を吹き飛ばす。中にいた二人が驚いて彼女を見た。
「……おいおい、こりゃなんだ。のろまのクラリスが呼ばなかったなんて言うから、てっきり来ないと思ってたぜ。良い眼つきしてやがる」
エドワルドが話しかけても、エルリィはすんとした顔で無視を決めた。
「クラリス、無事かや。頬が赤くなっておるではないか」
傍に寄って、泣きそうなのを堪えるクラリスの頬に触れた。
「おい無視してんじゃねえぞ」
肩をぐっと掴む大きな手に、振り返ってエルリィは殺気を放った。
「二秒やる。汚い手を放せ、愚か者めが」
「は? お前何言って……」
一瞬、エドワルドはぞわりとしたものが背筋を走った。それは間違いではなかった。猪に突進でもされたかの如く、彼の身体は飛んで壁に叩きつけられた。
「せっかくのパーティが台無しになってしもうたわい。この十六年間のどれよりも胸糞の悪い小僧じゃ。鼻っ柱を折られねば気が済まんのか」
前髪をかきあげて見下す。冷徹で強さに満ちた瞳がエドワルドを睨む。
「てめえ……不意打ちくらいで調子に乗んなよ」
「ほお、加減されたことがよほど嬉しいようじゃのう?」
クラリスがぎゅっとエルリィのスカートを掴む。
「駄目だよ、エルリィ。あいつ、三年間ずっと学年トップを走り続けてるくらいのエリートなの。今は誰かを呼んできた方が……」
「案ずるでない、クラリス」
怯えるクラリスの頭を優しく撫でながら、エドワルドから目を離さない。
「エドワルドなぞ儂の足下にも及ばぬと証明してやろう」
そういってエドワルドに向けて指をパチンと鳴らす。
見目にはなんの変化もない。身構えていたが拍子抜けだと彼は嗤った。
「なんだ、証明って。指を鳴らして、良い音立てる魔法でも使ったかよ!」
「うむ。まあ、良い音は鳴りそうではあるがな」
エルリィを殴ろうと踏み込む瞬間、足から力が抜けて転ぶ。顔から床に叩きつけられて起き上がり、足がもつれたのだと思い込んだが、立ちあがろうとするとまた転んだ。何度立とうとしても、その繰り返しが起きた。
「んはははは! 無様よのう、儂に触れることもできんのか!」
「てっ、てめえ、何しやがった……!」
必死に立ちあがろうとして転ぶ度に、ごつんと頭を打った。
エルリィは馬鹿にしながら、クラリスの手を引く。
「行こう、クラリス。今日はもう寮に帰って鍵を閉めておけ。おっと、帰る前に小僧に挨拶でもしておかねば」
部屋を出る直前、ぴたっと足を止めて振り返り、ニコッと微笑みながら。
「────では、ごきげんよう」




