第20話『月明りの下で』
一身に注目を浴び、途端にパーティの主役にされたエルリィは、気が乗らないながらも公爵家として恥を晒さぬよう振る舞うことにした。
なにしろ周りには自分を知る貴族もいる。あえて口には出すまいが、公爵家の人間である以上は何もすり寄るばかりでなく、粗を探すのに執心な者も多い。一寸の隙さえ見せない気概で粛々と前に出た。
スカートの裾を僅かに持ちあげ、淑やかに頭を垂れる。その姿はまるで美しい花のように、会場にいた人々を瞬く間に魅了してしまう。
「この度は貴重な機会に選抜頂き光栄に存じます」
「ああ。ではまずはトロフィーを受け取ってほしい」
ローゼの合図で、端にいたマイルズがニコニコと歩み寄った。
「おめでとうございます、エルリィさん。応援してます」
そう言ってトロフィーを授与されると、マイルズは必要以上に出しゃばらず、自分の仕事を終えて粛々と隅に戻った。
「では恒例だ、諦めてスピーチのひとつでもしてくれたまえ」
「……儂が嫌なの分かってるくせに」
「ハハハ。そういう奴にさせるスピーチが大好きでね」
なんと嫌な性格だとそれとなく睨んでから、取り繕った笑顔で周囲の来場者たちに悟らせない。父親の前で恥を掻くよりもずっと気楽だった。
「人を喰った性格じゃの……」
「なんとでもいえ。ほら、皆が待ってるぞ首席様」
どうにもやりにくい相手だとローゼを認めて、ひとつ深呼吸をする。
「私は学院の身分を問わない校風に惹かれてきました。そして今日、こうして自分が首席に選ばれ、トロフィーを授かり、今は嬉しい気持ちでいっぱいです。ですが、これひとつに甘んじて怠惰に過ごすようなことはせず、これからも研鑽を欠かさず積み上げていきたいと思っています。ありがとうございました」
今一度深く頭を下げれば、盛大な拍手が広がった。
「お疲れ、もう戻っていいぞ」
「そっけないのう……」
「ハハハ。これで帰れるからな」
最初の挨拶さえ済めば、あとは部下であるマイルズに場を任せた。彼の成長のためであると言い訳をして、だ。狡猾にも帰る算段だけはバッチリである。
「それでは皆様、パーティの続きをお楽しみください」
多少雑でも、ローゼの性格は周知の事実。むしろ今年もまた帰りたがっているなと周囲はすっかり印象が付いている。さっさと退場していくのを見て、くすくすと笑い声が聞こえるとエルリィは少し嫌な顔を浮かべた。
「おかえり、エルリィ。中々良かったじゃないか」
「さすがお嬢様です。皆さまも見惚れていましたよ」
アウレリアとウルスラに迎えられて、ホッとする。
「あれほど大勢の前でスピーチは意外と緊張するのう」
「ですが、お上手でした。旦那様も此処にいたらお喜びになったはずです」
そこまで褒められると照れるなあ、と頬を赤らめて首を擦った。
「トロフィーは私がお持ちいたしましょうか」
「うむ、頼もう。美味しそうなものがあれば儂が口に入れて────」
和やかな雰囲気に水を差す、一人の男がいる。すかさずやってきて、思わずエルリィも言葉を途切れさせてしまうほど、キラキラと輝く自分をアピールするかのように彼はばちっ、とウィンクをしてみせた。
「やあ、子猫ちゃん。一週間ぶりだね!」
「……エ、エリオット先輩。こんばんは、どうかしましたか」
驚くほどの図々しさに、エルリィたちは作り笑いが引き攣った。
「いや、なに。可愛い後輩が首席だなんて讃えたくもなるだろ。この前は少しも話せなかったから、今日くらいは声を掛けさせてもらおうと思ってね!」
明らかに嫌がられているのに、エリオットは引く気配もない。エルリィに鬱陶しく絡んでいくもので我慢できずにウルスラがずいっと前に立った。
「失礼ながら、お嬢様に何か御用でしょうか」
「なにって、可愛い子がいたら声を掛けたくなるだろう? しかも後輩ときたら、俺も放っておけないよ。学院では随分と目を付けられているようだから」
誰のせいだ、とエルリィとアウレリアが目を細めた。
「あなたに気に掛けて頂くほど、お嬢様は弱い方ではありません。不躾な関わり方をされるのでしたら、どうぞお引き取りを」
「……あ、あぁ。わかったよ。気を悪くさせてすまない」
エリオットも十七歳とはいえ、ウルスラから見れば子供だ。ちょっと強く言ってしまえば簡単に引き下がらせてしまった。
惜し気な視線を何度か見せつけながら退散していく。
「すまぬの。あれは少々困りものじゃ」
「いえ、お嬢様のためになるのであれば私は命すら擲てますので」
「出来れば生きておいてほしいがのう」
はあ、と疲れて肩に手を置き、ぐるりと軽く腕を回す。
「せっかくのパーティも馬鹿馬鹿しいことばかりで疲れる。トロフィーは素直に嬉しいが……少しバルコニーで休んでくるゆえ、そなたらは待っていてくれ。ちょっと新しい空気が吸いたくなってしもうたわ」
一人の時間を確保して、ときどき声を掛けられても適当に相槌を打って済ませてバルコニーへ逃げた。ひゅうっと冷たい風が吹き、頬を撫でられて安心する。ゆっくりと息を吸い込み、少しずつ吐いて月を眺めた。
風と木々の擦れ合う音以外が聞こえない静寂の穏やかさ。どこか遠くから、微かにフクロウの鳴く声が聞こえる。
(懐かしい。勇者を待ちわびていた頃もこうして静かに立ち尽くし、その到来を待ち望んだものよ。次々と敗れた配下の者たちに哀悼も示さず、強き者が儂の足下に辿り着くのを待ちわびてしまった。申し訳ないと、今は思う)
かつての自分が行ってきた所業は鬼畜そのものだ。人間どころか、同胞に対してさえ冷たかった。きっと呪われているだろうなと寂しく口角があがった。
「あの、ちょっといい?」
いきなり声がして、静寂が破られるとエルリィは不快な気分を胸にぎゅっと押し込んでから振り返った。立っていたのはそばかすのある薄青の髪をした娘だ。エルリィとは違い、幸運の証とまで言われる、突然変異的に生まれる色。
その娘をエルリィは随分と前に、よく見覚えがあった。
「そなたは孤児院にいた……クラリス?」
「あ、う、うん。今年から入学して、あなたと同い年だから……」
妙におどおどしているのは気まずいからだろうか。エルリィは彼女をなんとも思っていないし、むしろどう過ごしていたのかが気になった。
「そなたも無事に引き取られたようでなにより。それで儂に何か用が?」
「寮で見かけてからずっと話したくて……その、駄目かな」




