第19話『入学記念パーティ』
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あれよあれよと時間は過ぎていき、一週間も経てば学院の生活にも慣れた。何日か続いた陰湿な悪戯もどこ吹く風とばかりに気にも留めないエルリィとアウレリアは、そのうち興味をなくされた。
しかし、それでようやく落ち着いた生活に入るかと言えば少し違う。二人にはまだ越えるべき山場が残っている。────入学祝いのパーティだ。
「エルリィ、本当に似合っているかな?」
「うむ。そなたには青いドレスがよく似合うのう」
頭の天辺からつま先までじっくり見て、エルリィは満ち足りた顔をする。ロスメルタ衣装室に頼んだのは間違いなかった。そう確信できた。
「儂のドレスも中々じゃろう。黒鳥のように麗しいはず!」
「ああ、とてもきれいだよ。髪の色とよく似合ってる」
自信たっぷりにしていたわりには、褒められると恥ずかしそうに縮こまった。
「そなたは褒めることに抵抗がなさすぎる……」
「何が問題なんだ。にしても、自室で着替えて来いとはな」
「更衣室がないらしいから仕方ないのう」
寮を出ると、町中はいつもと雰囲気が違って見えた。貴族も平民もタキシードやドレスを着て歩いているのは新鮮で、あまり町中に出たことのないエルリィには惹かれる光景だ。アウレリアも珍しそうに眺めた。
「こうしていると、ひとり残らず上流階級の人間に見えるものだ」
「それが目的じゃからの。眼福とは、まさにこのことよ」
パーティは校舎の二階にあるダンスホールで行われる。数百人は余裕をもって招待できる会場は、着いてみれば驚くほど華やかだった。デビュタントにもまけない規模の飾りに料理。招待された客を見て、エルリィは目を細めた。
「平民は相手にせず貴族は貴族で群れておるわ、情けない」
「身分が違う者を相手にしたら損だと思ってるんだろう」
せっかくのパーティがよそよそしく見えて嫌な気分だった。
「ま、構わん。儂らはそういう打算抜きにして楽しもうではないか」
そういった矢先、厄介ごとが向こうからやってきた。
あくまで堂々として、自分たちの方が力があると言わんばかりに。
「よお、アウレリアじゃないか。探したんだぞ、我が妹よ」
「まったく。君は実の兄に挨拶もしないで恥ずかしくないのか?」
そっくりな顔。違うのは泣きぼくろが逆に付いているという特徴だけで、まさに鏡写しと言える双子の兄弟。レグルスとレックスが嫌味な笑顔で妹のコーディネートをじっくり見渡して、怪訝そうに眉間にしわを寄せた。
「なんだ、随分立派なドレスを持ってるじゃないか」
「この学院で貸し出せるようなものじゃないだろ。誰かから盗んだのか?」
どこまでも実妹を無碍に扱う二人を見て、エルリィが半歩前に出た。
「この衣装は私が友人である彼女に贈ったものですわ。ロスメルタ衣装室の特注品でしてよ。とても美しいでしょう」
手に持っていた扇子を左耳に当てながら上品に、かつ笑顔で話す。
どれほど新しい家門であっても、ロスメルタ衣装室を知らない者はそういない。特注品が一着いくらとするかは想像がつく。身分を明かさない決まりの中で、レグルスとレックスは互いに顔を見合わせて警戒する。
「そうでしたか、お嬢様。これは不躾な態度を申し訳ない」
「身内のノリが過ぎましたことをお詫びいたします」
胸に手を当てて深々とお辞儀をする姿は、先ほどとは打って変わって礼儀に満ちている。それから逃げるように「我々は他にも挨拶がありますので」と言い訳をして去っていった。離れていく二人の背中にエルリィは扇で口元を隠しながらチッ、と大きな舌打ちをして睨みつけた。
「はん、礼儀知らずのアホどもめ」
「すまない、エルリィ。私の兄たちが……」
品性を問われる場で家門の恥を晒した兄弟に代わって、アウレリアが謝罪する。友人に嫌な思いをさせたことが、あまりにも惨めで口端を噛んだ。
「気にするでない。しかし、まだ気を付けておけよ。あの二人が何をするかは分からん。儂に敬意を払っていても、そなたにまでは及ばない。偶然を装ってドレスを汚すというのも考えられるであろうよ」
開始早々からなんとも不愉快極まりないと思いつつも、隣でしょぼくれたアウレリアを気遣って背中を仄かに擦って歩く。
「あまり病むな。それより儂も紹介したい者がおるのじゃ」
「……紹介? 私に?」
「ウム。お父様たちは所用で領地に戻られていての。代わりではあるが」
会場を見て回ると赤いドレスに身を包んだ綺麗な女性を見つけて、エルリィが顔をぱあっと明るくする。久しぶりに会えたと大喜びして。
アウレリアの手を引いて駆け寄ると、女性の名を呼んだ。
「ウルスラ!」
「お嬢様。よかった、探したのですが人が多くて」
不在であるロドリックたちの代理として、ウルスラが来ていた。
「元気そうで何よりじゃ。そのドレスはどうした?」
「あ、これなんですが、実は────」
元々、エルリィの入学祝いパーティには出席する予定だった。家族が誰も来ないのでは寂しいだろうとロドリックが先に手を回していて、当日に着ていくドレスを用意させたのだ。他のメイドたちも、そればかりは手を出さなかった。
「何も問題はないんじゃな?」
「はい。むしろご夫婦揃って不在ですから、しっかりやっていますよ。全員の行動記録を私が提出することになりましたので、それは困るみたいです」
今頃はさぞや気が抜けて休んでいることだろうと二人でくすっと笑った。
ウルスラの視線は、それから自然とアウレリアに移る。
「そちらの方はご友人ですか?」
「ウム。寮で同室になったアウレリアじゃ、世話になっとる」
エルリィの後ろで、アウレリアが深く頭を下げた。
「アウレリアです。エルリィの家門については、色々あって聞いております」
「そうでしたか。初めまして、私は専属侍女のウルスラと申します」
家門について話すまでになっているとは、相当気が合うらしいとウルスラは微笑ましくなった。十六歳になって公爵家の中で実力を培うまでは表に出さなかったロドリックの選択は閉鎖的に育ててしまわないかと心配だった。
「もう友達を作られたなんて安心しました。お嬢様は少し気難しいというか、子供っぽさの裏側で酷く大人びていらっしゃるときがありますから……」
「ふふん、ちょっと色々あったが問題はない。それより頼みが────」
会場がざわついて声が遮断される。ウルスラが聞き返そうとしたが、どうやらその時間はないらしいとエルリィは小さく手で制した。
「お集りの皆様。あー、大変お待たせしてしまい申し訳ない。私が学院長のローゼ・スウィートレッドと……え~と何だったか……」
手元にあるメモをかさかさと静かに広げて、眉間にしわを寄せた。それからすぐにくしゃっとメモを握り潰して、とても苛立ったような笑みで話を続ける。
「すみませんね、どうも目が悪くて。小さい字で書くなと毎回言ってるんですが、どうやら伝わらんようで。これじゃ山羊に喰わせるための紙だ」
軽い笑いが起きるとローゼは小さく手を挙げて静かにさせた。
「それはさておき、今日は新入生たちが新たな魔法の道を歩く最初の日を記念してパーティを開催させて頂いたのだが、これだけは言っておきたい」
皆の視線が集まる中、ほんの間を置いて一瞥してから。
「世の中には才能のある人間とそうでない人間がいる。だが、それは裏を返せばすべての人間が何かに才能を持っていることの証左だ。魔法に優れた者が愛を囁く吟遊詩人になれるかと言われたら、きっと無理でしょう。私の部下もスピーチの内容を紙に書くのは苦手だが、家に帰るのは私より早い」
会場はどっと笑いが起きたが、ローゼは真剣な顔をして両手を小さく挙げ、皆が静聴する姿勢に戻ってから補足をつけた。
「少しばかりの笑いを貰いましたが、ひとつだけ、勘違いをしてはいけないことがあります。それは私の部下が帰るのが早いというのは決して悪い意味じゃない。それだけ仕事を早く捌けて実績も出している。書類仕事を任せていれば私も早く帰れる。実に優秀な部下だ。どうか、あちらに立っているマイルズ君に拍手を」
視線と拍手が集まると隅にいた青年が恥ずかしそうに何度も頭を下げた。だが、褒められたことが嬉しかったのか、頬は少し緩んでいる。
「では、ここで。そんな優秀なマイルズ君が抱えているトロフィーにお気づきかと思いますが。毎年、新入生の中で最も優れた才能を発揮した者には、あれが贈られる決まりです。名前を呼ばれた生徒はこれを受け取って頂きたい」
そんなの聞いてないぞ、とエルリィが引き攣った顔をする。
明らかにローゼのさりげない視線が自分に向いて微笑んだからだ。
「さっそく、この名誉あるトロフィーを優秀な未来の魔導師に贈らせて頂きたく、名前を呼ばせてもらいましょう。────エルリィ、前へ出てきなさい」




