第14話『友達』
アウレリアの案内で、オススメのカフェにやってくる。うわさでは敷地内にあるカフェの中で最も人気な場所で、コーヒーや紅茶とセットで出てくるケーキはいつも店の気分で変わるのだが、それがどれも味が良いと評判なのだ。
帰るにはまだ外も明るすぎて、せっかくなら午後から授業でも良かったのにと笑いあいながら、空いている席に座ってメニューを手に取った。
「私は紅茶にしよう。お前は?」
「どちらかと言えばコーヒーかのう。砂糖は二個、ミルクは多めで」
「……わりとお子様だな」
「しっ、仕方ないじゃろ。苦いの嫌いなんじゃ」
屋敷でも夕食に並んだ焼いたピーマンをこっそり皿の端によけては『好き嫌いは良くないわ』とクリスティに叱られていたのを思い出して顔を赤くする。
アウレリアはそれを決して馬鹿にはせず、腕を組んでうんうんと頷いた。
「私も渋いのが苦手でな。兄たちにはよく馬鹿にされたものだ。負けるものかと意地を張ってるうちに、紅茶も飲めるようになったんだがな」
語るのが恥ずかしいのか、頬を指で掻いて笑う。
エルリィは共感してくれたのが嬉しくて、そっと席に座って微笑んだ。
「最初にそなたと喧嘩してしまったことを後悔する。儂は、そなたがもっとつんけんした人間だと思っていたのだ。事情を知りもせず、すまないことを」
「私が先にお前を侮辱した。悪いのはこちらさ」
頬杖を突き、景色を眺めながらアウレリアは自分の小ささを恨む。
「なにせ気に入らなかったんだ、全部が。周りが楽しそうにしてるだけで、良いご身分だなと思ってしまった。自分のことに精いっぱいで、周りがどんな気持ちで学院に来たのかも知らないくせに。だからお前の言葉を聞いて、呑気な奴は良いよなって冷たく当たってしまった。申し訳ないと思ってるよ」
トランクが軽くなっているのには気付いていたが、中身からいくらか抜かれた程度だろうと気にしなかった。それまで似たようなことが続いていたからなのもある。だが、学院についてから中身を確かめて絶句してしまった。
時間が経てば経つほど苛立ってきて、たまさかじっと見つめてきただけのエルリィに八つ当たりした。綺麗だと言われたことが、あまりに呑気な世間知らずに映ってしまった。実際には真逆で、むしろ自分より苦労してきたことに、視野の狭さを感じてひどく反省した。世間知らずはどちらなのか、と。
「ふふ、最初はこうもカフェで共に休むとは思わなんだ。同室と聞いたときは背筋が凍り付いたものじゃ。そなたとの縁が繋げて良かった」
「まったくだ。三年間、同室だといいんだが」
届いたコーヒーを飲もうとして、エルリィの手が止まった。
「……まさか、ずっと一緒ではないのか?」
「当たり前だろう。新入生だって入ってくるんだぞ。同じ部屋とはいかん」
「むう、困ったのう。そなた以外と上手くやれるか心配じゃあ……」
がっかりした様子のエルリィを、アウレリアはやんわり慰めた。
「まあ大丈夫じゃないか。私もまだ誰とも話してないし」
機嫌が悪かったせいで、そっけない態度を取ってしまったのは他にもいる。きっと気分を害してしまっているのだろうな、と肩を落とす。
「儂らに新しい友人ができることに期待するばかりじゃな。……にしても、此処のケーキは美味いのう。そっちのモンブランもひと口貰っても?」
「ああ、構わないぞ。そのレアチーズタルトもひと口くれるなら」
「もちろん。シェアするなんて友達の醍醐味ではないか、ぬふふ!」
ひと口ずつを交換して、楽しく過ごす時間はまさにエルリィの期待していた想像通りの人間らしい生活だった。孤児院のときにずっと楽しそうな声と食器の音が響いて羨ましかった。公爵家に来てからは、寂しくはないものの格式ばっていて、自分には合わないと思いながらも我慢してきた。
家族の顔を見るのが嫌だったのではない。ただ、作業に感じてしまった。味は良いが慣れてくると飽きてくることもあって、今の友人とカフェのひとときを楽しむという情緒が心地よい。これからの学院生活がより楽しみになった。
ひとつ問題があるとすれば────。
「おい、見ろよ。あの髪と瞳の色……」
「近付くなって。不幸になるぞ」
世間の目はそう簡単に変わらない。公爵家という殻を被っていても、エルリィを守れないのが外見だ。麗しいなどと誰ひとりとして声を掛けたことがない。社交辞令的はあっても、その陰で悪魔の娘だなどと言われる日常。髪を染めてみたところで瞳の色まではどうにもならないから、と諦めていた。
「気にするなよ。たかが髪や瞳の色が不幸を呼び寄せてたまるか」
「ぬはは、それはそうじゃな!」
自分のケーキをフォークで切り分け、アウレリアに差し出す。
「嬉しかっからもうひと口あげるぞ。ほれ、あ~ん」
「ん……あぁ、ありがとう」
そんなつもりで言ったわけではないのだが、と思いつつも差し出されたケーキをぱくりと食べる。少し恥ずかしいのか頬が赤かった。
「そういえばなんだが、入学祝いのパーティはいつ頃なんだ?」
「事前に聞いた話じゃと一週間後だったか」
心配そうな顔をするアウレリアに、察したような口ぶりでエルリィが慰めた。
「安心せよ。ドレスは間に合う。ロスメルタ衣装室は仕事がとんでもなく早いことで知られておる。外見も体型も正確に伝わっておるはずじゃ」
「いや、それは心配してないが。ただ、兄たちが来るかもと思うとな」
仲が悪い兄妹とはどういうものだろう。エルリィはとんと予想もつかない。孤児院で見たことのある二人は仲が良かったから、どこでもそういうものなのだと思っていて、アウレリアの悩みが深くまで理解できなかった。
それでも、ひとつだけできることは知っていた。
「儂がおるではないか」
「……ああ、そうだな。でも、それでお前が傷ついたら」
「それはない。儂は誰にも媚びたりはせぬ」
最後のひと口を放り込んでしっかり味わってから、真剣な表情を向けた。
「そなたが制止しようとも。儂の領域に踏み入ったならば死なぬように皮を剥ぎ、外灯に吊るすくらいはしてやろう。……大袈裟な物言いではあるが」
物騒なことを言うとアウレリアは苦笑いしたが、紅茶をくいっと飲み干して満足げにソーサーにゆっくりと置いて、少し照れっぽく微笑んだ。
「ありがとう、その気持ちを大切にさせてもらうよ」
「ふふん、どういたしまして」




