第13話『歴史の遺物』
部屋に戻るのはやめて、さっそく寮を出る。見れば意外と校舎が遠く、それなりに歩いていたのだなあと眺めた。敷地は広大で、ひとつの町と言われれば納得の光景が広がって見る者を飽きさせない。購買や食堂とは別に、文房具店から始まって、果ては部屋を飾るカーテンなどを売っている店まであった。
「これほど揃えてあって、なんで衣装室はないんじゃ」
「古着屋はあるみたいだぞ。行ってみるか?」
「みすぼらしい服は着るな。そなたはオムニス男爵家なのだぞ」
「此処での普段使いに身分もへったくれもない気はするんだが……」
着れればそれでいいのでは、と考えるアウレリアにふくれっつらを向ける。
兄弟たちからの嫌がらせで着替えが減ってもいつものことだと気にしないだけの胆力は評価に値するが、だからといって着る服を庶民のもので仕上げるのは貴族賭して頂けない。そうあるべきではないとエルリィは彼女の手を握った。
「見えぬところでも気品を保つのが貴族たる者の務めであろう。見下すわけではないが、庶民派のつもりもない。儂らには立場があるのだから」
「そういうものか。すまない、気を遣わせたな」
手を引かれながら、自分より小さい者の背中が、ずっと大きく見えた。
羨ましい。ただそのひと言に尽きた。大した地位のない人間が拘りを持つのは間違っていると思っていた。ふたりの兄に嫌がらせをされても、耐えていればいいと思った。それを全部、全部否定された。エルリィの何にも屈さない姿は眩しくて、とても真似のできる姿ではないな、と後ろ向きにさせられてしまう。
「お前は強いな。私とは違って愛されてきたのが分かる」
「ん。今は愛されてはおるが、もとは孤児ゆえな。些かの苦労はしたぞ」
「孤児……そうだったな。聞いたことがあったが失念していた」
「構わぬ。儂はそれを悪いことだとは思っておらん」
今になれば、孤児院時代を懐かしいことのように振り返れた。
嫌いではあれど恨むほどではない。必要な経験だったと。
「孤児院では悪さもしておらぬのに、よくベルトで叩かれたものじゃ。服はそなたの汚された服と似たようなものでのう。それを七年間着続けた。食事は皆が食べ終えたあとの食べクズを舐めとるみたいにして凌いだこともあったか。……ふふふ、羅列してみると実に愉快よな。そんな底辺が今では公爵令嬢ときておる」
うんうん、とあごを擦って当時を面白がる。もはや叩かれた痛みも忘れてしまうくらいに充実した日々を送っている。聞いている側はとても共感できないが。
「ほれほれ、それより見よ! 魔道具展示場に着いたぞ!」
「……外観はあまりこだわってないんだな、倉庫みたいだ」
「外より中じゃ、中。すごく興味あるんじゃよ、人間の営みって感じがして」
あまり興味のある人がいないのか、展示場の中はがらがらだった。
エルリィは快適ぶりに両手を広げてくるりとその場で回ってみた。
「ふふ、今だけは儂らの貸し切りじゃ!」
「あまりはしゃぐなよ。見られたら恥ずかしいぞ」
「分かっておるとも。おっ、これは珍しい」
展示された魔導書をじっと見つめる。近くに解説のプレートがあるが、それには目を通さずに、エルリィが自分の推測を語った。
「随分と使い込まれた魔導書じゃな。名のある魔法使いが大切に使ったものかのう。魔力の残滓は残っておらぬが、儂には分かるぞ。数百年は経っとる」
「ああ、解説にもそうある。名のある賢者の魔導書らしいが、もう使用限界らしく、数回使えば本がばらばらになる仕掛けが施されているそうだ」
エルリィは眺めながら物欲しそうな顔で唇に指を当てた。
「はあ~、勿体ないのう。儂なら元通りに出来るのに」
「そうなのか? 魔道具の修復技術はかなり難しいと聞くが」
「時間を巻き戻せばよかろう。これ自体に保護魔術は掛かっておらんぞ」
アウレリアは眉間にしわを寄せるほど目を凝らしたが、すぐに首を傾げた。
「保護魔術が掛かってるとなぜ分かったんだ、私には見えない」
「む、そうなのか。てっきり誰でも見えるものなのかと……」
「時間を巻き戻すなんて高位魔法が使えるのも驚きだが」
「それは誰でも努力次第じゃな。それに向き不向きもあるゆえ」
後ろ手に組んで他の展示品を流し見ながら、エルリィは語った。
「すべての人間が魔法に優れているわけではないように、魔法使いであっても全員が同じ魔法を同じように完璧に扱えたりはしない。水の魔法を操る繊細さがあるからといって、土の魔法が操れないなんてこともあるゆえ」
「土の魔法も大概繊細な部類だろう」
素朴な疑問に、ちっちっ、と指を振った。
「ゴーレムは魔力で動く単純兵器じゃ。緻密に動かそうと調整する時間があれば、とっとと過多気味でも雑でもいいから魔力を注ぎ込んで最低限の行動だけとらせればよい。それが性格的に出来ん連中もおる。無駄を削るのも技術じゃろ」
ふふんと鼻を鳴らすエルリィの頭を、アウレリアはぽんぽんと撫でた。
「はいはい、凄いな。お前は天才だよ。さあ他も見よう」
「ええ~。もっと褒めてくれても良いではないか~!」
「解説を聞いてもさっぱり分からんのだ。私はこれから学ぶんだぞ?」
「あ……うむ、そうであったな」
ときどき自分が何者であったかを忘れそうになる。自身の魔法に対する知識は前世で培われたもので、今いる場所でも変わらなかった。それは運が良いことであり、鼻を高くすることではなかったと頭を打った。
「なに落ち込んでいるんだ、エルリィ。行かないのか?」
きゅっと優しく手を引かれる。
「儂の名をようやく呼んだな」
「チワワと呼んでいいならそうする。私は可愛いのは嫌いじゃない」
「んむ……。まぁ、響きは可愛いが名で呼ばれる方が好きじゃ」
「ではエルリィだ。ほら行こう、立ち止まってたら全部見れないぞ」
手を繋ぐ二人は姉妹のようだった。髪の色も瞳の色も違うが、ほんの僅かな出来事が距離をぐっと縮めて、険悪な雰囲気があったことを忘れさせた。
「この奥には剣が展示してあるそうだ。五千年ほど前のものらしい」
「よくもまあそれだけ古いものが残っておるのう。どれどれ────」
部屋の真ん中に目立つように展示された剣を見て、エルリィは絶句する。
見覚えがある。つい昨日のことのように思い出せるほど最近だ。
「なぜこれが此処に……」
勇者が振るった剣。聖剣と思われていたものが、確かに目の前に飾られていた。隣でアウレリアが解説のプレートに目を通す。
「これは〝転生の剣〟というそうだ。斬った者の魂を浄化し、新たな世界へと転生させる伝説の剣とされている……らしい。一説によるとこの剣で転生した者は記憶や経験を保持したまま転生するそうだが、まあ、信憑性は低いな」
フッと笑い飛ばすアウレリアに合わせてエルリィも馬鹿にする。
まさか自分がそのモデルケースとは言い出せなかった。
「所詮は伝説に過ぎぬであろうよ。これはどれくらい昔のものじゃ」
「年代不明とある。ひっそりと山の頂上に刺さっていたそうだ」
「……なるほど。ふふ、いつか刺さってた場所も見てみたいのう」
「刺さってるならともかく抜けたあとの場所を見たいなんて変わってるな」
「儂には墓に魂が入っておらずとも祈るのと似たようなものじゃよ」
もしも。もしもその場所に、遠い昔に勇者が立ったのであれば。彼が見た景色を自分も見てみたいと。エルリィはそう思って、笑みが零れた。
「さて、色々みて満足もした。そろそろ腹が空いたし食事にしよう」
「そうだな。近くにカフェがあるから、少しゆっくりしていこうか」




