第12話『暇潰しに』
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「見よ、アウレリア! ノートに鉛筆、それから魔法の杖まで売っておる。魔導書もいくつかあるのう。ちょっとばかし値は張るが質は悪くない」
「ああ。残念ながら着替えは売っていないようだが……」
はしゃいでいたエルリィが、隣で表情を曇らせて笑うアウレリアに気まずい気持ちになってしまう。どう励ましたものかと頭を抱えたくなった。
「でっ、ではこうしよう。ほれ、受付のあれを見るのだ」
購買の受付前にある張り紙には『衣服などの配達も受け付けています』と書かれていた。長い寮生活で使い古した服を新調するためだ。すぐにエルリィは受付をしている女性に声を掛けて、衣服の配達を頼む。
「衣服の注文ですね。場所はロスメルタ衣装室で間違いないですか?」
「うむ。あの、服を頼むのは儂じゃが、着るのはこちらのものなのじゃ。どうすれば良いか、教えてもらっても構わぬか」
受付の女性は二人を見て、柔らかく微笑んだ。
「仲が宜しいんですね。まずはこちらの誓約書にお二人の名前を書いて頂けますか。こちらは把握していますが、生徒同士で互いの個人情報が必要な状況にある場合、外部への漏洩などの侵害がないよう事前に誓約書を交わして頂いているんです。今回のようなケースはよくありますから」
本来であれば知る必要ない、知るべきでもない名前を互いに知ることになる。それでもエルリィは二つ返事で「構わぬ」と言い、アウレリアを見た。
「私も構わない。知られたところで殆ど無名だ」
二人で順番に名前を書く。エルリィが先で、アウレリアは後から紙を見てぎょっとした。天井を見上げて一旦落ち着いてから名前を書き記す。
「……お前、パードリグ公爵家だったのか」
小さな声で尋ねると、エルリィはウム、と自信満々に頷いた。
「そなたこそオムニス男爵令嬢ではないか。記念パーティでは見なかったが」
「私は騎士の家門だから出席はする必要がないと。学院を卒業したら、どうせ戦場に立つのだ。それにドレスの用意もなかった」
出なかったふうに話していても、アウレリアの残念そうな表情を見れば、本音がどうであるかは考えるまでもない。エルリィは、それが気に入らなかった。
「なにゆえ、そなたはいつも後手なのじゃ。耐えることが美徳なのか?」
「……さあな。ただ、いつか見返してやろうとは思うよ」
淡々と手続きを進めて注文が終わると、エルリィは請求の全てをパードリグ公爵宛に送るよう言って済ませた。
「なあ、よかったのか。上下合わせて二十着にドレスも……」
「年頃の娘はおしゃれをするものじゃろう。詫びも兼ねてじゃ、気にするな」
がはは、と腰に手を当てて豪快に笑う。
「この学院では入学の記念にダンスパーティをすると聞いておる。そのときは皆、着飾ってくるのじゃろう。借り物のドレスも良いが、見栄も大切じゃ」
「私にはそんなもの……」
興味ないと言いかけて、エルリィがふくれっ面をして遮った。
「家族が見に来るやもしれぬのだぞ、見栄を張らんでどうする」
「見栄……。どうせ、奴らが来て台無しにするだけなのに?」
「だからこそではないか。あれを見て耐えられるほど儂は大人ではない」
身分を明かさないというルールがあるだけで、入学記念パーティでの我が子の晴れ姿を見たい親は多く、その日だけは特別に許可が出されている。
もちろん誰も身分を明かしてはならないが、貴族の場合、顔が知れていて学内では有名になったりすることも多い。オムニス兄弟は学院の卒業生であり、妹の入学記念にやってくる可能性は高い。なにしろトランクの中身を汚れた服にノートとペンだけを入れた犯人たちなのだから。
エルリィは彼らがやってきたとき、感情的にならないとは言えなかった。
「儂はそなたと仲良くなりたい。最初は喧嘩こそしたが、互いにすれ違っただけに過ぎぬ。であれば、そなたが暗い顔をするのは見たくない」
屈託のない笑顔が眩しく見えて、何を八つ当たりしていたのだろうとアウレリアは反省する。自分の虫の居所が悪かっただけで、綺麗だと言われたのは彼女の率直な感想だったではないか、と。
「そうだな。お前の言う通りだ、せっかくなら甘えてもいいか?」
「ふふん、任せておけ。何があっても儂はそなたの味方ゆえ」
「……じゃあ帰るか。今日のところは他にやることもないらしい」
「つまらんのう~。せっかくじゃから食堂でも寄らぬか、腹が減った」
寮の一階には購買や食堂、レクリエーション室など様々なものが用意されている。一年の学院生活を充実して勉強に励むためにはリラックスできる環境も整えるべきだという現学院長ローゼの方針だ。
そしてなにより大きいのは、食堂の利用は無料であるという点。魔法使いの基礎を学ぶ必要に賛同する多くの貴族からの寄付によって成り立っている。
「今日のメニューがボードに書いてあるぞ。……ラムステーキ?」
「さっき食うとる奴を見たが、シェフでも雇われとるのか」
「クリームスープとサラダも付いているそうだ。これで無料とは」
どれだけの寄付を受ければこんなことになるのかと二人して首を傾げたが、まさかそれがパードリグ公爵の『娘が入学したいと言っているが食事が心配だ』などという理由で投じられた多額の寄付金によるものとは知る由もない。
「まあ良い。儂の好物じゃ」
「ああ、ラム肉は健康にも良いと聞いている」
「調理で台無しにしとる気がするが……」
深く考えるのはやめて学食を受け取り、適当な席に座った。学院の新入生では特に目立つ美少女コンビはあっという間に注目を集める。
どこからか「今年はレベル高いと思ってたけど別格だな」という声がやんわり聞こえてきて、二人揃ってなんとなく恥ずかしい気持ちにさせられた。
「儂らは静かに食事もできんのか」
「今度頼んで、部屋で食べるように変えてもらった方がいいな」
早々と食べ進めていると、隣の席に男子生徒が自分のプレートを置く。
「やあ、君たち。良かったら俺も一緒に食べていいかな?」
爽やかなスマイルで魅了しようとする姿に、エルリィもアウレリアも露骨に嫌そうな顔を浮かべたが、彼は空気も読まずに座った。
「俺は二年のエリオットって言うんだ。可愛いね、新入生だろ?」
エルリィは静かに水で唇を湿らせてから、ぎろっと睨んだ。
「誰が隣に座ることを許可したのです。無礼ですよ、エリオット様」
「え……あ、あぁ、ごめん。でも嫌と言わなかっただろ」
「そうですね。ですが、それが許可の合図だと誰が決めたのですか」
強く出たエルリィに追従する形で、アウレリアも口を挟んだ。
「失礼とは存じますが、エリオット卿。我々は同室で、今は部屋をどう使うか相談している最中なのです。お誘いはありがたいのですが、次の機会に」
エルリィはプレートを片さずに席を立った。不愉快を表情に滲ませて、なんとか堪えている。アウレリアが代わりに片付けて、先に帰ったエルリィを追う。
「ほとんど食べなかったがいいのか?」
「半分は食うた。あれでは食欲も失せるというものであろう」
「まったくだ。にしても、あんな風に丁寧に話せたんだな」
「礼儀は弁えておるつもりじゃ。あやつほど無礼ではない」
そう言いながらも、さっさと切り替えて体をぐぐっと伸ばす。
「帰ったら昼寝でもするかのう、暇じゃし」
「それなら敷地を周ってみないか? 貰った地図を見たんだが、ほかにもいくつか施設があるみたいだ。古い魔道具を展示してるところもあるらしい」
古い魔道具と聞くと、興味なさげだったエルリィもぴくっと耳を立てた。
「ほお。それはちょっと気になるのう」
「だろう。……あわよくば触れたりしないだろうか」
「やめとけやめとけ。見るだけで十分じゃ」




