第11話『秘密』
互いにいがみ合いながらも部屋を替えろと喚くことはしない。
不機嫌なまま部屋に入り、空いたベッドにトランクを投げ置く。
「最悪じゃ。なぜこういうときに限ってそなたと同じ部屋になる!?」
「先に決まっていたことだ、文句を言うべき相手は私か?」
「チッ、目障りよのう」
「こちらの台詞だ。必要以上に関わってくれるなよ」
言われなくとも、と睨んで返す。
楽しみにしていた学院生活で、どんな友達ができるのかと期待していたら、最初に出会ったのがアウレリアでは気分が晴れない。普段は温厚なエルリィも、さすがにこんな奴と同室はたまらんと文句を言いに行こうかとして────。
「おい。クローゼットはひとつしかない、お前が使え」
「は? そなたはどうする?」
「私の着替えは……いや、気にするな。必要以上に話す気はない」
一瞬、アウレリアが自分のトランクに目をやったのを見逃さなかった。開けるのが嫌なのか。どこか濁った表情は、何かしら問題があると察して余りある。クールぶっていながら、表情は豊かだとエルリィは怒りが急に鎮まっていった。
「私は先に行く。お前も遅れるなよ、同室ならば責任は連帯だ」
「む、分かっておる」
ぽつんとひとり部屋に残り、良くないと思いつつもアウレリアのトランクに目が行く。寮生活が始まるというのに、その大きさは小ぶりで、エルリィの持ってきたものと比べると半分もない。小さすぎる気がして────。
「……戻ってきてはおらぬな」
これは一線を越えているぞという警鐘が鳴ったが、どうにも様子がおかしいアウレリアのことを知りたくなって、指で触れると鍵がカチャリと外れた。
「────馬鹿な」
中に入っていたのは泥か何かで汚された着替えに、寂しくペンがノートの上にぽつんと置かれているだけ。とてもこれから魔法を学ぼうとする人間の荷物ではない。思わずすぐに閉めて、深呼吸する。
「いかんいかん。他人の秘密など探っている場合ではない」
部屋を出て行こうとして、パッと振り返った瞬間、全身が総毛立つほどに驚いた。アウレリアが戻ってきていたのだ。
「……あ、あの、これはえっと……!」
さすがにこれは自分が悪い。どう弁明したものかとあたふたする。
アウレリアは下らないとばかりにため息を吐く。
「お前を呼びに来た。午後からは教室で今後について説明する予定だったそうだが、時間が遅れているから少し早めるんだと。それで、私はお前がすぐ行ける状態かどうかの前に、人の鞄を開けた感想から聞いた方がいいか?」
ぐさりと刺さった言葉に小さく背を丸めて俯く。
「すまない。儂はそなたのトランクの中身が気になったのだ。あまり自分でも見たくなさそうな表情を見ると、何かあったのではないかと気になって」
「好奇心は猫をも殺すという言葉を知らんのか」
呆れたと肩を竦めたが、アウレリアは特に何かを思うでもなく、くるりと背を向けて廊下を歩きだす。慌ててエルリィが後を追った。
「何も言わぬのか」
「先生に言われて呼びに来た。時間がないのに話している暇があると?」
「う……それはそうじゃが」
気まずそうにするエルリィをフッ、と笑う。
「お前は素直に謝った。やればできるじゃないか」
「最初はそなたから喧嘩を売ったのであろう。しかし、なぜあんな……」
「全部終わって、帰ってきたら教えてやる。説明会が先だ」
遮られて口を噤む。そのあとは何も話が入ってこなかった。
ずっと、頭の中はアウレリアのトランクの中身で占められていて、学院生活での心得などを担任が話していても、エルリィはぼんやりしたまま時間を過ごす。
「────それでは本日はここまで。寮に戻ったら今日は疲れを癒してください。他の同級生や上級生たちと親睦を深めるのも良いかもしれません。なにしろ寮は広いですから、全員と知り合うのは難しいでしょうけれど、仲良くなれる仲間を見つけて学院生活を心から楽しんでくれることを祈ります」
解散が命じられると、エルリィは色々と考えた末に、しょぼくれて帰った。やはり開けるべきではなかった。他人のプライベートを暴くなど、同室で喧嘩をしたからと言ってやっていいことの一線を越えている、と。
初日から最悪の気分でとぼとぼ歩いていると、肩をばしっと叩かれた。
「何を暗い顔をしている。今朝の勢いはどうした、チワワ」
「誰がチワワじゃ。そも、なぜそなたは儂に平気で声を掛けておる?」
「話が聞きたいんじゃなかったのか。お前は案外ナイーブらしいな」
前を歩き、見られたくないであろう秘密を暴かれたはずのアウレリアの方が堂々と笑みを浮かべている。なんとなく、その姿が自分の知る男に重なった。
寮に戻った後、話しているところを誰かに聞かれるのは嫌だと部屋に鍵を掛けて、エルリィと二人きりになる。アウレリアはトランクを床にどんと投げ置き、ベッドに腰掛けて眉間にしわを寄せた。
「私には兄が二人いてな。あまり仲が良くない。正直、お前の方がマシに思える。嫌がらせは今に始まったことじゃないから気にしてない。だからお前も気にするな。これくらいは日常的だ。私の方が才能があるのを僻んでいるのだろう」
エルリィはベッドに座って足をぷらぷらさせながら、俯いたまま尋ねた。
「そなたの兄たちは、魔法の才能がないということか?」
「ああ、そうだな。私たちは騎士の家系だから剣を握るのが当たり前だ。魔法騎士として家門をより強固にしたい父親の思い通りにはいかなかったせいで、しわ寄せが私にやって来た。それが兄たちは気に入らんのだ」
男が戦場で女より目立つなど信じられない。
特に血縁ともなければ、なおさらに僻みからくる差別が強まった。
「本当は、もっといろいろ丁寧に詰め込んだんだ。学院生活が始まれば、うんざりな家族に会わなくて済む。兄たちだけじゃない。私にばかり重荷を背負わせてくる父親にも。だが、それの中身を見ただろう。今朝からそれで機嫌が悪かった」
はあ、と手で顔を覆ってアウレリアは後悔する。
「お前に冷たくあたるつもりはなかったが、外見のことを言われたときに、兄のことを思い出してしまって。素直に褒め言葉として受け取れんのだ」
美しいからなんだというのか。魔法を学ぶうえでなんのアドバンテージもない。なのに、アウレリアの兄たちはこぞって責め立てた。容姿がよければ多少腕が悪くても周りは褒めそやしてくれるだろうと。
腹が立った。容姿や身分で結果が得られるのであればそうしている。だが魔法とは実力主義の世界だ。それを必ず分からせてやるという信念を抱いて、アウレリアは学院に来ていた。エルリィはそれが分かって、不満や苛立ち、後悔がすうっと霧が晴れるように消えていく感覚に笑みを浮かべた。
「すまなんだ、アウレリアよ。儂はそなたを誤解しておった。その純粋さ、人の悪意に触れながらも前を向くそなたの強さ、儂も知っておる」
何年も何年も。周囲の人間の悪意に満ちた世界で戦い続けてきたエルリィだからこそ、アウレリアの苦労は誰よりもよく分かる。そして彼女が自分と同じ選択をしたことが、強い親近感を覚えさせた。
エルリィは手を差し伸べて、アウレリアの前に立った。
「一階に購買とやらがあるらしい。儂と一緒に行こう。ペンもノートも新しいものを買おう。着替えもあればいい。そうすれば儂が買おう、無礼の詫びだ」
意外な言葉。女なのだから仕方ないと馬鹿にされたり、適当に慰められたりして謝罪されるのだと思っていたが、エルリィは違った。手を差し伸べた。境遇を知り、自分もそういう経験があるとばかりに。
「チワワ、お前……」
「だからチワワって呼ぶな!」




