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みなしご令嬢はかく語りき─前世魔王の人間賛歌─  作者: 智慧砂猫
Chapter.1

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第10話『新入生』

◇





 帝都にある魔法使いのための学び舎。ティリオン魔法学院は広大な敷地に校舎と寮が建てられており、多くの生徒は卒業するまでの間を学院で過ごす。


 十六歳になると魔力が最も安定してくるので、魔法学院に入るのには最も適している年齢になる。最低基準さえ満たしていれば身分に差はなく、無償で授業を受けられるのもあって、毎年数百人の応募が相次いでいる。


 しかし、中には基準を満たすかどうかの試験さえせずに入る者がいる。そういった場合は大抵が貴族という立場を利用するか、試験を受ける前から才能があると認められたケースだ。エルリィは珍しく、そのどちらの要素も持っていた。


「ここが魔法学院か。フッ、緊張するのう……」


 勇者と戦ったとき以来のどきどき感である。トランク片手に大きな校舎を開いた門の先に見つめて、どこか高揚感に満ちた一歩を踏み出す。


 他の生徒たちもぞろぞろと校舎を目指して歩いていて、この中に未来の友達がいるかもしれない、とわくわくしながら顔を記憶に刻み込んでいく。


 校舎の一階は大広間になっていて、二階へ上がる階段の前で、着慣れた濃い茶色のローブを着た女性が生徒たちを待った。みごとに整列して静かになるのを待つと、学院長らしい女性が眠たそうな顔で手元にあるメモをジッと睨む。


「……あ~。ようこそ、諸君。此処は将来の優秀な人材が最初の一歩を踏み出すための、えー、学び舎である。あります。ええい、字が小さい!」


 クシャッとメモを握り潰して隣に立っていた教員に渡すと、丸い眼鏡をくいっと人差し指で持ちあげ

て位置を整える。


「私の名はローゼ・スウィートレッドだ。此処、ティリオン魔法学院の学院長を務めさせられている。君たちは魔法を学ぶためにやってきたわけだが、先に言っておく。魔法は結果が全てだ、此処に身分は関係ない。謹んで励むように」


 胸の前で何かを指で挟む仕草をしたまま、それだけ言ってさっさと立ち去った。生徒たちはざわついたが、エルリィはなんとなく彼女がかっこよく見えた。


「えー、皆さん。まず寮に移る前にそれぞれ指定されたクラスの名札を付けて教室に集まってください。担当の先生から少しお話をして、それから寮に移動となります。教室は二階です、階段は足下に気を付けて────」


 教員の指示に従って二階へあがり、教室に早足で向かう。席は早い者勝ちだ。エルリィはあえて真ん中に近い席を狙った。


(ふふん。隅っこよりは目立つ場所の方が好きじゃのう)


 すぐ傍にトランクを置き、寮に移るのはいつ頃になるだろうかとぼんやりと担当の教師が来るのを待っていると、隣の席にいかにも文武両道といった雰囲気のある少女が座った。長い金髪を紐で縛ったポニーテールは程よく愛らしさを演出するが、鋭く整った顔立ちがそれをすぐに忘れさせた。


「私の顔に何かついているか?」


 横目に鋭く見つめられて、エルリィは気付かれたことに申し訳なく思いながら。


「いや、綺麗じゃなあと思って」

「……下らん」


 呆れられたことに納得がいかず、エルリィがぼつりと外を見ながら。


「大した腕でもないくせに態度だけは一人前じゃな」


 露骨な喧嘩腰で返してみせると少女は明らかに敵意の眼差しを向けた。感情的にならないだけ偉いではないかとエルリィが目を細めて笑う。


「ふん、此処では結果が全てだ。身分が良ければどうとでもなると思うな」

「へえ~。そりゃすごいのお。儂を超えられるとは到底考えられんが」


 一触即発の雰囲気は、担任の男が登場してスッとなりを潜めた。二人の険悪な空気も教室賑やかさの中ではまったく目立たない。


「え~、皆さん。初めまして。今日から一年間、皆様と共に過ごす担任のシエロと言います。このティリオン魔法学院では先に説明もあった通り────」


 同じ話の繰り返しだ。一度聞けば十分なものをとエルリィは長い髪を指にくるくると巻いたりして弄び、寮への移動が始まるのを待った。


「大した態度だな。なんのために学院へ来たんだか……どこぞの令嬢の道楽であれば来ない方がマシじゃないか?」


 隣から小言が聞こえてきて、エルリィはちらと横目に見た。

 涼しい顔で何も言っていないふうなカッチリした姿勢に舌打ちする。


「好きなように言えば良かろう。そなた程度であれば、儂にはなんら壁にも思わぬ。道端の石ころほどの価値もありはせんからのう」


 今度は激しい言い争いになるかと思われたが、またしても遮られた。シエロが寮の移動を命じたからだ。これで顔を合わせずに済むと二人は喜んだ。


「皆さんの名札に振られた数字で寮が違います。案内役の三年生が先ほどの大広間で待機していますので、きちんと従って移動するようにお願いします。それでは移動を始めてください。慌てて走ったりしてはいけませんよ」


 そんな注意があっても、我先にと寮へ急ぐ者もいれば、まだのんびり教室で話していてすぐには出て行かない者もいる。エルリィもさっさとトランクを片手に教室を出ようとして、ふと興味のある話を耳にする。


「ねえ、知ってる? クラス分けの話」

「お姉ちゃんから聞いてるよ。試験の成績で分けられてるんでしょ」


 どうやら二組に分かれたクラスのうち『A-1』は入学試験時の成績で順位を付けられた上位三十名の生徒からなり、それ以降の三十名が『A-2』となるらしい。エルリィは試験も受けていない自分がいるクラスが成績優秀者の集まりだと聞いて、なるほど納得、とひとり静かに頷いた。


 売り言葉に買い言葉のやり取りがあったとはいえ、隣にいた女生徒はいかにもできるタイプで、まだ伸びしろがあるとハッキリわかる人間だった。


「むう、となると寮自体はあやつと一緒か……」


 事前に聞いていた話だと寮は二人一組で部屋を使うことになっている。しかも学年ごとに分けられているため、必ず同級生と部屋を共にする以上、避けられない可能性から目を背けられない。


 ややもすると最低でも一年は運命共同体となりうるかもしれないのだ。


「いやあ、無理じゃろ……。あのとっつき方では」


 ツンツンした態度の少女を頭の中に浮かべて、すぐにぽんと消えた。

 へへっと笑って、そこまで低確率なことも起こり得まいと片隅に追いやった。


 だが、現実がそう易々と彼女の行く道を開いてくれるとは限らない。上級生の案内に従ってやってきた寮は既に部屋が振り分けられていて、タグ付きの鍵を渡された瞬間に、またしても隣に立っていた金髪のポニーテールと一緒になった。


「じゃあ、エルリィさんとアウレリアさんは二階の四号室ね。ちなみに寮には三年生までしかいないから、四年生に用があるときは寮長に伝えるといいわ」


 アウレリアと呼ばれた少女が鍵を手に見つめながら尋ねる。


「どうして四年生はいらっしゃらないのですか?」


 素朴な疑問に上級生はびしっと指を立てて自信たっぷりに答えた。


「それはもちろん、卒業が近いからよ。もうその頃になると、大体の子は魔塔の試験に向けて自主的な活動を行うの。あるいは騎士を目指す子もいるわ。前線で活躍したいとか、たくさんの人を守りたいとか。三年の頃には方向性を決めて、四年になったら退寮するの。そのあと魔塔に近い場所にある別の寮に移るのよ」


 説明を聞き終えると、アウレリアが隣に立つエルリィを睨む。


「……だそうだ。せいぜい私の邪魔をしてくれるなよ」

「べーっ。邪魔なんぞ頼まれてもするものか。そっちこそ儂に構うでない」


 ふん、とお互いにそっぽを向く。

 始まりは最悪だが、この瞬間、エルリィの学院生活は幕を開けた。

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