ハイパーウルトラアルティメットにぶちん野郎
朝一番で部屋に訪れてきたセレフィーナに、シルヴィアは目を白黒させていた。
「えっと……どのようなご用件で?」
遠慮がちに尋ねると、氷塊のごとく冷たい視線が注がれた。だがその奥には少し……本当に少しだけであるが、同情が宿っている。
何か粗相をしでかしたか、と今までの行動を反省するものの、思い当たるのは雪絵とのデートの相談に乗ってもらったことだけだ。
あれからはや3日は経っているし、第一あの時セレフィーナの機嫌を損ねてしまったようには見えなかった。いや、正確には軽蔑の眼差しを向けられたが、最終的に快く背中を押してくれたのである。
そのセレフィーナが、なぜ今になって。
シルヴィアの疑問に答えるよう、セレフィーナはあからさまに眉を釣り上げた。
「シルヴィア様。僭越ながら申し上げますわ」
「は、はい」
かつてない気迫に圧倒され、シルヴィアは背筋を伸ばす。心臓の鼓動がどくどくと波打つ。
外からの穏やかな小鳥のさえずりが聞こえた。透明なカーテンが風に吹かれて踊るように舞っている。
「あなた、雪絵さんに恋愛対象として見られていないわよ」
無慈悲に告げられた言葉。その意味を理解するのに、シルヴィアはしばし時間を要した。
※
「……そんなことある?」
自分の置かれた状況が理解できず、シルヴィアは悶々としていた。
いつもと変わらない自室。窓の外を見れば、いつも通り雪絵が窓の縁に座って本を読んでいた。かわいい。しかし今だけは、彼女の姿に見とれているわけにはいかない。
あさイチで告げられた衝撃の事実。あれだけアピールして、言葉にして、花霞からかっさらってきたというのに……雪絵には、シルヴィアの好意が伝わってなかったのである。
いやいやいや、さすがにそれはないだろうと、最初こそシルヴィアも高を括っていた。
花霞にいたころ、雪絵はお上の心情や策略を的確に見抜いていたし、部下の人柄を見る目もあった。そんな人が他人の、ましてやシルヴィアの気持ちに気づいていないなど有り得ないのだ。
だが話を詳しく聞けば、シルヴィアの好意イコール、強さへの執着だと解釈されているという。証拠を求めレミリア、ステラの所へ奔走すれば、死んだ目をしたステラから「気づいてなかったの?」という処刑宣告を賜った。失意のあまり、シルヴィアはその場で泣いた。
しかしながら悩んでいても埒があかない。
親指の爪を噛みながら窓の外を凝視する。雪絵はこちらに背を向けているため、その表情はうかがえない。それでも、シルヴィアの頭には真剣な眼差しの雪絵が鮮明に映る。美しい。かわいい。それに椿のようないい匂いがする。
「グヘッ……ぐへへへへへ」
「気持ち悪いでございます」
いつかと同じ言葉が聞こえたかと思えば、いつの間にか華が部屋の隅に立っていた。
「前も言ったけど、俺にそんな口聞けるの雪絵ぐらいだよ」
軽口を叩くと、華が露骨に人の悪い笑みを浮かべる。
「……その雪絵に、まるで意識されていない木偶の坊はどこのどいつかの」
「うぐっ」
痛いところをつかれ、シルヴィアは黙り込んだ。
何か言い返そうと思うものの、肝心の言葉が思い浮かばない。現状のシルヴィアは、愛しい人に毛ほども意識されていない木偶の坊に他ならないからだ。
苦し紛れに、シルヴィアは笑みを浮かべて見せた。
「……これから意識させるんだよ」
「そうか。で?何か算段はあるのかの?」
「ぐっ」
またもや痛いところを突かれ、シルヴィアは片膝をつく。その様子を勝ち誇った笑みでニヤニヤ見つめる華。お前普通なら不敬罪でしょっぴかれてもおかしくないからな、と心の中だけで毒づいた。
昔はかわいかったのになぁ、と過去の美しい思い出に浸りつつ窓際の椅子に腰を下ろした。相も変わらず、雪絵は静かに読書をたしなんでいる。その姿は見惚れてしまうほどに美しく、光に照らされるうなじは情欲よりも神々しさを感じさせた。
「デートには誘ったのか?」
図々しく椅子にのしかかってくる華。義兄の恋路を茶化すのが楽しくして仕方ないらしい。肘でどかそうとするも、さらに体重をかけてくる始末。シルヴィアは諦めて頬杖をつき、雪絵を見つめることにした。
「これからだよ」
「ほう。なら精進せねばな」
「うるせー!お前こそその口調やめろ。鼻につくんだよ」
「なぬっ!かっこいいではないか!」
分かりやすく笑ってやれば、華はさらに体重をかけてくる。もはや肩に乗られたような状態のまま、猫パンチならぬ華パンチを軽くあしらう。
しばらく無意味な攻防を続けていたが、しばらくすると飽きてきたようだ。ふと視線をあげれば、華は雪絵の様子をじっと眺めていた。
その眼差しには、少女に似つかわしくない不安が宿っている。
「……雪絵、近頃悩んでいるな」
「あの人はいつも浮かない顔してるけど」
「……そうではない」
分かるだろう?と非難がましい視線をよこす。華が言いたいことは何となく察していた。
「陛下が仰っていたぞ。……花霞から、会談の申し入れがあったと」
無意識のうちに体が強ばる。しまった、と思った時には、華に見抜かれていた。
あくまでも動揺は表に出さず、笑みを貼り付ける。
「物知りだな、華」
「子供扱いするな」
子供らしく唇を尖らせるが、その顔には隠し切れない憂いが滲んでいた。
「……目的は雪絵、か?」
「お前が気にすることじゃない」
シルヴィアは丸い頭を力任せにガシガシと撫でた。焦げ茶色の髪が乱れ、いつも通り華から非難声があがる――ことはなかった。心配そうに瞳を揺らし、シルヴィアを見つめ返す。
「どうして雪絵ばかりがああも狙われるの?雪絵、何も悪いことしてないのに……」
ぽつりとこぼれた言葉は子供の疑問そのものであった。シルヴィアはしばらくの間逡巡し、黙るのは得策ではないと結論付ける。華は年の割には賢い。下手に誤魔化したり噓をつけば、察される可能性の方が高い。
「……仕方がないんだよ。雪絵はあまりにも強い。国にとってその強さは、利用価値が高すぎる」
軍事力とは国家の力。そしてそれは、得てして数の力を表すことが多い。
しかし雪絵という存在は、その前提をたった一人で覆してしまう。彼女が制限無しで術式を振るえば、地図を大きく書き換えねばならない損害が生ずる。
強大な力を一人の少女が握っている。その恐ろしさと危うさは、誰もが知るところだろう。だからこそ、アルカイダも花霞も雪絵を欲する。いち早く彼女に首輪をかけ、手網を握るために。
「彼女を縛るしがらみは無数にある。もっとも、そのひとつが俺かもしれないけど」
「そうあって欲しい、の間違いじゃない?」
焦げ茶の瞳がシルヴィアを見つめる。本当に、ただの少女とは思えない観察眼だ。
これも過ごした時間の長さが為せる技だろうか。シルヴィアは内心苦笑する。
「華には敵わないなぁ」
「ふふん。今更気づいたの?」
小さな胸を張って華が笑う。
「いーや。昔からだよ」
くしゃりと頭を撫でてやると、くすぐったそうに破顔した。こんな些細な幸せが、いつまでも続けばいいとふと思った。
華はじっと窓の外を眺めている。大方雪絵のことが気になるのだろう。
華は雪絵と同じ花霞の出身。同じ故郷を持つ者同士、何かシンパシーでも感じているのだろうか。雪絵がアルカイダに来た当初から、かなり気にかけているようだった。
「……シルは、どうして雪絵のことが好きなの?」
「すッッッッ」
突然の問いに、シルヴィアは勢いよく息を吸い込む。
「な、なんで急にそんなことを……」
「だって気になるじゃん。前は女とか興味ありません〜って感じだったのに。やっぱ、花霞にいる間になにかあったの?」
幼いとは言え華も女。そして女の勘というのは多くの場合核心をついてくるのである。
こうなったら、シルヴィアとてお手上げだ。下手に反論しても、疑念を深めるだけである。
改めて口にしようとすると、顔に一気に熱が集まる心地がした。華にバレていないことを願い、口を開く。
「……花霞に行く前から、ずっと好きだった。雪絵は覚えてないと思うけど」
「えー!!!それっていつ?どこで?もしかして雪絵ってこっちに来たことあったの?」
華は宝石のごとく目を輝かせていた。
怒涛の質問ラッシュに、シルヴィアは両手をあげ降参する。
「昔ね、俺がまだ鬼狩りの養成機関にいた頃に、一度だけ花霞へ行ったんだよ。……雪絵に初めてあったのは、その時かな」
「わぁ……!それって、一目惚れってやつ?」
純粋無垢な眼が羞恥心をチクチクと刺してくる。
「ま、まぁ、そうなるか?」
苦笑い混じりに答えると、華はこれでもかと食いついてきた。やはり彼女も年頃の少女。恋愛にに関しては殊更興味があるようで。
「その後ずっと花霞にいたのも、雪絵に会うため?」
「え?いやぁ……それはどうだろうね」
「あ、茶化した!でも顔赤いからバレバレだよぉ」
「なんだとっ」
じんわりと熱を持つ頬を叩く。ジンジン伝わる刺激で気を紛らわしていると、華がニヤニヤとこちらを見つめていた。
やられたままなのも癪だ。恥ずかしさを逃がすように、シルヴィアは話題を逸らしてみる。
「逆に聞くけど、華はなんで雪絵にこだわるんだよ。やっぱ同じ花霞出身だからか?」
「え?……うーん。それもあると思う」
不意をつかれたようにキョトンと目を丸くし、思いのほか華は真剣に首を傾げた。
焦げ茶の瞳がやや下を向く。瞳に差した仄暗い光が、華の心情を語っているようだった。
「……花霞って、政権?が変わる時色々あったでしょ。いっぱい人が死んじゃって……私がいた寺子屋も、壊されてなくなっちゃった」
「そ、うだね」
咄嗟に喉から絞り出した声は、酷くかすれていた。
シルヴィアが花霞に渡る前。まだ雪絵とも出会っていなかった昔、花霞で大規模な政変が起こった。
当時花霞を治めていた将軍一家が断頭台にかけられ、花霞の政治は大きく反転した。国内の軍備を増強し、術式の研究を推し進めることで国を強くすることに注力し始めた。一方、将軍家の生き残りやそれに賛同する者たちはことごとく首をはねられた。歴史ではありふれたクーデターというやつだ。
この政変が経て、花霞は花霞皇国となり、将軍の代わりに皇王が国を治めるようになったのである。
しかしその折、多くの寺子屋が将軍に傅く異端として処断されたのだ。ただ殺されるならまだしも、指導者は晒し首にあげられたという。まったくもって、酷い話。
――安嶋の大獄。
人々は、この悲劇をそう呼ぶ。
「私の友達はみんな死んじゃったけど……あの時代を生き延びた仲間がいるんだなって思えたら、少しだけ心強いんだ。雪絵が私と同じだったら、それ以上に頼もしいことないじゃない?……なんて、酷いよね、私」
困ったように笑う笑顔が、たまらなく悲しく見えた。残酷な歴史は、往々にして子供の笑顔を奪っていく。それを繰り返さないためにも、シルヴィアはこの国を正しい方へ導かねばならない。
「華は優しいよ。雪絵もきっと、華に感謝してると思う。だから自分を責めるな」
優しく髪を梳いてやると、華は少しだけ笑い、窓の外に目を向けていた。雪絵は相も変わらず読書に没頭している。
守りたい。
心の底から、シルヴィアはそう思う。
単純な戦闘力において雪絵を越える人間はまずいない。しかし、その強さ故に彼女は孤独を抱え、一人で生きる道を選ばざるをえなかった。常に政治や国のしがらみに囚われる人生が、彼女の幸福をどれだけ損なってきたことだろう。
彼女の隣に立ち、その手を取りたい。それがシルヴィアの原点であり、今もなお原動力になっている。
(……でも、今は俺だけじゃ雪絵を守れない)
アルカイダの皇太子とて、国政を自由に動かせるわけではない。最終的な決定権は皇帝に委ねられる。加えて花霞との外交は一筋縄にはいかないだろう。
ちらりと華を見やる。窓枠に身を乗り出し、小さな手をブンブン振って雪絵の名を呼んでいた。気づいた雪絵がやや微笑んで手を振り返すと、ぴょこぴょこ跳ねて喜んでいる。
(味方は多いことに越したことはない、か)
シルヴィアは執務机の引き出しに手をかける。簡易的に張った結界を解いて、中身を取り出した。
それは赤茶けた表紙の本。ローゼンベルク家にて『先導者』と呼ばれる男から渡されたものだ。
「華」
名前を呼ぶと、小柄な体がくるりと振り返る。
本を差し出すと、首を傾げつつ問いかけてきた。
「なにこれ」
「読めば分かるさ」
「?」
頭にクエスチョンマークを浮かべつつ、華はそれを受け取った。パラパラと中身を眺め、理解できなかったのかさらに首を傾げる。
「なんで私に?」
「……これから先もずっと、雪絵の傍にいて欲しいから、かな」
自分で言っておいて、訳の分からない答えだと思う。しかし間違いなく、それはシルヴィアの本心だった。
「答えになってないけど」
案の定、怪訝な顔で華は問い返してきた。
「そうだね。でももし、雪絵が窮地に陥ることがあれば……華が助けてあげて欲しいんだ」
「私が?シルじゃなくて?」
暗にお前は助ける気がないのかと非難されたようで、シルヴィアは苦笑する。
「俺がいつも雪絵の傍にいられるとは限らないからね。華がいてくれると安心だな」
「ふーん。……まぁ、別にいいよ。後でちゃんと読んでおくね」
「ありがとう。でも、内容は誰かに言わないでくれると助かるな」
「えー?そんなに大事なこと?」
「大事だよ。ものすごく」
シルヴィアの真剣な声色に察するものがあったらしい。華はひとつ頷き、本を胸に抱き込んだ。その様子を見て、シルヴィアはほっと息を吐く。
本を読んで、華が何を感じどう思うかは、正直なところシルヴィアにも分からない。だが、賭けてみる価値は十分にある。今後、シルヴィアの手の及ばない場所で何かあった時も、華がいてくれればそれだけで心強い。
(華には、少し難しい話かもしれないが)
賢い彼女のことだ。辞書なり何なり使って読み進めるのは可能だろうが、内容の解釈は難しいかもしれないが、華なら自分なりの答えを見つけられるはず。
「じゃ、俺は雪絵のところに行ってくるよ」
シルヴィアは立ち上がり、最後に雪絵を一目見てから扉へと向かう。
ふと思い立ち、振り返ってから華を指さす。
「絶対ついてくんなよ」
華はぱちくりと瞬きをした後、にんまりと笑みを深めた。
「はーい。健闘を祈る!!!」
やはり全てを見透かしたように笑う華を尻目に、シルヴィアは雪絵の元へと急いだ。
ついて来るな、と言われてついて行かない人間はいない。
華はシルヴィアの後をちょこちょことつけ、雪絵の部屋がある通路の反対側に張り付いていた。部屋の前には、手を握ったり開いたりしているシルヴィアがいた。一丁前に緊張しているらしい。
深呼吸を繰り返しノック3回。
「ゆ、雪絵!シルヴィアです!」
やや間が空いて、カチャリと扉は開かれた。黒いワンピース姿の雪絵が顔を出す。
「どうしたの?」
「あ、あのあの、ああのですね、、」
「?」
吃りまくるシルヴィアに、雪絵は不思議そうに首を傾げる。普段の飄々とした皇太子殿下はどこへやら、顔を真っ赤にして口をパクパクさせる姿は酷く滑稽だった。込み上げる笑いを堪えつつ、華は耳を傾ける。
「ら、来週の日曜日!お時間があれば、一緒に出かけませんかッ!?」
なんの捻りもない直球の誘い。もうちょっと上手い言い方はなかったのかとため息をつきたくなったが、これが今の限界なのだろう。今にも爆発しそうなくらい顔が赤くなっていた。
そんなにシルヴィア渾身の誘いを、雪絵はどう返すのか。
視線を雪絵に向けると、相も変わらず無表情にシルヴィアをじっと見つめていた。
「それって、デートの誘い?」
「は、はいっ!」
雪絵は顎に手を添え、しばらくの間悩む仕草を見せた。赤色の瞳がじっと虚空を眺めている。
ポクポクと時間が流れ、やがて雪絵は口を開いた。
「そういうのは、本当に好きな女性を誘った方がいいわ」
瞬間。
華は爆笑を堪えられず床に倒れ込み、シルヴィアは悲痛な雄叫びと共にその場に崩れ落ちた。
その後、何とか誤解を解きデートのお誘いに成功したシルヴィアであったが、その目には真っ赤に泣き腫らしたあとがあったらしい。
涙ぐましい義兄の努力が実ればいいなと、華は本心から願っている。渡された本を胸に抱え、華は図書館への廊下を歩いていった。




