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男の、男による、男のための会議


 レオニスク・アルヴェリオンは一般家庭の出自でありながら、アルカイダ帝国皇太子のシルヴィアと最も親しい友であると自認していた。

 幼い頃、同じ学び舎で学んだことがきっかけだが、彼は本当に皇族なのかと疑いたくなるほど友好的で、親しみのある人間だった。最初は色々と引け目を感じていたレオも、次第に彼のフランクな態度に絆されていったのである。

 一般庶民であるレオに手を引き、シルヴィア殿下は兄弟さながらにレオを遊びに誘った。時にはいたずらをし、学校の教師やレミリア皇女に鉄拳を落とされたこともある。

 初等教育を終え、2人が同じ鬼狩りの養成機関に進んだのはまったくの偶然だった。しかし親友と同じなら、これ以上に心強いものはない。レオは日々の訓練に汗みずくになりながらも、シルヴィアの追いつこうと必死になって杖を手に取ったものだ。

 しかし、今から4年前。養成機関に在学中のさなか、シルヴィアは突如として姿を消した。

 それはレオにとっても青天の霹靂のような出来事だった。シルヴィアが消える直前まで、レオはいつものように彼と他愛のない会話を交わしていたのである。

 悶々と日々を過ごしているうちにレオは養成機関を卒業し、晴れて鬼狩りの一員となった。新米として様々な現場に赴き研鑽を積んでいた頃。親友は何事もなかったかのように、ひょっこりと帰ってきたのである。

 花霞の鬼神を、婚約者候補として連れて。

 そして現在、その親友が何をしているかといえば――

「ねぇレオ。デートの鉄板って言えばなに?」

 デートの相談である。


 ※


 デート。

 一般的な定義としては、好意を持つ相手と約束を交わし、2人きりで出かけることを意味すると言う。恥ずかしながらレオ自身、経験したことが無いので特段説明できることはない。

 しかし、一体何があったのだろうか。つい先日までローゼンベルクの一件で文字通りてんてこ舞いになっていたというのに。あまりのギャップに、レオは頭が痛くなってきた。

 仕方が無いので信用のおける後輩2人(と無理やりついてきた先輩1人)を連れて、レオの自室で緊急の相談会を開催していた。

「まず聞きたいんだが、急に何があったんだ?」

「それはその……母さんが、乗り込んできて。婚約者候補なのにデートの一回もしたことがないとは何事か、と」

 言葉を濁し、シルヴィアが顔を青くする。

「ああ……なるほどね」

 それ以上の言葉がでなかった。

 シルヴィアの母――アルカイダ帝国の皇后陛下であるアルナ・ヴィク・アルカイダは、国民には親しみやすい人柄であるものの、身内には鬼のように厳しいことで有名だ。

 例を挙げるときりがないが、幼いシルヴィアを谷底に突き落としたり、レミリア皇女を山籠もりに付き合わせたり、ステラ皇女に至っては以下省略といった具合だった。

 しかし身内以上に自分に厳しく、年の半分以上を自己鍛錬のための山籠もりにあてているという。公務はどうしているのか、という突っ込みは皇帝陛下ですら口にできないとかなんとか。

 「そういや、ローゼンベルク家への遠征中、城の留守を任せていたんですよね?」

 無理やりついてきた先輩――ノクス・アルベド副隊長が尋ねた。シルヴィアはさらに顔を青くする。

「ええ。急に呼び出されたせいで、父さんが一発殴られたそうですが」

「そりゃあ……災難というやつですな。ハハハ……」

 普段からレミリア隊長にしごかれているはずである、ノクスでもこの反応だ。皇后陛下の存在感はもはや災害レベルと言っても過言ではあるまい。

「にしてもデートとは。お相手はやはり、雪絵殿ですかな?」

「その……まぁ」

 雪絵が関わっているにしては、シルヴィアはあまり機嫌がよさそうに見えなかった。ノクス副隊長は楽しげににんまりと笑みを深める。

「ふむふむ。国中の美女を虜にしてきたあなたでも、花霞の鬼神となれば話は別のようだ」

 腕を組んで何度も頷く姿は、まるで親戚のおじさんのようだった。いくらなんでも皇太子相手に親戚などおこがましいにも程がある。が、さすがレミリア隊長の右腕といったところだろう。ノクス副隊長は変に図々しいというか、肝が座っているところがあるのだ。

「普通に誘って出かけてくればいいじゃないっすか!」

 連れて来た後輩のひとりである、フィオ・オーレンがさらりと言った。鮮やかな金髪を耳にかけ、何故かラーメンをすすっている。

 皇太子の前でこの所業となれば、普通は懲罰ものである。しかしシルヴィアにはそんなこと眼中にも入っていないようだ。机の上で手を組み、頭を悩ませている。

「じゃあ聞くけど、雪絵が行きたい場所って……分かる?」

 シルヴィアに問われると、フィオは自信満々に胸を張った。

「わかんないっす!俺、入隊試験のときぶっ飛ばされて以来、接点ないんで!」

「だよね」

 はぁ……とシルヴィアが何度目か分からないため息をついて。雲行きの怪しい空気が流れ始める。ズルズルと麵をすするフィオを横目に、レオは人選を誤ったことを深く反省していた。

 しかし、ここで流れを変えたのは、レオが連れて来たもう一人の後輩だった。

「水族館はどうでしょう」

 黒髪の生真面目そうな男、ミスダ・レオリーヌ。フィオと同じく入隊試験で雪絵に粉微塵にされたひとりだ。いつもへの字で固定されてる唇から、水族館という洒落た言葉が出てくるとは思いもしなかった。

 水族館。

 なんといっても王道で、尚且つ具体的な素晴らしい提案。レオは己の人選を心から賞賛した。

「水族館かぁ……うーん……」

 しかし肝心のシルヴィアの反応が芳しくない。体をうねうねと動かしながら頭を悩ませている。

「お気に召しませんでしたか?」

「いやぁ……けど、雪絵の場合さぁ……」

 一拍おいて、シルヴィアは言う。

「『魚がいる』って感想しか出てこないと思うんだよね」

「「あー……」」

 ノクスとレオが頷く。悠々と泳ぐ魚をじっと見つめる雪絵が容易に想像できてしまったからである。

 シルヴィアはついに机に突っ伏してしまった。何かやらかしてしまったのかと、ミスダが瞬きを繰り返す。

「やっぱりここは、本人の好きなもんに合わせるのがいいのでは?」

 ノクスが、年長者らしく配慮のある提案をした。

「雪絵さんの好きなもんねぇ……」

 レオは脳裏に雪絵の姿を思い浮かべてみる。

 一応雪絵の教育係を務めてはいるものの、特段雪絵と親しい訳ではない。レオが知っていることと言えば、見目麗しい容姿と、花霞の鬼神と呼ばれる圧倒的な強さだけ。雪絵の好物など、もちろん知る由がないのだが。

 ここで予想ができてしまうのが、霜月雪絵の憎いところなのである。

「術式?」

「暴力!」

「戦闘」

「……筋肉?」

 上からレオ、フィオ、ミスダ、そしてノクスの答えである。

 内容はまちまちであるが、系統は見事に同じ。シルヴィアがさらに頭を抱えてしまった。

「やっぱそうなるよなぁ……」

「ならいっそ、そっちに振り切ったらどうっすか!?」

 ラーメンを完食し、口の周りをスープで汚したままフィオが言った。ミスダがそっと布巾で口元を拭ってやる。

「振り切る?」

 シルヴィアが訪ねると、フィオは自信満々に答えた。

「そうっす!例えば……格闘技観戦とか!」

 シルヴィアが2、3度瞬きをする。アリかナシか、微妙なラインに戸惑っているのだろう。

「あー……ありといえばあり……か?」

 チラリとシルヴィアを見ると、これまた頭を抱えて悩みに悩んでいた。

「……だめだ」

「なんで?」

「夢中になりすぎて俺の事見てくれない……」

「めんどくさッッ」

 つい本音が口を飛び出してしまい、レオは慌てて口を噤んだ。幸いにもシルヴィアは机に突っ伏したまま動かない。内心ほっとしていると、隣でノクスが苦笑する。

「ま、こういうのは男だけで話してもどうにもならんでしょう。どなたか女性で、相談できる方はいないんですか?」

 ぱちくり。

 シルヴィアが瞬きをし、苦虫を噛み潰したように顔を歪めた。

「いるにはいる、けど……」






「――で、呼ばれたのがわたくしってワケですの?」

 男だらけの部屋に招かれた紅一点。他ならぬシルヴィアの婚約者候補であるセレフィーナ・ローゼンベルクが不機嫌を隠さず椅子に腰掛けた。

 円形のテーブルを挟んで、セレフィーナはシルヴィアに軽蔑の眼差しを向ける。

「最低ですわね」

「……おっしゃる通りで」

 肩をすぼめて、シルヴィアはガックリと項垂れた。

 汚物を見るかのような視線がシルヴィアに突き刺さる。なぜかレオまでもが責められている気がして、非常に肩身が狭い。

 隣に座るノクスに救いを求めると、苦笑いしてセレフィーナに声をかけてくれた。

「お気持ちは分かりますが……ここはひとつ、ご意見をお聞かせ願えませんか」

 ギロリ。赤い瞳がノクスを睨みつける。

「どうしてわたくしが、敵に塩を送るような真似をしなければなりませんの?」

「……」

 重い沈黙が満ちる。

 レオはどうすることもできず、シルヴィアに視線を向ける。「お前何とかしろよ婚約者候補だろ?」シルヴィアも負けじと目で訴えてきた。「無理!セレフィーナキレると怖いんだよ!」「じゃあ何で呼んだんだよ!!」親友を殴りたい気持ちをぐっと抑え、レオは長い息を吐く。

 フィオに至っては懐からハンバーガーを取り出そうとして、ミスダに思いっきり手を叩かれていた。

 ナイスミスダ。素晴らしいミスダ。お前を連れてきて本当に良かった。それはそうとてフィオは後でシバく。レオは固く心に誓った。

 水面下で男子たちが交渉を図る中。醜い争いを察したのか、セレフィーナが深くため息をついた。

「まぁいいですわ。……雪絵さんには、借りがありますしね」

 ちなみに、その借りって何ですか?……などと聞ける人間はここにはいなかった。

 気を利かせたミスダが紅茶を入れ、カップをセレフィーナの前に置く。それをひとくち口に含み、思いっきり顔を顰めてからセレフィーナは言った。

「シルヴィア様はどのようなプランを立ててらっしゃいますの?」

「え?……いや、まだ」

唐突に話を振られ、シルヴィアが口ごもる。セレフィーナはこれみよがしに溜息をつき、シルヴィアを指さした。

「それです。それがダメなんですわ」

「えぇ……なんで?」

「誰かのアドバイスだけでできたデートプランなんて、わたくしは絶対ごめんですの。こういうのは、本人の好意が伝わってなんぼですのよ」

「た、たしかに」

 男どもは揃って深く頷く。相手を喜ばせようと考えるあまり、レオたちは根本的なものを失念していた。

「わたくしから言えるのは、急激に距離を縮めようとする場所はアウト……ってことぐらいですわ。あとは……そうね。映画とか、鑑賞系はやめておいた方が良くってよ。雪絵さん、そういうの興味ないでしょうし」

「は、はい!」

 どこぞから取り出したメモ帳にせかせかと書き込む。今の彼は皇太子というより、ただの恋するヘタレ野郎だった。

「無難に食事するだけでも構いませんわ。シルヴィア様はどうしたいんですの?」

 律儀に紅茶を飲み干し、セレフィーナは問いかけた。ミスダがそっと胸を撫で下ろし、フィオにバシバシと背中を叩かれている。

 シルヴィアはしばらくの間逡巡する。じっとテーブルを見つめ、己と対話しているようだった。

 やがて、唇を開く。

「……図書館とか、どう?」

「なっ、」

 あまりにありきたりな答えに、レオは絶句した。

 図書館。

 男ならまず考えつく答えだ。静かな空間の中、お互いに紙をめくるだけの静かな時間。不意に手が触れ合ったりしてドギマギしたり、好きな子の匂いを間近に感じられたり。

 しかしあまりにもありきたりが故に、誰も口にできないでいた。そもそも図書館とは本を読む場であり、デートのような交流の場には向かない。

 ここにいる男四人衆も分かっていたから、あえて候補にあげなかった。仮にあげたとて、「面白みがないですわ」などと理由をつけて却下されるに違いないからだ。

 男5人の視線が一斉にセレフィーナに向けられる。ある者は期待を、ある者は諦めを滲ませて。

 セレフィーナは沈黙を楽しむようにゆっくり目を瞑り、開いた。彼女の挙動ひとつに惑わされるレオたちは滑稽でしかない。が、現在この場の支配権は彼女にある。

 ゴクリ。誰かが生唾を飲み込む。

 シルヴィアを見つめる瞳が、柔らかく細められた。

「いいんじゃないですの」

 呆気なく放たれた言葉に、シルヴィアが頬を染めた。

「本当!?」

「ええ。わたくし、嘘だけはつきませんもの」

 桜色の唇が優しく笑みを浮かべる。その目は恋敵に対する憎悪も嫌悪も見られなかった。ただ単純に、目の前のシルヴィアの恋路を応援しているように見えた。

 全身で喜びを表すシルヴィア。しかしその一方、残された男たちは視線を交わす。

 あれだけ考えて、議論して。

 頭を悩ませた結果が、図書館。

 4人が考えることは同じだった。


 (女心って、分かんねぇ……)


 


 

 


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