表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元・暗殺者の異世界ゆるふわスローライフ計画  作者: 希羽
第5章:砕け散った仮面

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

62/65

第62話:仮面が、砕ける時

 地下迷宮の最深部。青白い燐光が不気味に揺らめく中、俺は『鏡』と再び対峙した。

 奥の段上では、セオドア殿下とリュシアンが『古き盟約』の盟主へと肉薄している。背後では、巨大なドラゴンの姿に戻ったクロが、強靭な翼と咆哮で盟主の退路を完全に塞いでいた。

 だが、俺の意識は目の前の敵ただ一人に集中していた。


「……行かせません」


 無機質な声と共に、鏡が踏み込んでくる。

 前回の戦闘で俺の技術は全て学習されている。縮地による接近、急所を狙う刃の軌道、防御の角度。俺が動くよりも早く、鏡は俺の『次の動き』を予測して完璧なカウンターを合わせてきた。


 ガキィッ!!


 暗器同士が激突し、火花が散る。

 息詰まるような超高速の近接格闘。互いの刃が数ミリの距離で交差し、殺意が空気を切り裂く。

 戦いながら、俺は鏡の瞳をじっと見つめた。

 何の感情もない、空っぽの瞳。かつて前世で、組織の命令のままに標的を殺し続けていた、自分自身の目。


「……お前は、なぜ奴に従っている」


 刃を交えながら、俺は低く問いかけた。

 鏡の動きが、ほんのわずかに――コンマ一秒だけ鈍った。


「……従う理由など、最初からない」


 刃を押し返しながら、鏡が平坦な声で答える。


「ただ、他に行く場所がなかっただけだ。私には、これしか与えられていない」

(……やっぱり、かつての俺だ)


 命令されることでしか存在意義を見出せず、戦うこと以外に生きる術を知らない。

 あの頃の俺には、娘という唯一の『光』があったから人間でいられた。だが、目の前のこいつには、何もないのだ。

 互いに弾き飛び、距離を取る。

 鏡が、俺の『隠密魔法』をコピーするために魔力を沈降させようとした、その瞬間。


「お前に、行く場所を作ってやることはできない」


 俺は暗器を下げ、あえて無防備な立ち姿のまま、静かに、しかしはっきりと告げた。


「だが、今日ここで全てを終わりにする必要もない。お前は……機械じゃないだろう」


 ピタリ、と。


 鏡の魔力が霧散し、その足が完全に止まった。

 フードの奥の瞳が、初めて微かに揺らぐのを見た。

 その一瞬の精神的な隙を、俺は逃さなかった。

 殺意のない『縮地』。気配も魔力も伴わない、ただ純粋な歩法で懐に潜り込む。


「……っ!」


 鏡がハッとして暗器を振り上げようとするが、遅い。

 俺は刃を立てず、掌底で鏡の鳩尾に的確な衝撃を打ち込んだ。


 ドスッ。


 魔力回路の要所を突かれた鏡は、声にならない息を吐き出し、糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。


 殺さず、傷つけず。完全な無力化。


「……少し、休んでいろ」


 気を失った鏡を一瞥し、俺はすぐに盟主の方へと向き直った。

 戦局は、最終局面を迎えていた。


「これで終わりだ!!」


 セオドア殿下の放った極太の光の刃が、盟主の防御結界を粉々に打ち砕く。同時にリュシアンが回り込み、盟主の魔力供給源である杖を弾き飛ばした。


「おのれ……! 小僧どもがァッ!!」


 追い詰められた盟主が、血走った目で絶叫する。

 その枯れ木のような身体から、赤黒い、毒の沼のような魔力が爆発的に膨れ上がった。


「なっ……魔力が暴走している!?」

「いや、違う! 周囲の生命力を無理やり吸い上げて、自分自身の寿命を強制的に引き延ばそうとしているんだ!」


 リュシアンが『真実の瞳』を見開きながら叫ぶ。

 黒幕の最後の切り札。他者の命を喰らい、無理やり肉体を若返らせて圧倒的な力を得る、禁断の延命魔法。


「させない!」


 殿下が剣を構え直すが、暴走する魔力の渦が強すぎて近づけない。

 背後で倒れているリヴィアたちの生命力までが、薄青い光となって盟主へと吸い寄せられようとしている。


(……力で叩き潰せば、吸い上げた命ごと吹き飛ぶ。なら――!)


 俺は地を蹴り、盟主の真正面へと躍り出た。

 暗殺者として培った、人体と魔力経路の完璧な把握。それを、『奪う』のではなく『還す』ために使う。


「貴様ァ! 私の糧となれェッ!!」

「……お断りだ。その不自然な命、本来の長さに戻してやる」


 俺は盟主が放つ魔力の奔流に両手を突っ込んだ。

 吸い上げられようとしている生命力の流れを『視る』。そして、俺自身の極限まで圧縮された魔力を楔として打ち込み、その流れを精密に、完璧な計算のもとに逆流させた。


「なっ……!? 魔力が、逆流して……!!」


 新技――『魔力逆流リヴァーサル』。


 他者の命を奪う術式を反転させ、盟主自身が長年溜め込んできた「他者の寿命」を全て強制的に排出させる。


「あ、あああ……私の、私の力がァァァッ!!」


 盟主の身体から、赤黒い魔力が凄まじい勢いで抜け落ちていく。

 同時に、彼の肉体が急速に変化を始めた。張り詰めていた皮膚がたるみ、白髪が抜け落ち、みるみるうちに本来の『死の間際の老人』の姿へと老いさらばえていく。


「や、やめろ……私は、大陸を統べる……盟主ぞ……」


 シワだらけの手を虚空に伸ばし、盟主はついに膝から崩れ落ちた。

 延命魔法が解け、完全に力を失ったのだ。

 長きにわたり各国の裏で暗躍してきた『古き盟約』が、完全に壊滅した瞬間だった。


 だが。


「危ない、アイリス!!」


 殿下の叫び声が響いた。

 盟主の術式が崩壊したことで、行き場を失った最後の膨大な魔力の余波が、圧縮された衝撃波となって俺の正面で炸裂したのだ。

 避ける時間はなかった。

 咄嗟に腕を交差して顔を庇うが、強烈な爆風が俺の身体を吹き飛ばす。


 パリンッ。


 ……地下迷宮に、ひどく乾いた音が響いた。

 俺は数メートル吹き飛ばされ、床を転がってなんとか体勢を立て直した。

 命に別状はない。怪我も大したことはない。


 だが――顔に触れた俺の手は、あるはずのものを掴めなかった。

 足元に、真っ二つに砕け散った『漆黒の仮面』が転がっている。


「…………あっ」


 俺の口から、間の抜けた声が漏れた。

 静寂が落ちた地下迷宮。

 戦闘の砂埃が晴れていく中、そこに立つ俺の素顔が、青白い燐光に照らされて完全に露わになっていた。


 夜の闇に溶けるような紺色のローブ。

 しかし、その下に隠されていたのは――月光を思わせる銀色の髪と、宝石のように澄んだ空色の瞳。


 誰もが見間違えようのない、アルトス公爵家の令嬢、アイリスの顔だった。


「…………あ」


 後方で、魔力吸引から解放されて目を覚ましたリヴィアが、へたり込んだまま俺の顔を指差した。


「ア、アイリス、様……? 影、様……?」


 隣のヴィクトルは、目を見開いたまま言葉を失っている。


 入学式の水晶破壊。対人戦闘での不自然な敗北。そして体育祭の異常な身体能力。彼の頭の中で、全てのピースが一瞬にして繋がり――やがて彼は、深く、静かに一礼した。


 シリルは、ズレた銀縁メガネを中指でゆっくりと押し上げ、一つだけ深いため息を吐いた。


「……やはり、貴女でしたか」


 セオドア殿下は気まずそうに視線を逸らし、リュシアンは苦笑いを浮かべている。クロはドラゴンの姿のまま「あーあ」と首を振っていた。

 俺は、砕け散った仮面の残骸を見下ろし、そして、俺を凝視する友人たちの顔を見渡した。

 もはや、どんな言い訳も通用しない。完璧な証拠(顔)がここにある。


(…………終わった。俺の、スローライフ計画、完全終了)


 冷たい地下迷宮の底で。

 俺は、全てを諦めて、本日最も深いため息を吐き出すのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ