第56話:国王の尋問と、不意打ちの質問
シリルの腹黒い笑みから逃げるように学園を後にした俺は、王都の路地裏で『隠密魔法』を展開し、王城へと急行した。
道中、紺色のローブを羽織り、顔には漆黒の仮面をつける。公爵令嬢アイリスから、『王立十聖』第一席・影への切り替えだ。
音もなく王城の奥深く、国王の私室へと忍び込む。
そこには、分厚い執務机越しに書類へ目を通す国王陛下の姿があった。
「……影、参上いたしました」
俺が静かに跪くと、国王は羽ペンを置き、重々しい溜息を一つ吐いた。
そして、その鋭い眼光で俺の仮面を見据え、開口一番にこう言い放った。
「影よ。そなた、セオドアと友人になっておるな」
(…………ッッ!?)
俺の心臓が、早鐘のように跳ねた。
一瞬、思考が完全に停止する。
(バレている!? いや、どこからだ!? 地下迷宮の件か? お助け部の件か? それとも、あの新聞の『悪女と二人の王子』の記事を陛下も読んだのか!?)
仮面の下で滝のような冷や汗を流しながら、俺は必死にポーカーフェイスを保った。
だが、相手はこの国を統べる王。ごまかしは通用しないと、暗殺者の本能が告げている。
「……申し訳、ありません。セオドア殿下に気づかれないよう護衛を務めておりましたが……成り行きで、共に事件を解決する形となりまして」
俺は観念して、腹を括った。
セオドア殿下が『古き盟約』を追って命を狙われていること。リュシアンが亡命してきていること。彼らと秘密同盟を組んだこと。体育祭での強行起爆テロを三人で阻止したこと。
全てを、嘘偽りなく報告した。
打ち首も覚悟した。王族を危険に晒し、他国の王子を勝手に匿っているのだから。
しかし、俺の報告を最後まで聞き終えた国王は、ゆっくりと立ち上がり――。
「ククク……ハハハハハ!」
腹を抱えて、豪快に笑い出したのだ。
「へ、陛下?」
「いや、見事だ! 秘密の護衛として潜入させたら、まさかあやつの友人となり、自らテロ組織を粉砕する秘密同盟まで結成するとは! 余の目に狂いはなかったわ!」
怒られるどころか、大絶賛だった。
どうやら、セオドア殿下の頑固で人を寄せ付けない性格を心配していた国王にとって、俺という『友人』ができたことは喜ばしいことらしい。
(……いや、友人というよりは『共犯者』とか『悪女とその取り巻き』扱いなんだが……まあ、訂正しないでおこう)
ひとしきり笑った後、国王は表情を引き締め、玉座に深く腰掛けた。
「さて、本題だ。……体育祭での一件、大儀であった。だが、安心はできん」
国王の声が、一段と低くなる。
「余の暗部からの報告によれば、学園内に『古き盟約』と繋がる人間が、まだ潜伏している疑いがある。……しかも、かなり上層部にな」
「……ガランド教授だけではなかったと?」
「ああ。だが、余の暗部でもその尻尾を掴みきれておらん。奴らは学園の結界や制度を巧妙に利用している」
国王は、真っ直ぐに俺を見た。
「影よ。そなたに任せる。セオドアたちと組んだあの『何でも解決する部』とやらを隠れ蓑にして、学園に潜む残党を炙り出せ」
「御意」
やはり、シリルが持ち掛けてきた案件と同じだ。
これで、俺の行動には『王命』という最強の大義名分ができたことになる。
「セオドアの護衛も、引き続き頼むぞ。……あやつには、そなたが影であることは内緒でな」
(……陛下。それはもう、最初からそうしております。すでに盛大にバレていて、色んな意味で手遅れだとは、死んでも言えませんが)
俺が内心で深いため息をつきながら立ち上がろうとした、その時だった。
「影よ」
不意に、国王が声音を和らげて問いかけてきた。
「そなたは今……幸せか?」
「え……?」
予想外の質問に、俺は動きを止めた。
幸せ。
前世では、娘の温もりだけが全てだった。今世では、目立たず平穏なスローライフを望んでいた。
だが、現実はどうだ。秘密結社と戦い、王子たちと泥臭く迷宮を走り回り、勘違い令嬢に振り回される日々。平穏とは程遠い。
けれど。
食堂で食べる極上のスイーツ。
クロが膝の上で丸くなる温かさ。
背中を預けられる、不器用だが真っ直ぐな仲間たち。
俺は、答えに詰まった。
暗殺者として生きてきた俺が、そんな感情を抱いていいのか、分からなかったからだ。
俺の沈黙を見て、国王はふっと優しく微笑んだ。
「……まあ、よい」
そう言って、国王は俺に退室を促した。
◇◇◇
影が音もなく部屋から消え去った後。
国王は、誰もいなくなった私室で、窓の外に広がる王都の夜景を見つめていた。
「セオドアよ。そなたは、本当に良い友を持ったな」
王の独り言は、夜風に溶けて静かに消えていった。
◇◇◇
その頃。
俺は再び学園へと戻り、制服姿に戻って生徒会室の扉を開けていた。
ソファでは、シリル・アッシュフォードが、冷めた紅茶を前に静かに待ち構えていた。
まるで、俺が必ず戻ってくると確信していたかのように。
「……お待たせしました」
俺は彼の対面に座り、完璧な令嬢の微笑みを浮かべて告げた。
「ご相談、お引き受けいたしますわ」
俺の返答に、シリルはメガネを押し上げ、満足げに口角を上げた。
「素晴らしい判断です。では、情報の共有と……狩りの準備を始めましょうか」
俺の心の中にあった「スローライフ」という文字が、また一つ、音を立てて崩れ去っていくのを感じながら。
俺と腹黒生徒会長の、奇妙な協力関係がここに成立したのだった。




