第55話:腹黒メガネの相談は、断る隙を与えない
体育祭の熱狂から数日が過ぎ、学園には再び落ち着いた日常が戻りつつあった。
無事に配給された幻のオペラケーキも堪能し、俺のスローライフ計画もようやく軌道に乗るかと思われた、ある日の放課後。
俺は、旧校舎にある生徒会室の重厚な革張りのソファに、ひどく居心地悪く沈み込んでいた。
「……単刀直入に言いましょう」
向かいの席で、完璧な所作で淹れられた紅茶をコトリと置きながら、シリル生徒会長が口を開いた。銀縁メガネの奥の瞳が、獲物を狙う鷹のように鋭く光っている。
「学園内に、『古き盟約』と繋がっている人間が、潜伏している疑いがあります」
「…………」
俺は、カップの紅茶に口をつける手を止めず、完璧な令嬢の微笑みを維持したまま、わずかに首を傾げた。
「それは恐ろしいお話ですわね。ですが、一介の女生徒であるわたくしに、一体何の関係が?」
すっとぼける俺に対し、シリルはふっと冷ややかな笑みをこぼし、メガネの中央を中指でくいっと押し上げた。
「貴女の体育祭での『手際』……私は特等席で、しっっっかりと見させていただきましたよ。あの、魔道具の呪いだけを的確に殺した、神業のような魔力操作を」
「……っ」
「しらばっくれても無駄です。生徒会長としての権限、そして私個人の情報網を総動員して調査した結果……貴女以外に、この極秘の調査を頼める者が、私にはいないのです」
退路を塞ぐ、見事なまでの論理展開。
この男、本当に伊達に生徒会長をやっていない。俺が「偶然です」と言い逃れようとするルートを、あらかじめ全て潰してきている。
(……だが、ここで引き受けるわけにはいかない! 俺の平穏な日々が!)
「光栄な評価ですが、買い被りですわ。わたくしにはそのような力は……」
俺が毅然と断りの言葉を口にしようとした、まさにその瞬間だった。
『――影よ、聞こえるか。急ぎ登城せよ』
脳内に直接響き渡る、威厳に満ちた声。
国王陛下からの、問答無用の緊急通信魔法だった。
(……タイミングが、良すぎるだろ!!)
俺は内心で盛大に天を仰いだ。
このタイミングでの王命。内容はおそらく、今目の前の腹黒メガネが言っていることと同じ、「学園内の残党調査」に決まっている。これ以上シラを切り通すのは、もはや不可能に近い。
俺は、引きつりそうになる頬の筋肉を必死に抑え込み、ゆっくりとソファから立ち上がった。
「……少々、お時間をいただけますか。野暮用を一つ、片付けてまいりますわ」
俺がそう言い残して生徒会室の扉へ向かうと、背後から、ティーカップをソーサーに置く静かな音が聞こえた。
「ええ、お待ちしておりますよ。……良い『お返事』を」
振り返らなくてもわかる。
あの腹黒メガネは今、俺が絶対にこの依頼から逃げられないと最初から分かっていたかのような、最高に性格の悪い笑みを浮かべているはずだ。
俺は深い、深ーいため息をつきながら、急ぎ王城へと向かうのだった。




