第49話:玉入れは、百発百中の精密狙撃
グラウンド中央。
第一学年女子による『玉入れ』が始まろうとしていた。
グラウンド中央にそびえ立つ、高さ五メートルほどの極太の支柱。本来ならその先端に籠が固定されているはずだが、この魔法学園の競技では、籠は支柱から噴き出す風属性の魔法に乗って、頂上の周囲を不規則にフワフワと浮遊している。その動く的へ、制限時間内にどれだけ多くの玉を投げ入れられるかを競う競技だ。
普通の令嬢たちは玉に微弱な魔力を込めて軌道を補正するのだが、俺は、すでに別の標的を捉えている。
支柱の最上部、籠を浮かせる風魔法の基点となっている金具の隙間に、あの不気味な『楔』が巧みに埋め込まれていた。
(……なるほど。あれなら備品の支柱を伝って、地下の地脈へジワジワと魔力の根を張れるというわけか。しかし、位置が高いな)
障害物競走の時のように、転倒したフリをして直接手を触れることは不可能だ。
なら、手段は一つしかない。
「アイリス、準備はいいかい?」
ふいに横から声をかけられた。
見れば、次の競技の準備で近くにいたリュシアンが、人懐っこい笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「……ええ。やるしかないのでしょう?」
「はは、そんなに嫌そうな顔をしないでおくれよ。……あの楔、地脈への定着率が上がっている。この競技が終わる前に、確実に『処理』を頼むよ」
周囲に人がいないことを確認し、親しげな口調でそう言うと、リュシアンは「頼んだよ」と俺の肩を軽く叩いて去っていった。
(……言うのは簡単だがな)
俺は足元に転がっている赤色の玉を一つ、手に取った。
布の中に砂が入っただけの、頼りない感触。
(……まずは一つ。暗殺術の投擲技『飛燕』の応用で、確実に装甲である金具を剥がす)
『――競技開始!』
合図のホイッスルが鳴り響くと同時に、周囲の令嬢たちが一斉に玉を投げ始めた。
空を舞う無数の赤い玉。その喧騒に紛れて、俺は深く、鋭く息を吐いた。
俺は優雅な投球フォームを装いながら、手首のスナップだけで玉を弾き出した。
シュッ、と空気を切り裂く鋭い音。俺の放った玉は最短距離の直線軌道で空を駆け、カァンッ! と金具を叩き、内部の魔道具を露出させた。
よし、あとはあれを粉砕するだけ――。
――その直後だった。
ガコンッ! と、上空の籠が不自然に大きく揺れ、的である支柱の先端を庇うように急激にスライドしたのだ。
(……ッ! 敵の工作員か!)
どうやら一発目の不自然な命中軌道に気づいた敵が、慌てて風魔法で籠の軌道を逸らし、盾代わりに差し込んできたらしい。魔道具が、不規則に暴れ回る籠の死角へと完全に隠れてしまった。
(チッ……小賢しい真似を)
直線が駄目なら、手段を変えるまで。
俺は、足元にあった玉を両手いっぱいに掴み取った。そして、暗殺者の演算能力をフル回転させ、空を舞う無数の「他の令嬢たちが投げた玉」の軌道と、風の動きを瞬時に計算する。
俺は、手の中の玉を、絶妙な時間差で次々と放り投げた。
バッ、ババッ!
俺の放った玉は、空中で他の玉に次々と衝突し――まるでビリヤードのように軌道を鋭角に変え、籠という盾の死角を回り込んで支柱へと殺到した。
カンッ! ドゴォッ!
上空で玉同士が意図的な玉突き事故を起こし、そこから弾き出された最後の一球が、見事な真上からの落下軌道で魔道具を完全に粉砕する。
砕けた魔道具の残骸ごと、玉はスポッと籠の中へ収まった。
(……よし。ちょっと目立ったか?)
任務完了の安堵と共に息を吐いた、その時だった。
『アイリス様ァーーッ! その神がかり的なコントロール、しかとこのリヴィアの目に焼き付けましたわ!!』
……またか。
また、実況席からあの『愛の伝道師』の声が響き渡った。
『皆様! 見ましたか!? 強風で不規則に逃げる籠に対し、アイリス様の手から放たれる玉は、空中で踊るように軌道を変え、一点の曇りもなく籠の中へと吸い込まれていきます! あれはまさに、どんな困難があろうと狙った獲物、セオドア殿下の心を逃さないという不退転の決意の表れ! 勝利の女神が降臨いたしましたわーーっ!!』
グラウンドが、一気に沸き立った。
「お、おい見ろ! アイリス嬢の投げた玉、全部入ってるぞ!」
「一人だけ的中率が異常だ!」
慌てて籠を見ると、俺がビリヤードの要領でぶつけた玉だけでなく、衝突された他の令嬢たちの玉まで、計算し尽くされた軌道で次々と籠の中に吸い込まれていた。
前世で培った「狙った場所へ必ず当てる」という生存本能が、無意識のうちに玉入れのスコアすらカンストさせてしまったらしい。
ステラ寮の籠だけが、他とは比較にならない勢いで膨らんでいく。
「アイリス様、凄いですわ!」
「わたくしたちも続きますわよ!」
俺の「神エイム」に感化されたステラ寮の令嬢たちが、狂ったように玉を投げ入れ始めた。
「……ッ!」
顔を覆いたい衝動に駆られながら、俺は「わたくし、何もしておりませんわ」という表情を必死に作り、ひたすら虚空を見つめ続けた。
◇◇◇
同じ頃、グラウンドの片隅の用具テント裏。
「……な、なんだと……!? 第二ポイントの楔まで反応が消えた!?」
備品業者に扮した『古き盟約』の工作員は、震える手で通信機を握りしめていた。
「何があった! まさか、またあの令嬢か!? いや、彼女はただ玉を投げているだけ……!」
彼の目には、優雅に玉を放り込み、周囲から女神のように崇められているアイリスの姿しか映っていない。
「……くそっ、これでは起爆の『線』が繋がらん! おい、次の担当者に伝えろ! 次は確実に、絶対に壊されないように仕掛けろと!!」
◇◇◇
――そして、競技終了直後のことだった。
喧騒に包まれたグラウンドの隅で、ふいに、異質な空気が肌を撫でた。
ぞくりと背筋が凍るような、純度の高い殺気。
訓練された人間だけが放つ、研ぎ澄まされた刃のような気配だ。前世の暗殺者としての感覚が、瞬時にそれを判別する。
俺は歩みを止め、周囲の熱狂から意識を切り離して気配の源泉を探った。
(……あそこか)
観客席の裏手、人波が途切れる死角。
リュシアンが見つめていたのと同じ、深くフードを被った男がそこに立っていた。
俺が視線を向けた瞬間、男は身を翻し、音もなく喧騒に紛れて消え失せた。追うには、すでに遅い。
俺は周囲を警戒しながら、男が立っていた場所へと近づいた。
そこには途中で放棄された起爆装置の残骸と、微かな魔力の残滓が漂っていた。それに触れた瞬間、俺は思わず息を呑んだ。
(……なんだ、このひどく冷たくて、底なしに暗い魔力は)
ただの工作員のものではない。その残滓からは、ひどく長く、深い絶望のようなものが滲み出していた。




