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75,少女は繰り出す

 リティアが手綱を優しく引けば、馬達が速度を緩めてハルドと烏の真下へと慎重に歩みを進める。精霊人形は、速度が落ちきったところで屋根へと登り、飛び上がるタイミングを見計らう。既に空を飛んでいるハルドは、烏よりも上空にいるらしく、リティアの視界には映らなかった。全ての手綱を左手に集めたリティアは、ポーチからスティックを取り出して、紫色の精霊、雷属性を自分の手元に集めて、雷の槍を二段発動させる。一発では終わらせない、近づきながら一発目が烏に当たりそうになるまで槍を発射させて、的中する寸前で馬達を鞭で打って速度を上げると、精霊人形もこのタイミングで飛び上がり、馬車のみが烏から距離を取る。


ギエエエエエエ!!


腹部が槍で串刺しとなり、烏は悲鳴を上げた。リティアは手綱をもう一度両手で握り、大きくターンさせて、烏の状態を確認する。槍と共に精霊人形の指の剣が刺さり、体勢を崩した烏の身体は反り返り、上空から飛ばされたハルドの飛龍牙がその首へと落とされる。


カキィィン


首を落とす筈だった飛龍牙は、カメレオンのような長い舌で弾かれ、明後日の方向へと飛ばされる。リティアが慌てて手綱を左手に移して、スティックを右手でクルンと回すより先に、その舌がハルドの胴体目掛けて放たれ、ハルドは更に上空へと突き飛ばされれば、踊るように身体を捻らせれば、何処かへ飛んでいった飛龍牙も手元へと戻り、もう一度烏に向けて放たれる。その姿に感嘆の声を漏らしたリティアは、先程よりも遠目から雷の槍を発動させると、相手まで届かずに消失してしまった。

「あの舌は鋼鉄製だから、熱して溶かせるでしょうか?」

そう呟くと、スティックを回して赤い精霊と、より遠くへ撃てるように緑も引き寄せる。リティアは目を凝らして、烏に集まる精霊の色の比率を確認し、

「カメレオン烏の属性は…風だけですね。」

馬を走らせながら、片手を突き刺した状態でぶら下がる精霊人形の動きを目視すると、もう片手の指も剣のように変化させて腹を裂こうとしているが、飛び回る烏に身体が振り回されて、深い傷を与えられない。ハルドは烏の伸びる舌を避けながら、飛龍牙を背に刺して手前に引いて傷を広げている。リティアは、走行中に何度も手元に精霊を集めて魔力増幅を狙う間に、烏は急激に高度を上げて身体が地面とほぼ垂直となり、バランスを崩したハルドが飛龍牙と共に落下してくる。精霊人形も一度剣を抜いて腹部を蹴って、ハルドを庇うように先に落下してきた。

「お二人共!今向かいます!」

鞭を入れて加速させれば、2人が地面に叩きつけられる前に馬車をその付近で手綱を引いて減速させれば真下で停止できて、空中で体勢を直した2人が屋根へと降り立った。烏は馬車ごと狙いながら、急上昇からの急降下してきて、ドリルのような黒い嘴が迫ってくる。ハルドが身体を屈ませてタイミングを見計らい、精霊人形は針山のように指を空へと突き立て、リティアは2人が攻撃を再開する前に御者席に靴で立ち上がり、炎の槍を数発発動させてすぐに、大風を巻き起こす魔術の二段発動をさせた。

「まずい!」

槍の飛距離を伸ばすために発動させた風が、先に発動して飛んでいる槍を飲み込んで分解し、その火の粉が風に巻き込まれて、空中で火柱が出来上がっていく。その風で火の燃料になるような、虫の死骸や根の力が弱い草花が地上から巻き上がる。ハルドは体の向きを瞬時に変えて屋根を蹴って御者席へと飛び込むと、リティアが手に持っている鞭を取り上げ、馬に鞭を打つ。ハルドが御者席に座ると同時に、リティアの腰に腕を回して引き寄せて強引に座らせた。ハルドは、精霊人形が剣を仕舞って屋根に張り付いたことを確認して、もう一度鞭を打ち、2頭の手綱を操りながら徐々に大きくなる火柱から猛スピードで離れていく。真下にいたはずの馬車に急降下していた烏は、逃げることもできずに成長していく火柱へ突入して、その身体に炎を纏った。二対の翼を羽ばたかせて火消しを急ぐが、強大になっていく炎の勢いに勝てず、炎の海で藻掻く形となる。


ギエエエエ!


ハルドによって焦げていく烏との距離が広がっていく中、苦しむ烏の悲鳴がリティアの耳を劈き、ツーッと涙が流れる。本当にこの烏は私達に危害を加えたのだろうかと、自問自答しながら。


 「ああ、リティ。無事でよかった。」

ハルドは、リティアの髪の毛に優しくキスを落とす。柔らかい物を髪越しに感じたリティアの鼓動が速くなり、徐々に顔が熱くなっていく。

「ハルド様、草原の手前でお停めください。熱でもあるのか、妹君様のお顔が赤くなっております。」

屋根の上から顔のないフードを覗かせた精霊人形と、リティアは目が合う気がした。

「ええ!?リティ、大丈夫かい!?体調が優れないのかな!」

ハルドが腰に回していた手をリティアの額に当てる。大きなゴツゴツとしたその手は、リティアの目までも隠した。

「ハルさん、大丈夫ですから手を離してください。前が見えません…」

「すぐ治療するから待っててね。」

リティアの言葉を聞き入れず、ハルドは大草原に差し掛かる前に馬車を停めて、飛龍牙を置いたままリティアを抱き上げて、御者席から軽々と飛び降りる。空席になった御者席には精霊人形が座り、ハルドが飛龍牙に視線を送ると風が吹いて手元にゆっくりと近づいてくる。同じ原理で扉を開き、リティアが馬車の内部に入れた巨大な羽根もその力で外へ出してから、乗り込んだ。

「大丈夫ですから、降ろしてください!」

仮面の少し浮いた部分からハルドの顔が見えたリティアは、鼓動の音が大きくなることに気が付き必死に訴える。

「わかったよ、座らせるから待っててね。」

訴えを軽く流すハルドは、椅子に膝を乗せてリティアの身体を滑らせるようにゆっくりと椅子へと移動させた。ドキドキしているこの音が聞こえているのでないかと心配しているリティアに、ふとセイリンの言葉が頭をよぎる。

「それでリティは、ハルド先生を異性として好ましいと思っているか?」

そんな風に考えたことは本当になかった…。兄の友人であるってだけだったのに。元々、苦手でも嫌いでもないし、幼い頃から懐いていたと思う。

「リティ、本当に顔が赤いね。熱はなさそうだったけど。とりあえず、水でも飲むかい?」

考え事をしている間に、ハルドが席の下の引き出しから水筒を取り出して、リティアのためにコップに注いでくれていた。リティアはありがたく受け取ると、一気に飲み干す。

「本当に何でもないのです。ところで、ハルさんはお怪我はないですか?」

「ああ、してないよ。」

優しく答えるハルドが、リティアの飲み終わったコップを貰おうとして互いの指が触れると、リティアの身体に一瞬力が入る。その瞬間を見逃さなかったハルドの目は大きく開き、

「…リティ。」

「な、何でしょうか?」

仮面の下にあるハルドと目を合わせることが怖いと感じてしまうリティアは、目を逸らす。

「仮面つけてると怖いかい…?」

「そんなことは思っていません!寧ろつけていてください!魔獣の攻撃から身を護る大切な装備です!」

恐る恐ると聞いてくるハルドに、リティアは髪が乱れるほど激しく首を横に振ると、ハルドの身体が少し仰け反った。

「ああ…。ではなんで、今身体に力が入ったの?」

ギクッ。リティアは目を伏せながら硬直する。適当な言葉が出てこない。

「もしかして…」

「ほ、本当になんでもないので!!」

ハルドが核心に触れるかもと思ったら、リティアは恥ずかしくなって、顔を両手で覆う。

「リティ…俺の後ろに飛龍でも見えた?」

「…へ?」

声を潜めるハルドに、リティアは何のことかわからず、顔を上げてきょとんとしてしまった。

「あ、いや。ごめん、忘れて。」

仮面を外してヘラッと笑ったハルドは、リティアの目には、感覚的であるが歪さを映していた。

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