74,少女は馬車を操る
外の風景を眺めながら、リティアはハルドに話しかける。
「ルナ様と私が似ているかは分かりませんが、今朝の寮内で不思議なことがありましたので、目撃情報の用紙とペンを頂けますか?」
「そうだったのかい!?大丈夫??怪我はしてない?」
ハルドが動く馬車の中で、向かいに座っていたリティアの肩を摑み、心配そうに眉を下げて顔を覗き込んでくる。リティアは軽く微笑んで、
「危害は加えられていませんので大丈夫です。会った女子生徒が幽霊かもしれなくて。」
「ゆ、幽霊…?」
ギョッと目を見開いたハルドは、そろーっと肩から手を離して自分の席に戻ってから、テキパキと硬い板の上に用紙とペンを置いてからリティアに渡すと、リティアも書きながら話し続ける。
「身体に精霊を纏っているかのように全身が精霊で光ってまして、セイリンちゃんが彼女を見たときに、身体が透けているって言ってました。」
「…何だ、精霊を身につけて透けてるのか。それは単なる魔法だよ。」
ホッと息を吐いたハルドの姿は、リティアには幽霊に怯えていたように見えたが、自分の見たものをしっかり認識してもらわなければと必死に訴える。
「え、でも精霊が消えたら彼女もその存在が居なくなったので、幽霊だと思います。」
「精霊で見えなくしただけでなく、瞬間移動でもなさそうかい?」
ブルッと身を震わすハルドを見て、リティアはどんどん心配になってくるが、とりあえず記入した報告書を返す。ハルドの顔色はあまり芳しくないが、真剣に読んでいた。
「風の精霊が動いたようには感じませんでした。ハルさん、幽霊ですよ!魔獣よりも強いわけはないですし、そんな怖がらないで下さい!」
「いやいや!怖いよ!早めにカラクリを解かねば…。」
遂にハルドは報告書を身体で覆うように膝を抱え込み、1分はそのまま動かなかったが、何かを思い立ったようにバッと顔を上げる。
「幽霊さんの名前は、この紙に書いたようにシャーヌなんだね!?」
「本人がそう言ってました。」
震えていたハルドに急に真剣な眼差しを向けられて、ビクッと肩に力が入りながらも答える。
「あああああ!そうきたか!リティ、彼女がまたアプローチしてきたら、話を合わせてみてほしい。彼女は、6年前にあの学校で行方不明になった最後の生徒だ!」
「え、何の対策なしにできませんよ。」
先程までとは異なるハルドの迫力に、リティアの身体は自然と反る。
「対策しないとは言ってないよ。こちらからサポートするからね。これは好機だ。今日の用事が終わったら、明日も俺に付き合って。」
「は、はい。」
ニコッと笑顔を向けるハルドに、リティアがおどおどとしながら返事をした。ふと笑顔が真顔に戻ったハルドは、背もたれの隙間から飛龍牙を取り出し、リティアにスティックを渡すと、戦闘用の仮面を顔にはめる。
「…ではそろそろ、先程から並走飛行してきている魔獣でも潰そうか。」
「空からですね。精霊が振動して落ちてきてますから。」
ハルドが立ち上がり、動いている馬車の中でバランスを取りながら扉を開くと、リティアも立ち上がってハルドのベストを掴むと、ハルドが右腕を腰に回して倒れないように補助してくれて、リティアは息を潜めて空を見上げる。2対の翼を大きく広げる何かが太陽を背にして、黒い影を馬車に伸ばしてくる。
「ご明察。町を潰した飛行型ではありませんように。」
ハルドが祈るように呟くと、すぐ下に頭があるリティアはハルドを注視し、
「町に被害が出ているんですね。どんな特徴が」
「リティ、目の前の敵に集中。」
いつもより低い声で注意されると、リティアは慌てて唇に力を入れた。
「俺は飛び上がって戦うから、リティは下から相手に槍を撃ち込んで。頼んだよ。」
「簡単な魔術なら撃てます!」
良い子と、腰に回していた手で頭を撫でて、ハルドは走っている馬車の外へと飛び出した。大風が吹き荒れると、ハルドは舞い上がり、飛龍牙の端を握って剣のように振り上げた。リティアは、走り続ける馬車の振動で開閉を繰り返す扉を左手で掴み、馬車の前方を確認すると馬の脚の長さほどある単子葉類の大草原が遠目に見えてくる。今のタイミングでハルドは、精霊人形に指示の変更を与えていない為、精霊人形の御者は、そこまでこの馬車を操るように命令を受けているままで、リティアはハルドを置いて目的地に到着することになってしまう。恐らくハルドは最初からそのつもりなのかもしれないと、瞼をギュッと瞑る。
「ハルさんを援護します。私だって、セイリンちゃんみたいに強くあらなきゃ。二度とあんな顔をさせないためにも。」
劣勢の中で勇敢に戦いながらも、悔しそうに涙を滲ませるセイリンを思い浮かべ、自らを奮い立たせる。ギエエエエ!と魔獣の悲鳴と共に巨大な羽根が1枚落ちてくる。リティアは、扉の隙間からスティックをクルンと回して、風の精霊と共に馬車の内部へ誘導した。一見漆黒の羽根のようだが、近くで見ると何十色もの色が混ざり合って綺麗な光沢を持つこの魔獣を知っている。
「何故、南の森に棲息するカメレオン烏が草原のそばにいるのですか。彼らの好みは、脂の乗った肉。近年は集団で家畜を襲う有害魔獣として騎士団の討伐が行われる。追い込まれて逃げ出したのでしょうか。」
そうだとしたら何?可哀想だとでも思うのかと自分を静かに責める。幼い頃、森で手負いの龍に傷薬を塗ったことで祖母に叱られた。野生で生きるものは自然の摂理に任せるべきで、下手にこちらから手を出せば喰われるのは人間だと。思案の海に落ちそうになったリティアは、スティックを持っている手で頬を叩く。
「まずは、御者さんに行き先変えてもらわないとですね。」
言葉が通じるのかも不明だけどやってみるしかないと、スティックをポーチに仕舞うと、扉から手を離して上枠の出っ張りに両手の指をかける。ブウォンと風で扉が開いたところで、身軽な身体を持ち上げて、上枠に足をかけて屋根へと登る。戻ってきた扉を片足を伸ばして閉めれば、屋根の上で匍匐前進して御者席へと滑り降りるように降り立つ。以前より1頭少ない2頭の栗毛の馬を操作する御者は人間のような反応をせずにただ手綱を握っていた為、フードの下の無の部分を覗き込み、
「お願いです、ハルさんの元へ戻ってください。」
と頼むと、ふるふるとフードごと横に振られてしまう。彼の行動は、こちらの言葉を理解するだけの知能があるということでもあった。リティアは諦めず、手綱を握るその手に自らの手を添えると、浮遊していた精霊が触れたところに近づいてくる。
「お願いです、精霊人形さん。私はハルさんを援護したいのです。」
もう一度お願いをすると、触れ合った手から精霊を吸収した御者は、グイッと手綱と長い鞭をリティアに渡す。リティアが慌てて手綱を握ると、手綱に近寄る精霊が楽しそうに飛び交った。手綱を握ること自体初めてのリティアは、感覚的に左手に持った2本の手綱を手の広がる方へと開けば、馬達が指示を理解して大きく曲がった。それを利用し、Uターンさせるように手綱からハミへと刺激を与えて、ハルドの戦いの場へと逆戻りする。
「主様の妹君をお守りするように仰せつかっておるのですが…」
静かな男性の声がフードの下から響き、シルクの手袋を外すと、人形のような球体関節が露わになり、
「しかと、お守りするために戦わねばなりませんね。」
指に精霊が集まり、レイピアのような長剣の指へと変化する。リティアは瞬時に確信した、彼は戦闘型の精霊人形であると。
「精霊人形さん、ありがとうございます!」
「いえいえ、大したことはしておりませんから。では参りましょうか。」
心強い助っ人と共に、空中戦を繰り広げるハルドへと馬を走らせた。




