76,少女は草原を抜ける
火柱が消えた時には、馬や馬車、精霊人形も含めて、リティア特性の虫よけをハルドの風の魔法でかけてもらう。リティアとハルドも馬車の中で香油を振りかけて馬車内をオレンジの香りで充満させてから、草原へと馬車を進めた。
「分かってはいたが、やはり虫系魔獣が多いな。」
ハルドが窓の外の様子を覗いながらそう呟くと、リティアもハルドと反対の窓から確認をする。草の間から顔を出す膝下くらいのサイズのバッタは、血吸いバッタと言い、一回の食事で小動物の血を吸い切るらしい。森にはあまり棲息していないため、リティアは初めてこの目で見るものだ。その背後から得物を捕えようと忍び寄る魔獣が、リティアの目に飛び込んできて、目を輝かせる。
「わあ!膜張りカマキリがいます!降りて良いですか!膜袋をもらっ」
「あー!今日は降りないで!今度、採取に連れて行ってあげるから!」
扉に手をかけようとしたリティアを、尻を起点に大きく身体を動かしたハルドが両腕で捕まえて阻止する。かなり前傾姿勢になったハルドの息がリティアの耳にかかり、リティアの身体がビクッと反応する。
「今日は、リルからの頼まれたことをやろうね?」
「は、はい。ごめんなさい。」
ハルドに耳元で囁かれる形になり、リティアが目を逸らすように俯くと、
「怒ってないから、謝らないで。」
落ち込んだように見えたのか、ハルドは慌てる。
「ハルド様、郡民コオロギのキングが22時の方向に見えます。」
精霊人形が警告を促すと、ハルドはリティアから手を離して窓を覗き込んで確認をし、
「出来れば討伐したいが、リティアはその間にマクナム聖堂の中へ。ギィダンはリティアの護衛を頼むよ。」
また仮面をはめて飛龍牙を構えた為、リティアは自分の胸に手を当てて、ハルドを見つめる。
「わ、私もた」
「リティ、早めに帰ってきて手伝ってくれると嬉しいな。」
言葉を遮ったハルドが、リティアの頭にポンと手を乗せると、走行中に扉を開けて風を起こし、空へと飛び上がって行くと同時にこちらの様子を窺っていた血吸いバッタが飛び込んできて、リティアが慌てて扉を閉めようとしたが、バッタの足が挟まった為、力いっぱい引っ張って無理やり閉めて足を切断させる。バランスを崩して落ちていくバッタを、更に後ろから迫ってきていた膜張りカマキリが頭から膜を張り、そのまま何処かへと攫っていった。馬を走らせているギィダンが声を張り上げてくる。
「リティア様、椅子に捕まっていてください。魔獣達が押し寄せてきてますので、駆け抜けます!」
「お願いします!」
リティアの返答を聞いたらすぐに速度が上がり、一気に草原を駆け抜けた。ガコンガコンと床で滑っているこのバッタの足にはトゲがあり、刺さると出血するため、リティアは椅子に足を乗せる。この草原を抜けると、マクナム聖堂があるらしい。
戦うハルドを心配しながらも、日は天辺まで昇る時間になり、白い壁に緑色の蔦が蔓延る1階建ての箱のような建物に到着する。追ってきていた魔獣達もこの建物に近づこうとしない。ギィダンが馬車を停めて扉を開けてくれた為、手を借りながら馬車を降りる間も触れ合った手からギィダンに精霊が吸収されていた。リティアが馬の頭を撫でている間にバッタの足を放り投げてくれたギィダンは、聖堂の扉に絡まった蔦を指の剣で伐採して、内部へと促される。後ろから控えるギィダンは、魔術式ランタンを左手で掲げてリティアの足元を照らす。長いこと使用された形跡のない建物だが、虫一匹も見当たらない。小さな光の中で見渡すと、外側から蔓で覆われて光を通さないステンドガラスがあった。中央に模様らしきものがあり、その上にランタンの光が当たると精霊文字が浮かび上がる。
「鮮やかなる光を与えよ。さすれば道は開かれん。」
リティアがすらすらと読み上げると、ギィダンはリティアにランタンを手渡す。
「恐らくここにステンドガラスからの光を当てるのでしょう。私が外壁の蔓を刻んできますのでお待ち頂けますか?」
「分かりました。この建物から何も気配も感じませんし、お待ちしております。」
ギィダンは一礼すると、早足で建物から出ていく。リティアは、貰ったランタンを掲げて軽く壁を見渡すと、1人の少女の壁画があった。日が当たっていなかった為か、色彩も褪せることなく残されている。肩までの白い髪の上から銀箔の粉がまぶしてあり、リティアと同じ藤色の瞳。リグレスが着ていたような白い装束を身に纏い、クリスタルの刃を持つ短剣を胸に当てている。その姿はまるで、
「そちらはルナ様の壁画でございます。リティア様は本当によく似ておられます。」
ステンドガラスから光が入るように蔓を切ってきたギィダンが帰ってきて、後ろから声をかけられて振り返る。
「ギィダンさん…ルナ様をご存知なのですか?」
「それは勿論。魔獣侵略戦争前にルナ様によって作られた人形ですから。その頃はまだ顔があったのですが、戦闘中に破壊されまして。現在は、普通の人には幻覚を見せて顔があるように見せているのです。」
アハハと苦笑するギィダンは、少し寂しそうに見えた。顔がなくても、リティアには確かにそう感じ、恐る恐る質問した。
「そのお顔ってまた作ることができますか?」
「恐らくは。特別な土と石窯があればですが。」
「わ、私が、やってみてもよろしいでしょうか!?」
ぬうっとリティアに近づいてランタンを受け取ったギィダンからの返事に、自らの衝動に身を任せたリティアは拳に力を入れて提案をする。
「リティア様が…。楽しみにしておりますね。さあ、仕掛けが開きました。地下へ降りましょう。」
顔のないギィダンから、孫を挑戦を見守る視線を肌に感じつつ、ステンドガラスの光を浴びた床が三日月の形に開いて姿を見せた石畳の階段をギィダンに手を引かれながら、一段ずつ慎重に降りる。1人が通るのがやっとなほどに狭く、壁に手をつけながら最後の段まで降りきると、ランタンの光が全く届かないほどの暗闇に覆われ、独特な匂いが充満している。
「リティア様、これ以上前に進めないかと。」
手を引いていたその手で制止をかけられ、リティアはギィダンの腕にぶつかった。
「わ、割れてませんか!?」
「このくらい何ともないですよ。そこまでヤワではございません。」
慌てて離れるリティアに、ギィダンが手を振って動くことを証明すると、リティアはホッと息を吐き、
「行き止まりなのですか?では、お兄ちゃんが探している精霊人形さんはここに居ないということですね。」
「それは私にも分かりかねます。ただ、目の前を覆い尽くすほどの巨大な魔獣の被毛があるため、進めないのです。」
見てくださいと、ギィダンがランタンを前に突きつけると、ランタンの周りを長い黒い毛が覆っていることが、リティアの目で見ても、その光の漏れ方で分かる。
《わざわざ我らの安眠を妨げてまで、ここで騒ぐ貴様らは何者だ?》
リティアの頭に地を這うような低音が響く。まるでそれは、ハルドが脳内に話しかける時の感覚にそっくりだ。
「あ、あの。安眠を妨げて申し訳ございません。私達は精霊人形を探しているのです。こちらにいらっしゃいますか?」
ギィダンが口を開くよりも先に、リティアが勇気を出して答えると、また頭の中で声がする。
《お前のそばに気配があるようだが?》
そう問わればそうだ。リティア達が探しているのはまだ見ぬ精霊人形だったため、リティアは顔を横に振る。
「あ、ギィダンさんではなく、他の」
《ギィダン!久しい名を聞く。》
こちらが言い終わる前に、被毛がもぞもぞと動くと、6つの獣の目がこちらを覗く。リティアの目には、大きな犬の顔が3つも生えているように映った。




