28,少女は首を傾げる
リティアが、本を借りて勉強しようと思っていたら、本を探している間に席が埋まっていた。1番、空席状況が見える扉の前で本を抱えているけど、やはりどこも空いていない。本を借りて帰るにも既に寮室に借りている本が5冊あるので上限に達していた。折角手に入れた戦利品を読むことも持ち帰ることも出来ずに途方に暮れていたら、赤っぽい橙色の髪の男子生徒の手が、ヒラヒラとこちらに向かって振られている。呼ばれている…?リティアは、他の生徒の動向を見ながらも彼の席に近づくと、ポニーテールをふわっと揺らしてリティアに顔を向ける。
「もう読み終わったから、席どうぞ。」
彼は、ガタッと椅子を引いて立ち上がり、手のひらを上に向けて、空席になった椅子を差し出す。
「テルさん、ありがとうございます。嬉しいです。」
「え?」
テルの隣で座っていたディオンが声を上げ、鳩が豆鉄砲を食ったような顔になるテル。目をパチクリさせ、魚のように口がパクパクしている。
「どうしたのですか、テルさん?」
そのような反応をされる理由が分からないリティアは、首を傾げる。
「何でテルだと思った…?」
やっと言葉が声になったらテルの第一声は疑問。
「何でって、テルさんはテルさんですから。どうしたのですか?」
「リティちゃんはディッ君の彼女さんなのに…!ディッ君しか見てないよね!?そんなこと…!」
静かな図書室で、テルの声が響き、他の生徒達が迷惑そうな眼差しで注目している。テルはそのようなことはお構いなしに、涙袋に大粒を溢れ出させながら、下唇に力が入って口角が下がった。
「リティ、ディッ君って誰…?」
カルファスの普段よりトーンの低い声が刺さる。ええっと!となんて答えるべきかすぐに出てこず、リティアは慌てる。
「ディッ君はディオンだよ…。リティちゃんは罪作りな人だー!」
テルは、うわーん!と泣きながら、本を置いたまま図書室を走って出ていった。生徒の注目を集めたままだけども、どうしようもできないリティアは、再び首を傾げながらも、空けてもらった椅子に腰掛ける。カルファスの視線は、リティアからディオンに刺さっている。さて、どうしたものかとディオンも考える。以前、セイリンからの情報によるとリティアはカルファスに怯えている。そしてセイリンは、彼から守りたいと思っている。…乗るか。
「そ、その、大変申し上げにくいのですが、セイリン様からお許しを得まして、リティアさんとの交際をさせていただいております。」
眉を下げながら、カルファスに頭を下げる。自分の発言を聞いたリティアは、否定する暇もなく、頬を紅潮させて本で顔を隠した。暫く間が開く。何度と瞬きを繰り返すカルファスは、ディオンとリティアを交互に見て、やはりディオンに視線が戻る。
「君は結構危ない橋を渡るんだね。」
「どういう意味ですか?」
ディオンは、左上に眼球を動かして考えてみるが、何が危険なのかは分からない。リティアは確かに貴族であるけども、高い地位についている貴族とは思えない素朴な少女だ。
「そのままの意味。ああ、でもね。リティを本当の意味で理解してあげられるのは私だけだから。」
見下すような嘲笑うような、カルファスは人差し指を自らの下唇に当てる。口角が不自然なくらい高く上げ、ディオンにその笑みを送りながら、席を立った。去り際にリティアの後ろ髪に、唇に触れていた指を通してすくい上げ、触れるか触れないか程度のキスを落とす。
「いつか君の愛らしい薬指に指輪を贈るからね、リティ。おやすみなさい。」
次に豆鉄砲を食ったのはリティアだ。カルファスが、扉を開く瞬間まで言葉が出ず、扉が締まる際に、
「お、おやすみなさい…。」
と小さい声で返した。
あの騒動の後は、他の生徒も興味が薄れたようで、視線が気にならなくなって、2人も静かに本に集中する。21時半になるまで読みふけり、司書のザンザに肩を叩かれるまで気がつくことがなかった。ハッと見渡せば、他の生徒は図書室にはあまり残っていない。リティア達を除く最後の女子生徒のグループが扉から出ていくところだ。
「あ…」
その女子生徒の中に、先週に声をかけてきた全身に精霊を纏ったシャーヌが見えたが、こちらに気がつく素振りもなく扉は閉まる。
「リティアさん、いかがなさいました?」
テルが置いていった本も含めて返却処理をしているディオンが声をかけてくる。
「あ、何でもないです…」
追いかけるほどのことでもない、そうリティアは思い、ディオンにだけ見えるくらい小さい振りで手を横に振る。コクリと頷けば、手を差し伸べて、リティアの手を引き、図書室を後にする。既に教室へ向かう通路と上へ昇る階段にはシャッターが降ろされ、職員室のそばを通る道しか残されていない。リティアは、エスコートされながら、中庭が見える連絡通路に差し掛かる。
「わぁ…きれい。」
様々な色の精霊達が噴水で遊んでいるように飛び跳ねている。それはステンドガラスを想起させるような色合いを生み出していた。ディオンから手を離してタタタ…と走り、中庭に出る扉が開いている。そこから噴水の傍まで近づいていく。やはり精霊は踊っている。噴水の水面を覗き込む。月が映りこ…映り込んでいない。夜空を見上げれば、真上には月が昇っている。リティアは、首を傾げながら交互に目をやる。
「ええ、本当に綺麗ですよね。どのように反射すればこのような幻想的になるのでしょうね。」
置いてきてしまった…後ろからディオンが近づいてくる。パッと振り返り、笑顔を向ける。
「本当に…!月は水面に映っていませんし、まるでステンドガラスのよう」
「月なら、リティアさんの右前に見えますよ。」
はしゃぐリティアを見たディオンが、フフと微笑みながら、水面を指差す。
「え…」
慌ててもう一度目を戻すが、やはり見当たらない。もしかして精霊に隠されているのかしら…と用心深く考える。本来あるべきものが見えない場合、今のようにあるべき『水面の月』を隠す場合、ここには『何かがある』ことを意味する。恐る恐る水面に指を伸ばす。
「何をしている!!」
ビクッ!水面に触れる寸前で、急いで立ち上がり、ディオンに続いて後ろを向く。扉から出てきたハルドが、大股でこちらに向かっていた。ディオンがすぐさま頭を深く下げて謝罪をする。
「申し訳ございません!噴水が虹色に輝いていて、とてもキレイだったもので。近くまで見に来てしまいました。」
「…ディオンさんと同じです。すみません。」
ハルドは、ハァとため息を漏らし、ディオンを指差す。
「君達!何で施錠され」
チカッと、ハルドの人差し指から緑色の精霊が飛び出し、くるくるくると回り、噴水に飲み込まれていく。リティアの目は、無意識にそれを追う。
「リティア君、人の話は聞いてください!ディオン君はしっかり聞いているよ!」
「ご、ごめんなさい…」
怒られてしょぼくれるリティアを見て、肩を落としたのはハルドだ。
「今後は近づかないんだよ。さあ、寮に戻りなさい。」
ハルドは、2人に先を歩くよう促し、その後ろをついていく。後ろに他に生徒がいないか確認してから、施錠する。
「ごめんなさい…ただ私は鍵触ってないです。扉が開いてて。」
かき消えそうな小さい声での弁明が聞こえる。
「自分も触っていませんし、リティアさんも開けていないんです。扉が開いていましたので、もしかしたら他にも…」
ディオンも、ハルドの目をしっかり見据えて補足も入れる。
「分かった。この後、寮内で点呼があるかもしれないから、とりあえず戻るんだ。他の先生達に報告して探してみるから。」
「はい。」
2人は再度頭を下げ、寮へ戻った。2人共が寮の扉の先へ消えていくのを見届けてから、急いで職員室に戻り、他に残業している教師達と手分けして探した。暫くすると寮の点呼が終わり、在籍人数全員戻ってきていると報告を受けることとなった。




