ニャゲーティア3
1-048
――ニャゲーティア3――
気がつくとリリトの目に豪華な天井が映る。
大きめの部屋に豪華なベッド部屋の隅には立派な机が置かれている。
どうやらここは病院ではなくどこかの豪族の客室か何かのようである。
あのヘル・ファイアという魔法はやはり体中の魔獣細胞を使い尽くすらしい、それは竜族のリリトも同様であった。
他の種族より体の維持に魔獣細胞を使う竜の体は一時的に活動を止めてしまったようだ。
要するに制御の効かない魔法だ、あの時リリトがあの魔法を使えたのはガウルの魔法を見ていたからである。
魔法というものはきっかけがあれば使える物のようだ、無論全部が全部では無いだろう。それにしても副作用まで一緒に起きるとは思わなかった。
ガウルに比べてはるかに威力が少なかったのは体内の魔獣細胞の量によるものだろう。
逆にそれでよかった、もしリリトに成獣の大きさが有ったらどれほどの威力が有ったのか自分でも怖くなる。
それにしても発射の度に気を失うようではこの魔法はうかつには使えない、やはりガウルが言うように魔法量の制御が必要になる。
そんな事を考えていると部屋の隅に座っていた兎耳族の女がこちらにやってくる。
リリトが目を覚ました事に気がついたのだろうリリトの前で頭を下げる。
「お加減は如何でしょうか、どこか痛む所は御座いますか?」
簡素に質問をする。どうやら医師か看護婦の様だ。
「私は問題ない、兎族の娘はどうした?」
「別の部屋で寝ておりますが大きな怪我はしておりません、どうかご安心下さい、なにか必要な物は御座いますか?」
「腹が減った、飯を食わせてくれ」
「御衣、今主人を呼んでまいります。お食事はその後で用意いたします」
女は外に出ていくが身のこなしが優雅である、どうやら職業メイドなのかも知れない。
状況から考えてここはニャゲーティであろう、気を失ったリリトをあの連中がここまで運んできたのであろうか。
大型魔獣にヘル・ファイアを撃ち込んだところまでは覚えているがその後の事は全く記憶にない。
ヘル・ファイアを撃った後の獅子族はひどい倦怠感に襲われ立っていることも出来なくなるらしいが竜族であるリリトがまさか失神するとは思わなかった。
それにしても腹が減った、魔獣の肉をこれほど欲することになるとは思わなかった。
ドアをノックする音が聞こえ猫族の男が犬族の護衛と思われるふたりを連れて部屋の中に入ってきた。
「竜神様ニャゲーティアへようこそ、私はニャゲーティア領主のブードアニ・マテュー・フレデリクと申しますニャン」
身長は犬耳族の護衛にくらべて一回り小さいが割と上質な服を着ている、この部屋の作りを見てもいささか虚栄心の強い人間の様に思える。
「竜族のリリトである、別に招待された覚えはないが」
「いえいえ、国境付近で怪しげな一味と交戦になりまして、族を倒したところ馬車の中にリリト様達を発見致した次第でございますニャン」
ふん、そういう筋書きか?見え透いたことを言いおるわ。
「頭に大きなコブが出来ておりましたが具合はいかがでしょうかニャン?」
「体の方は大丈夫だ、それより族の方から何か聞いていないのか?」
「それが激しく抵抗いたしましたので仕方なく全員殺害致しましたニャン」
なるほど証拠は隠滅済みと言いたい訳か。
「私はともかく良く同乗の兎族の娘が無事だったな、族の抵抗が激しかったんだろう?」
「いえいえ、我が国境警備隊は優秀なうえに勇敢でございますからニャン」
あっそう。
「竜の嫁御様を迎えられたのは我がフレデリク家の最大の名誉でごさいますニャン。お元気になられるまでごゆっくり滞在されますニャン」
ふん、心にもない事を言いおるな。
フレデリクが護衛の男に椅子を持って来させると領主はリリトのベッドの横に腰掛けた。
「どのような経緯が有ったのかお話し願えると助かりますニャン」
「その前に兎耳族の娘の容態を詳しく教えろ」
「少し離れた部屋で大切にお預かりしております。擦り傷程度でしたので手当をして寝かせてありますが小さいながらになかなか肝の座ったお嬢さんですニャン。」
「まあ、竜の巫女(補)だからな」
そればかりでも無いような気がするが何か有っても騒がないのは助かる。そのうち荒事になるかも知れないからな。
「ただ何か薬を使われたらしく少し頭がぼんやりしているようです、しばらくすれば治るかと思いまして今は寝かせております」
「そうか、万全を期してもらいたい。私にとっても大切な友人なのだ」
「わかりました、お任せくださいニャン。それで状況はいかがニャン」
「ジャマルの領主別荘に滞在していたが族に娘をさらわれた」
「なんと!領主邸からですとニャン?」
「すぐに気がついて族を追っていたが途中で大型魔獣に遭遇した、私が倒したのだがその直後に木に頭をぶつけたらしい」
「なるほど頭のコブはその時のものですかニャン!」
たしか木を一本ぶち抜いた気がするが。
「ひとつ聞きたいのだが?」
「何で御座いますニャン?」
「語尾にニャンをつけるのは猫族の習慣か?前に会った猫族の男はそんな喋り方はしなかったぞ」
「いえいえ、これは我がフレデリク家に伝わる伝統の口調で御座いまして下賤な者達が真似して良い物では御座いませニャン」
「あ、そう」
聞くだけアホらしかった、これもコイツの虚栄心の表れなのだろう。
多分民衆からは馬鹿にされえいるか無視されている程度のことなのだろう、当の本人は大真面目で言っている様なのだが。
そう言えば大昔高貴な人間は自分の事を朕と呼んでいたと歴史で習ったことが有る、それと同じか。
「それより腹が減った魔獣の肉を5キロ位頼む」
「ほ、ほっほっ、これは豪気ですな、流石に竜の嫁様でございますニャン。おい、2キロ程肉の追加を厨房に命じておくニャン」
フレデリクは後ろの犬族の男にそう命じた、最初から3キロの肉を用意していたのかよ?
つまり私がヘル・ファイアを使って倒れたことは知っていると言う事になる。
「なかなか私の事に詳しいようだな」
「はい、情報こそは我が国の生命線ですからニャン。竜神様がドゥングに来られた頃から情報は掴んでおりますニャン」
「それでは私が現ドゥングの領主であるということも知っているということだな」
「はい、もちろんでございますニャン」
「知りながら私を誘拐するとはなかなか良い根性をしておるな」
「さようでございますニャン、しかしその族も退治されまして誰に命じられたのかはわからなくなりましたニャン」
引っかけには動じないか。
「私の掴んでいる情報ではお主はエルドレッドと敵対しているようだが?」
「いえいえ、別に敵対などしてはおりません。ただエルドレッドがマリエンタールと同盟を組んで我が国の水運の利権を狙っているだけでございますニャン」
「エルドレッドとマリエンタールが同盟国?そんな情報は聞いておらんが?」
「そこが情報力と言うもので御座いますニャン」
鼻息荒く胸を張るフレデリク。
話によればクロアーンからリバティはニャゲーティアが水運を開いたが、リバティからガングまではマリエンタールが開いているそうだ、しかし実際の水運の80パーセントはニャゲーティアが占めているらしい。
水路を開きながらその恩恵を掠め取るニャゲーティアを苦々しく思っているのがマリエンタールだそうだ。
「ラングはそんな事言ってなかったぞ」
「そこが領主の領主たるところでございますニャン、腹の中と口では全く違う事を語りますニャン」
まあそれは目の前の人間を見ているとよくわかるが。
それにしてもコイツ口で言う程情報収集力は大したことがないな、ガウルの言っていたことの方が正しいようだ。
「竜が存在していた時からエルドレッドは軍備を増強してきましたニャン。軍備は兵器です、マリエンタールの兵器工廠の最大の得意先はエルドレッドなのですニャン」
「エルドレッドの目的はなんだ?」
「強力な中央集権国家ですニャン。4方を国で囲まれたエルドレッドは国を広げる事が出来ませんからな、ほかの4か国を平定すればその問題は解決するニャン」
別に軍事力で平定しなくても出来る事なんだがなとリリトは思う。
その時先程の女性がワゴンを押して入ってきた。どうやら食事ができたらしい。
ベッドにテーブルをしつらえそこに料理を乗せるとリリト首から前掛けを掛ける。
その時になって気がついたがリリトには寝間着が着せられていたが手袋は付けられていない。
蓋を開けると分厚いステーキが乗せられナイフとフォークが置かれており肉は切られていなかった。
竜の爪に対する情報もないようだ。
「すまないが肉は切ってもらえないだろうか?私の手ではナイフを掴めないのでね」
「はい、お任せ下さい」
にこやかな顔をして食事を運んできた女性が肉を切ってくれた。
リリトが爪に肉を刺して口に運ぶ。空腹は最高の調味料である、ものすごくうまい。
簡単に食べきると次の皿が出てきた。多分これで合計5キロくらいはあるのだろう。
食べたらお腹がぷっくり膨れたが力が少し戻ってきた。
フレデリックが目を丸くしていたが育ち盛りの子供だぞこのくらい食わんでどうする。
「さて満腹になったそれでは話を聞こうか?お主の国とエルドレッドではどんな問題が発生しているのだ?」
マリエンタールと違いニャゲーティアは川を挟んでエルドレッドと接している。
川は天然の城壁で有り軍隊の侵攻を阻む、ましてやそれが水運利権の川となれば余計難しくなるだろう。
「実はエルドレッドにはもう一つ大きな秘密が御座いましてニャン、最近わかったことなのですがエルドレッドは自分の領地の周囲に魔獣の肉を食わせた魔獣を放っていた様なのですニャン」
「肉を食わせた魔獣を?そんな危険な事をしてどうするつもりなんだ?」
魔獣の肉を食った魔獣は魔獣器官を肥大させて大型魔獣へと変化する事は良く知られている。
ある程度継続的に肉を食っていると体に変化が出て牙や角が生えてきて性格も凶暴化し他の魔獣を襲うようになる。
つまりエルドレッドの連中は人工的に大型魔獣を繁殖させていたと言うことだ。
「ご存知の事と思いますがエルドレッドを中心として他の4国が周囲を囲んでおりますが国境にはまだ未開の土地も多いのです。そこに大型魔獣を放して小型の魔獣を狩らせていたのですニャン」
「しかしそんな事をすれば危険ではないのか?」
「エルドレッドには竜がおりましたから大型魔獣が周辺に増えてもさしたる問題では有りませんでしたニャン。それどころか竜の餌付けには極めて都合の良い状況だったのですニャン」
「竜の餌付けだと?」
聞きとがめたリリトが領主を睨む。
「いえいえ!これは私が申したことでは無くエルドレッドの領主がその様な発言をしていたわけでしてニャン」
慌てて弁解をするフレデリク、どうだか怪しいものである。
「なる程小型魔獣が減って農業被害が少なくなる上に竜の餌場を近くに求める事が出来るという訳か」
「左様でございますニャン、大型魔獣が食うのは魔獣でして農業被害は減る一方で竜をその場にとどめておけるという一石二鳥の策で御座いますニャン」
「馬鹿な事をしたものだ、竜がいなくなってしまったのでその処置ができなくなってしまったと言うわけか」
どうにもここの連中は救い難い所が有る、あいつが失踪したくなるのもわかるような気がする。
「それをどうやって知った?」
「お戯れを、そのための情報部隊ですニャン」
それはそれであまり信用できないな~。
「それで?その事に気がついたのはいつ頃のことなのだ?」
「2年ほど前で御座います」
「お主がマリエンタールに同盟を申し込んだ事は有るのか?」
「はい、竜神がいなくなったにも関わらず税を徴収するエルドレッドに対し徴税撤廃を申し入れた会議にて提案いたしました」
「なる程な、ドゥングとクロアーンには提案をしなかったのか?そんな情報は受けていないからな」
「ドゥングは完全にエルドレッドの言うなりでございますしクロアーンは戦いを嫌う国でございますから。」
よくもまあ朗々と口が回る。
いずれエルドレッドは周辺国をすべて武力平定をし中央集権を確立させるつもりだとこの男も判断しているらしい。
わからなくもない、自国の拡大が見込めない状況の中ではそれ以外の選択肢が無いからな。
竜のお陰で表面化しなかったことがここにきて大きな問題として現出して来ていることになる。
「我が国はマリエンタールと同盟を結んでエルドレッドに対抗したいと考えているのですニャン」
「ほう?昨日の敵は今日の友か?」
「水運利権に関しては我が国が先行していますがまだまだ伸びしろはありましてね、マリエンタールとの共存は可能なのですニャン。むしろ双方で開発を促進すればより発展は見込めますニャン」
、違うだろう、河を挟んだニャゲーティアが陸路でつながったマリエンタールとエルドレッドを戦わせたいと言うのが本音だな。
そうやって漁夫の利を得たいと考えているのだろうが見え透き過ぎている。
だがこの男は失念していることが有る。に5か国の主導権が握れてもエルドレッドの問題は何一つ解決はしていないのだ。
魔獣の肉をどこより必要とする国が穀物生産だけで生きていく事は出来ない、ましてや国土を広げることの出来ない状況が有れば尚更である。
魔獣資源の枯渇はエルドレッドの生命線を絶たれるのと同じことなのだ。
そりゃあ、戦争に打って出るよな、そう思うリリトである。
「お前の所の軍隊はどのくらいの勢力なのだ?エルドレッドと戦えるだけの戦力が有るのか?」
「我が軍は猫族が多く獅子族はおりません、諜報活動と攪乱戦を得意としております。」
おそらく軍として組織されたマリエンタールの狩人と自国の情報組織を使って戦争をしたいのであろうな。
マリエンタール軍を全面に押し出し自国の兵は側面からの撹乱攻撃をしかけ双方が疲弊した所で本丸を狙う作戦なのだろう。
どうもこの男の頭の中にはご都合主義の妄想が渦巻いているように見える。
「いずれにせよサビーヌの無事を確認せんとな、彼女は今どうしている?」
「まだ薬が効いておりまして寝ております様ですニャン」
「合わせてもらうぞ」
リリトはベッドを飛び降りると女がさっと履物を用意する。
普通のスリッパの様な履物だ。少し履いていたらリリトの足の爪でボロボロになりそうだ。
外に出ると部屋の両脇には警備の人間が立っていた。少し離れた部屋に案内されるとそこにも警備の人間が立っている。
ここはリリトの部屋より少し小さな部屋であったがやはり来客用の部屋なのであろう、作りが良かった。
そこにも兎族のメイドが控えておりリリトが入ってくると椅子から立ち上がって挨拶をする。
「様子はどうだニャン」
「時折意識を戻しますがまだもうろうとしているようです」
医師と思われる人間がサビーヌに付き添っていた。
「サビーヌ。」
リリトが呼びかけるとリリトの方を向くがリリトと認識できているのだろうか?。
「子供でしたのでいささか薬に過敏に反応してしまったようですニャン」
「この子に何か有ったらお主を燃やすぞ」
睨みつけながら抑揚を付けずに放たれた言葉にフレデリクは背筋を寒くする。
この男も本当は自分の言葉が信じられているとは思っていないのだから尚更である。
「わ、わかっておりますちゃんとメイドを付けて監視をしておりますからご安心下さいニャン」
「それと食事が出来るようになったら魔獣の肉のスープを飲ませてやれ」
「兎族ですから肉は食べないと思いますが」
メイドの方が疑問を呈する同じ兎耳族なので当然の配慮だ。
「良くアクをとったスープを飲ませてやれ、それなら飲める筈だ」
「わかりました、直ちに手配いたします」
メイドはそのまま退出して行った。
「リリト様……」
ささやくような声が聞こえる。
「サビーヌ、私がわかるのか?」
「私はなにやらかどわかされたようでございますな……救いに来てくださったのですか?」
リリトは耳を近づけると今にも消え入りそうな声で囁く。
フレデリクの方に顔を向けて睨むと黙って外に出て行った。
「気分はどうだ?」
サビーヌの耳元でささやく。
「良くはありませんが、物を考えられないほどではありません」
どうやら意識は戻っているらしい。
これまでの状況を説明するとどうやら彼女は理解できたらしい。
「如何致しましょうか?このまま窓から逃げ出しましょうか?」
まだリリトも十分に魔力が戻っているとはいいがたい、彼女を抱えて逃げるのはまだ難しいだろう。
「しばらく時間がいる。魔獣のスープを用意させているが当分は体調が悪いことにしてくれ。少し調べたいことがある」
「お心のままに。」
どうやら思考は正常なようだしパニックにも至っていない、この年頃にしては驚くほど精神力が強い。やはり巫女教育のたまものなのだろうか?
リリトが外に出ると別のメイドが外に立っていた。
「まだ具合が良くないみたいだからしばらく休ませてやってくれ、スープが出来たら飲ませてやれ。」
「わかりました。」
メイドはうやうやしく頭を下げる。
そのまま部屋に戻るともうひと眠りした。




