ニャゲーティア4
1-049
――ニャゲーティア4――
目が覚めると既に周囲は薄暗くなっていたがまだ体力が戻っているとは言い難かった。
もう一眠りすると元気が出てきた、魔獣細胞が体内に取り込まれて来たのであろう。
ガバッと起き上がるとメイドが立ち上がってこちらを見る。
「お加減はいかがでしょうか?」
「絶好調とは言い難いが問題は無い、いささか腹が減ってきた」
「わかりました、厨房に言って食事を用意させましょう」
メイドが出て行こうとする所をリリトが呼び止める。
「待て待て、どうせニャゲーティアに来ているのだ街の見物もしてみたいしな、外で食事をしたいのだが」
リリトは建前上は客人である、拉致されて監禁されている訳では無いのだ。
一瞬メイドが躊躇するような表情を見せるがすぐに言葉を繋ぐ。
「わかりました、それでは馬車の用意をさせましょう。今担当者を読んでまいります」
「ここは領主邸ということはニャンガの町でよいのかな?」
「はい、左様で御座います」
各国の主要な町と位置関係は出発前にクリーヌからのレクチャーを受けている。
実際クリーネは優秀な秘書ではあるよ、愛想さえよければね。
「たしかリバティの町はそれ程遠くはなかったな」
「馬車で30分もあればよろしいかと」
リリトが礼を言うとメイドは外の人間と少し話をしていた。
やがて服を持ったメイドとスーツを着た兎族の女がやってきた。
「秘書のレノラ・カンベールと申します。リリト様のご案内を仰せつかりました」
「港の様子なども見学をしたいと思ってな、マリエンタールの次にはこちらにも来る予定が有ったのだ。少し早いが様子を見ておきたい」
「左様でございますか、竜神様がお望みとあれば、それではお着替えを」
後ろに控えていたメイドがリリトの服を持ってリリトの着付けを行う。
「うむ、大儀である。港の様子を見た後レストランで魔獣の肉のステーキを食いたいな」
「はい、馬車の準備が出来次第出発いたします」
リリトには子供用のフリフリのついたドレスを持ってきてくれたがサイズを合わせる為にあちこちその場で縫い止めていた。
リリト達を載せた馬車は後ろに2名の礼装用の軍服を着て皮の兜をかぶった猫族の男が立っていた。
「護衛か、お主を守る為の者かな?」
「お戯れを、いくら領主様が不死身でも何かがあれば我が国の落ち度となります。」
しばらく馬車を走らせると港に着く、ここも艀の様なものではなくちゃんと石を積んでベトンで固めた本格的な桟橋が何本も出来ていた。
川の本流から少し引き込まれた水路を作り何隻もの小舟が荷物の積み下ろしをしていた。
水路の出入り口には水門が作られており増水時には閉めて港を守るのだろうがかなり本格的な作り方だ。
船は全長10メートル位の物が多く三角帆を持っていた。
桟橋は十分な広さがあり多くの労働者が荷物の積み下ろしをしている。
「ここで荷物の仕分けを行いクロアーン、マリエンタール、エルドレッド、そして我が国とそれぞれの場所に送り届けます」
現代的に言えばハブ港と言うところだろう。
街全体はかなり賑わっており様々な店が軒を連ねている。
「この港の整備は先代の領主が行いましたが10年以上の年月をかけました。あまりの大きさに当時は馬鹿だの愚王だのと言われ財政もかなり傾きました」
確かに見てわかる通り大事業である、これだけの投資をして回収できなければ国が傾くだろう。
ただ当時はエルドレッドの勢力が強い時代であり、むしろクロアーンからの食料運搬こそが主要任務だと聞いている。
「当初はこの港を使う船も少なかったのですがクロアーンの造船技術を導入し船の製造を始めた頃から物流が増え始めました。他国の港が整備されると一気に物流は増加し現在に至ります」
「クロアーンは造船技術が高かったのか?」
「クロアーンは海に面しておりまして海運を行っていましたから。ただ外洋船は川で使うには大きすぎますので川専用の船の研究をいたしました。」
「先代はなかなか大した人物の様だな」
「造船所をご覧になりますか?」
造船所に行くと川に面した場所で何隻もの船を作っている、聞くところによると大きさが3種類で帆と絽や竿のいずれでも進むことが出来るそうだ。
川なので下りは絽と竿のほうが良く、上りは帆走だそうである。
「港を作るだけではなくそこを運行する船まで作る事により運搬効率が上がる事を考えたのだな」
「はい、この港の造船所の船がこの川における標準規格となり各国の港もこれに合わせた造りになっています」
船の規格が統一されれば港の荷役も効率化される。逆に言えば規格に沿っていない船は参入が難しくなる。
ニャゲーティアは船の規格によってこの川の航路を支配してしまったと言ってもいい。
しかしニャゲーティア側には山が迫ってきておりマリエンタールやエルドレッド側程平野が広くは無い様に見える。
「ニャゲーティアの農業はどうなのだ?」
「山間部が多いのであまり良いとは言えません。それ故クロアーンからの食料の輸入は不可欠でした」
ふとリリトの視界の端で動くものが見える。
振り返ると猫族の後姿が見えるが…ん?何やら見覚えのある尻尾が動いている。
リリトは港の見物を終えサボンヌに戻る。
「人気のお店にご案内いたしますわ」
馬車の中から町を見て回るがかなり賑わっている。
先程の港町は市場と荷役の町であり繁華街では無かった、しかしこの首都には綺麗な作りの店が多くかなりの人々が集まってきている。
リリトは繁華街の真ん中に有る店の前で馬車を降りる。
繁華街は人で賑わっていた、ただでさえ目立つ高級馬車でありそれがニャゲーティアの紋章をつけていれば人は皆振り返る。
「誰が来たんだろう?」
そんな好奇心に満ちた視線が馬車に向けられる。
馬車の後ろに立っていた護衛は馬車に取り付けて有ったサーベルを外すと腰に吊り下げてドアを開けた。
馬車から降りてきたのはドレスを来た竜の子供である。
それを見た周囲から黄色い声が上がり若い女性が馬車を取り囲む。
多分既に竜の嫁の話は全国に広まっているのだろう。
リリトも最近はこういった事にも慣れて来ていた、初期のカルチャーショックを乗り切るとアイドル的な気分になる。
手でも振ろうかと思ったが護衛の連中がさっとリリトの前に立ちはだかる。
『ちっ、余計なことを』
リリトは心の中で舌打ちをする。
若い女たちは非難がましい目で護衛を見ながらリリト向かってハンカチを振る。
若い女性が入れるような店では無かったがそれでも後について入ってくる者は多かった。
リリトの周囲ではヒソヒソ話が聞こえる、ここでもリリトは人気者のようである。
――いや、ブサイク犬を可愛いと思う者もおりますからな。――
ガウルの声が聞こえたような気がしたので頭の中からぱっぱと追い払う。
「魔獣のステーキを3キロ」
リリトが注文すると秘書のレノラ・カンベールが給仕に向かって話をする。
やがて縦だか横だかわからない厚みのステーキが運ばれてくると周囲からため息が聞こえる。
うっさいんだよ、育ち盛りなんだからこの位食べさせろよ。
今回はちゃんと切れ目が入っておりしかも大きめのフォークには布が巻き付けられている。
これならフォークを折らずに食べる事が出来る。
流石一流の店は違う。
レノラはやはり芋と野菜の食事である。
それにしてもどこの国でも事務部門に兎族は多い、体力が無くとも優秀な者が多いと言うことだ。
領主邸に戻るとすぐにサビーヌの元に行く、一人で退屈しているかもしれない。
考えて見ればまだ子供なのだ、それなのにこの国の調査を行うために仮病をさせている訳ですごく身勝手な事をしていると考えてしまう。
サビーヌはベッドに横になっていたが本を読んでいたらしい。
「サビーヌ具合はどうだ?」
「はい、だいぶ良くなりました」
「すまない、もう少し我慢してくれ情報が欲しい」
リリトは耳を近づけると小声でささやく。
「お心のままに」
「食事はちゃんと取っているか?」
「はい、ここのコックさんはとても腕が良くて美味しいですよ」
かわいい顔でニッコリ笑う、この娘をこんな危険な目に合わせてしまったことを強く後悔するリリトである。
しかしもう少し情報が欲しい、川を隔ててニャゲーティアはエルドレッドと仲が悪い様だ。
これまでに聞いた所では川の東岸のマリエンタールとドゥングはエルドレッドの同盟国として考えられているようだ。
だがマリエンタールの様子を見るに決してエルドレッドの傘下にいるつもりは無いようだ。
それはフレデリクも理解しているらしい、それ故同盟などと言う言葉が出て来る。
ドゥングもエルドレッドの植民地の様なものだったがリリトが領主になったことによってそれも白紙に戻ってしまう事になった。
リリト自体に力は無いがその背後には竜がいる訳でそれこそが強大な抑止力であると言えなくもない。
昨日言っていたニャゲーティア領主の発言、あの検証もしなくてはならないどうも胡散臭い。
大型魔獣を人工的に作ってばらまくなど自殺行為だろう。
いずれにせよリリトの出現によって国内の政情が一気に流動化してしまったのは間違いが無い。
部屋に戻ったリリトは一人で寝ると言ってメイドを下がらせてベッドに入った。
しばらく寝ていたが起き上がるとドアの外の様子をうかがう。
服を脱ぎそっと窓を開けると音を立てずに浮かびあがった。
そのまま周囲の様子をうかがいながらゆっくりと飛んでいく。
そのリリトの様子を物陰からうかがう影が有った。
影はリリトに見つからないように物陰から物陰に素早く隠れながら後を追ってきていた。
川の支流沿いに町の外れまで来るともうあまり人家が無かった。
リリトはニャゲーティアの事についてはクリーネから予備知識として聞かされていた。
港町リバティ、首都ニャンガ、しかしそのいずれにも社は無い。
しかし旧都エレーヌには竜の巣が残っていると聞いている、少なくとも一度は見ておくべきだろう。
港からニャンガに向かって伸びている川の支流の先のエレーヌと言う町に有るのだそうだ。
しかし港町リバティが経済活動の中心となったため都替えを行い港に近いニャンガに移り住んできたと言う事であった。
エレーヌは港との反対側に有ったので港に産業の主力を移したときに遠すぎたのである。
その後エレーヌはさびれ現在は農業と狩人の活動諸点として利用される程度の小さな町になっていると言う事らしい。
何故か社はその時一緒にニャンガには来ていない、何か理由でも有ったのだろうか?
この川をさかのぼっていけば町に出る筈であった。
今夜の目的は社の状況を確認しておくこととリリト抱いた疑惑の検証である。
川の脇には整備された道が有りエレーヌとの交通はそれなりに確保されているみたいだ。
トコトコとその道に沿って飛んでいくが暗くなった今の時間には走る馬車も少ない、時折魔獣か獣が道を横切るくらいだ。
しかしやがてリリトは気が付いた、何者かが物陰を伝ってリリトの後を付けてきているのだ。
「護衛かな?」
そうも考えたがむしろ監視と考えた方が正しい物の見方だろう。
ふとリリトはひらめいてすっと物陰に隠れる。
リリトを見失った監視の者は慌てて周りを見回すがその動作が大きく位置が丸わかりであった。
(コイツ意外と間抜けだな…)
そうも思ったがとりあえず物音を立てずに後ろに回る。
(なんだコイツか)
背中でうねうねと動く尻尾は昼間見かけたあの尻尾である。
どこかで見たことが有ると思ったがサビーヌ達をさらわれた時に見たあの尻尾でもある。
いきなり後ろから羽交い絞めにし喉元に爪を当てる。
「ひぎええええぇぇぇ~~~っ」
軍鶏が絞殺されるような悲鳴を上げる、コイツ本当に情報機関の者か?
「な、何の御用でしょうか?リリト様」
「すぐに私だとわかるとは流石だな」リリトの皮肉である。
追跡してきた相手である、竜である、わからなければ馬鹿である。
「私は領主様直属の情報機関の分隊長エルトニアで有りますからその程度は当然であります」
コイツの方は皮肉だとは微塵も感じていないようだ。
「サビーヌをさらった貴様に聞きたい事が有ってな」
「なな、何で御座いましょうか?そんな娘は存じませんが?」
あのなあ、サビーヌが娘だとは一言も言ってはいないのだぞ。
「貴様の国では大型魔獣を飼育しているだろうその場所を教えろ」
「そ、そんなもの有りませんや、何をおっしゃっているんで?」
「ふん、マリエンタールに現れたステッペン・ウルフが動かぬ証拠だ、あれはニャゲーティアで育てた物であろうが」
「いやいやいや、とんでもない。草食魔獣でなけりゃ危なくて育てられやしませんぜ」
「ほう~、その話を詳しく聞こうか?」
エルトニアは慌てて口を押えた。
こんな連中を雇っているニャゲーティアの領主も大変だな~と同情するリリトである。
「その場所に案内してもらう事にしようか?」
エルトニアを背中から抱きかかえたリリトはすうっと上空に浮かび上がる。
「いやいやいやいや、あっしゃ何も知りませんですよ~っ」
「そうか?それじゃもう用はないな。サビーヌを怖い目に合わせた責任をここで取ってもらうとしようか?」
すううう~~~~っと上空高く飛び上がるリリトである。
背中から抱えられた猫耳族の男は自分の足元に何もない状態の下界を見る事になる。
「おっと手が滑った。」
ひゅううう~~っと一気に落下するリリト。
「ひええええ~~~~~っ」
悲鳴を上げるエルトニア。
「わ、わかりました。案内しますから落とさないで~~っ」
「なるべく早くしろ、だんだん手が疲れて来たからな。」
「はいいい~~~っ!」
何故か駆け引きにガウルの影響が見て取れる。
その状況を物陰から見ていた者たちがいた、獅子族のグレイと一緒にいた犬耳族の二人である。
彼らは気付かれないように二人の後を付けていたのだ。
登場人物
エルトニア ニャゲーティア情報機関の分隊長 猫族
ニャンガ ニャゲーティアの首都
リバティ ニャゲーティアの港町
エレーヌ ニャゲーティアの旧都




