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ニャゲーティア2

1-047

 

――ニャゲーティア2――

 

 私の名はエルトニア、ニャゲーティアに所属する領主直属の情報機関の分隊長である。

 

 我々は他国に侵入し情報を集める実行部隊である。

 ニャゲーティアは猫族の多い国で情報機関も半分は猫族が占めており、私も部下のふたりも猫族である。

 猫族は小柄ではあるが柔軟でしなやかな動作を天性の資質として有しており隠密行動に長けている種族と言えるだろう。

 

 獅子族は同じネコ科の親戚ではあるが強力な力と魔力を使い力ずくで相手をねじ伏せるような脳筋である。

 あんな知性の無い一族と一緒にしてほしくは無い。

 あくまでも我々は情報を武器として戦っているのである。

 

 この度は我々の働きによりドゥングにおいて開発された画期的とも言える薬の情報を掴むことが出来た。

 元々我々獣人族は非常に丈夫に出来ておりあまり病気をすることは無い。

 この世界で病弱な者は生き残る事は難しい、過酷な魔獣との生存競争が有るのだ。

 

 しかし兎族は頭は良いが病弱なため国家が保護していなければ生きては行けない種族であった。

 かつてのニンゲン時代の医療技術の多くが失われ我々は薬草と自然治癒による治療に頼らざるを得ない。

 事実上病気になったらそのまま治るまで寝ているというのが実態である。

 

 まあ兎族以外は一生病気をせずにある日突然に体調を崩して死に至る場合が多い。

 俗にいう大往生である。

 

 私はそれはそれで恵まれた一生だと思っている、しかし兎族は病気を患って死ぬものの率が非常に高かった。

 その兎族にとって福音ともなるような万能薬の開発に成功したようである。

 しかもそれが今までは食べることの出来なかった魔獣の肉のエキスを与えるという極めて安価な方法によっているのである。

 これは非常な戦略物資となるわけでこの独占を許せば国の頭脳である兎族の人的流出を招きかねない事態なのだ。

 

 隣国であるマリエンタールの監視がわが分隊の任務であった、ここには溶鉱炉がありその余熱を利用した蒸気機関があり発電機まで備えていた。

 ニンゲンの技術の復活をたくらむブラザル・サブリと言う老人の監視が主要な任務である。

 この男は驚くほどの俊才でありいくつものニンゲンの技術の復活を成し遂げてきている。

 

 この国に関してはエルドレッドも用心をしており戦闘アドバイザーとして狩猟軍に人間を送り込んできている。

 無論スパイを行うためであるが実際は脳筋の獅子族なので果たしてどの程度の情報を集められるか怪しいものである。

 案の定夜は毎晩酒場で飲んでいるだけであった。

 

 このブラザル・サブリの工房を監視していたところドゥングの領主となった竜の嫁が現れ先の魔獣スープの研究をこの男に依頼したのである。

 竜の嫁とは言え所詮は子供である、この薬の戦略的価値に気が付いていないのだろう。

 おそらく自国で開発が出来ないと考えてこの男を頼ったのだろう、あるいは事務方のクリーネとかいう秘書の入れ知恵かもしれない。

 愚かな竜である、せっかくの戦略物資の価値にすら気付かず利益をどぶに捨てることになる。

 

 とはいえこの薬をドゥングとマリエンタールに独占させる訳にはいかない。

 なぜかは知らないがドゥングの巫女の娘がブラザル・サブリと一緒に開発を行っている。

 この娘が薬のアイデアを出したのだろうか?いずれにせよこの娘がこの薬の製法に関しては熟知しているようである。

 

 竜の嫁は子供とはいえ竜である。我々が手を出しても燃やされるのが落ちである。

 しかしあの巫女の娘であれば拉致しても問題は無かろう。

 ごまかしてでも薬の製法を聞き出すことが出来れば良し、最悪の場合は闇から闇に葬れば良い。

 

 女たちを拉致するために部下と共に夜の闇に紛れて領主の別邸に紛れ込む。

 我々は獅子族や犬耳族のようなガサツ者とは違い優雅に音もたてずに忍ぶこむことが出来る。

 国境近くに馬車を待たせている。忍び込んで巫女をさらった後は馬を使って距離を稼ぎ馬車に隠れて移動する、われながら完璧な作戦だ。

 

 私は領主の別荘の屋根にすっくと立ちあがった。

 うむ、暗闇を背景に胸を張る私はきっとカッコいいであろう。

 

「隊長!」

 こんな時に部下が声をかけてくる、なんだコイツは?

 

「なんだ、ここは敵地の中だぞ」

「いえ、今日は満月ではありませんが晴れています。視界が良いのですが見つかる危険性も高いのでは?」

 そういえばいやに明るいと思った、街の明かりかと思っていたが月明かりだったか。

 

「大丈夫だ、どうせ我々同様敵も夜目が効く、月が有ろうがなかろうが一緒だ」

 そうなのだ、夜陰に隠れても夜目の効く獣人にはあまり意味がない。

 それより気配を消すことに最大限の注意を集中するのだ。

 

「はいっ!」

「しーっ、気配を消せと言っただろうが」

「す、すみません」

 どうして私の部下にはこんな間抜けが揃ったのだろう。

 

 ここ数日間竜の嫁はあの巫女と共にこの領主別邸に泊まり込んで薬の開発の指導をしている。

 彼女たちの部屋はわかっているが問題は隣に竜の嫁が寝ていることだ、起こしてしまうといささか面倒なことになる。

 まあ一緒に護衛の獅子族の男が寝ているようだが目くらましになって丁度いいだろう、どうせ獅子族だからは脳筋の鈍い奴に違いない。

 

 考えてみれば竜の嫁に何故護衛が必要なのだろう?まあ一応領主だからな見栄の問題も有るのだろう。

 見回りの人間が庭を回ってくるので屋根に伏せてやり過ごす、犬耳族の割には鈍い奴だ全く我々に気づいていない。

 目標のいる部屋にたどり着きそっと麻酔ガスを送り込む、このガスを吸えば朝まで目覚める事は無い。

 侵入するためにマスクをかぶる。

 これはマスクの布に麻酔ガスの中和剤をしみこませてあるこれが無いと我々も寝てしまうからだ。

 

 音もなく窓を開ける。

 

 よろしい周囲から動く気配は無い。隣にいる竜の嫁も気づいてはいないようだ。

 寝室には二人の女が寝ていた、ふたりとも兎族であった。はて?巫女はどちらだったかな?

 仕方がない両方連れて行こう、確か工房には二人とも来ていたからどちらでも一緒だろう。

 

 ふたりをシーツでくるんで運び出す。

 私の方はやや小さい娘だ、部下の方は巨乳の女だった。

 クソッ私があっちにすればよかった。

 

 部下の顔がいささかにやけている、役得だと思っているのだろう。

 

 私が先に窓に足をかけた時にいきなりドアが開いて竜の子供が飛び込んできた。

 しまった気付かれていたのか思ったより鋭い奴め。

 しかし部下の方が抱いていた巨乳の女を竜に向かって投げつける。

 女は胸のあたりが竜の子供の顔に当たってそのまま押しつぶされる。

 

 よくやったこれで私が逃げる時間が稼げる。

 竜の嫁が女の下でじたばた暴れている間に外に逃げ出す。

 獅子族の男が追いかけてくるがスピードではこちらにかなうまい。

 

 敷地の外に止めてあった馬の所まで走って逃げるとそのまま逃げる。

 屋敷の中で馬を用意していてもどうせすぐには追いつけない。

 街中の道を走り抜けるとすぐにニャゲーティアに抜ける街道に出る。

 

 月の光が夜道を照らし走るのに都合が良いこのまま領地境まで走り切ればそこには馬車が待っている。

 仮に追っ手が追いついたとしてもニャゲーティアの馬車である、領地内での臨検など出来ようはずもない。

 ニャゲーティアにまでは森の間を切り開いた道であるが最近作られただけに広さも十分で見通しもよくスピードを上げられる。

 逆に言えばそれはマリエンタールからの追っ手も同じことが出来るが領地境はすぐそこである。

 

 浚ってきた娘は私の前に乗せているがあまりこの姿勢を続けると窒息する恐れもある、早く馬車の所に行かなくてはならない。

 その時彼らの上空で何かが光った。

 空を見上げると星明りの中空を飛ぶ小さな影が見える。

 

「竜だ!竜が追ってきた」

 

 部下の一人が声を上げる、しまった竜は空を飛べることを失念していた。

 どうやら我々を見つけたらしい急速に高度を下げてくると火の玉を吐いた。

 我々の正面で爆発を起こし馬が歩みを止める。

 

 そのまま竜は我々の正面に回り込むと口を開け中に発生する火の玉を私たちに見せつける。

 

「た、隊長!あいつは火の玉を打ち込むつもりです!」

 娘がここにいるのだそんなことをするはずがない。

 しかし馬がおびえて前に進もうとはしない、あんなチビでも竜は怖いと見える。

 

「まてまて、落ち着け!」

 必死でなだめるが聞く耳を持たない、所詮畜生は畜生だ。

 竜の嫁が再び火の玉を放ち馬の前で爆発を起こす。

 

 馬は勝手に森の中に向かって逃げ始める、木々の間はそれなりに広く下生えも多くは無いので走ることはできる。

 それでも木の間を縫って走るのでスピードは上げられない、なにしろ夜の樹海の中は月の光すら届かぬ暗闇なのだ。

 もっとも我々が持つのは猫の目である、夜の闇の中で獲物を刈る捕食者の目を持つ獣人である。

 

 しかしそれは後ろから追ってくる竜の子供も同じ様であり木々間を右に左に交わしながら我々を追ってくる。

 ふん、たとえついては来られてもこの娘が我々の元にいる限り手出しが出せないだろう。

 こんな暗闇の中で飛んでいればそのうち疲れが出てミスを犯す、竜とはいえ所詮子供だ。

 

 合図をして後ろの奴に光球を撃たせる、目をくらませて木にぶつかるといい。

 ところがさすがに小さい体である、光球を躱して我々の横に来ると口を開ける。

 ブレスを撃つつもりか?歯をむき出して笑っているように見える。

 

 そう思った刹那いきなり木陰から大きな影が飛び出した。

 危険を察知した馬が勝手に身をかわす、らんらんと光る魔獣の目が見えた。

 

 大型魔獣グリックだ、そう思ったがいきなり魔獣の顔が炎に包まれる。

 竜の嫁の攻撃の様だ、いいぞ竜の嫁はこの娘を守る為に魔獣を攻撃してくれている。

 しかし顔に撃ち込まれた炎の塊をものともせずに魔獣はこちらを追ってくる、くそっ情けない竜め。

 

「別れろ!」

 

 3人が別々の方向に逃げる様に指示する、残りの奴を追わせて逃げ切るのだ。

 そう思ったのだがなんと大型魔獣は私を選んで追ってくるではないか。

 しまった娘を乗せている分遅いうえにこの馬は魔獣の馬だ、奴め魔獣を狙って飛び出してきたのか。

 必死で逃げるが大型魔獣はどんどん追いついてくる。

 

 ヒューンと旋回した竜の子供はこちらに向かって真っすぐ飛んでくる。

 大きく口を開けその中が光った途端に強力な光が私をかすめる。

 振り返ると頭から尻まで光に貫かれた大型魔獣グリックが見えた、あれは……?

 

 しかし助かった竜の子供が大型魔獣を倒してくれたのだ。

 そのまま逃げようと考えた時竜は大きな木にぶつかるとそれをへし折って地面に落ちる。

 何が起きたのかわからないが相打ちだったようだ、魔獣の方は煙を上げ崩れ落ちていき竜の方は地面に落ちたまま動かない。

 ふむ、私の計画が成功し共倒れを誘う事が出来た。

 

「このまま逃げますか?」

 部下が聞いてくる。しかしもし竜の嫁が死んだとなれば責任を問われる、死体を隠蔽しなくてはならない。

 部下に調べさせるとまだ息が有るとの事である。

 そういえば先ほどの魔法は獅子族のヘル・ファイアに似ている。

 

 もしかしたらあの魔法の様に魔獣細胞の枯渇で意識を失ったのかもしれない、何しろ竜の子供だからな。

 私は竜の子供を部下の馬に乗せ国境まで行くと馬車に乗り換えて領主公邸に向かった。

 

 大手柄である、これで私の出世は間違いないところであろう。

 

   ◆

 

「なに?竜の嫁を捕獲しただと?」

 ニャゲーティア領主のブードアニ・マテュー・フレデリクはその報告に目を向いて問いかける。

 

「はい、私達の手腕によるものです」

 盛大に胸を張る特殊部隊隊長である。

 なんだってそんな事が出来た?相手は竜の嫁だぞ、ブレスを吹き生身の爪で剣を叩き折る竜の末裔だぞ?

 

 慌ててフレデリクは捕らえてきたふたりの元に走る。

 途中で馬車に乗り換えららしく馬車の中にふたりは倒れていた。

 なんでも兎族の巫女補は薬で眠っているらしく竜の嫁も同じであった。

 あちこちが破れた寝間着の様な服を着ていた。

 

 だが、なんだこれは?

 竜と言えば山のように大きな体躯と恐ろしげな外見を持っていると思っていたがそこに寝ていたのは10歳児程度の大きさの竜である。

 そう言えば竜の嫁は子供だと言っていたな、やや大きな頭と小柄な体型が妙に愛らしい。

 

「なんてことだ、お前らなんてことをしてくれたんだ?」

「いけなかったんですか?」

「こんな事が大人の竜に知られてみろ、怒って我が国を滅ぼしに来るぞ」

 

 特殊部隊の連中は「ゲッ」と言う顔をしていた。

 状況の判断の出来ない連中はこれだから困る。

 とりあえずだいぶ汚れていたのでふたりを着替えさせ寝室に寝かせる事にした。

 

 後は口八丁でごまかすか?子供だからなんとかなるだろう。

 そうだな、拐かされたふたりを見つけた我が国の警備隊員が発見しふたりを確保したとでも言っておこう。

 どうやってこの竜を捕らえたのか聞いてみたら何でも逃走の途中で大型魔獣に出会いこの竜がそいつをヘル・ファイアで倒したらしい。

 

 ところがその後立木にぶつかって木をへし折っておとなしくなったと言う。

 そう言えば頭にコブのようなものが出来ていた。

 恐ろしい事を言いおる、目を覚まして暴れでもされたら目も当てられん。

 屋敷事燃やされてそれこそこちらの命が危ない。

 

 ここは慎重に言い訳を考えておかなくてはならないだろう。


登場人物

 

ニャゲーティア エルドレッドの西に位置する国 猫族が多い

 

ブードアニ・マテュー・フレデリク ニャゲーティア領主 猫族 36歳

 

エルトニア ニャゲーティア情報機関の分隊長 猫族

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