ニャゲーティア1
1-046
――ニャゲーティア1――
この別荘に泊まり始めてから一週間が経った。
その間サビーヌとクリーネが同じ部屋に泊まりリリトはガウルと同室となる。
流石に兎族の女性をライオンと同じ部屋に寝かせるのはまずいだろうと言う事だ。
竜の乙女はどうでも良いらしい。
クソッ、イビキがうるさいんだよな。
ガウルに言わせれば竜の護衛だそうだ、それなら護衛の連中と一緒に護衛小屋で寝ろよ。
リリトと一緒になってから定期的に風呂に入っているせいかやたら毛並みがきれいなのである。
その晩は寝ていると夜中に何か変な感じがして目が覚める。
何がおかしいって?ガウルのいびきが聞こえないのだ。
ガウルを見るとベッドの中で目を開けて様子をうかがっている。
獅子族とは言え歴戦の猛者らしく周囲の気配には敏感な様である。音や光ではなく野生の本能に元づく行動であろう。
音を立て無いようにに枕もとの刀を取り上げる。
リリトもまた音を立てないように起き上がる、今は子供用の寝間着と帽子を被って手袋をしている。
これは寒いからではなく寝返りでシーツと布団を破かない為の配慮だ、ガウルの場合は毛を落とさない為の配慮である。
ガウルは音を立てないようにベッドから降りる、リリトはそっと浮かび上がる。
静かににドアを開けて廊下に出る、クリーネ達は隣の部屋にいるはずである。
ガウルは獅子族とは言えさすがに先祖がネコ科である、歩くのにも全く音を立てない。
隣の部屋に移動するとガウルがドアに手を掛ける。リリトの方を見るので頷き返す。
ガウルが思いっきりドアを開けるとリリトが鉄砲玉の様に部屋に飛び込んだ。
覆面をした男が3人サビーヌとクリーネを窓から運び出そうとしている所であった。
しかし尻尾は隠されておらずリリトを見てうねうねと動いた。
覆面をしていても猫族と丸わかりである、まさに頭隠して尻尾隠さずであった。
構わず手前にいたクリーネを担いでいた男に向けてとびかかる。
リリトに気が付いた男はクリーネをリリトに向けて投げつけた。
「うわわっ!」
慌てて勢いを殺して投げられたクリーネを受け止めるがその大きな胸に押しつぶされて床に転がってジタバタと暴れる。
「むぷぷぷぷっ!」
リリトは竜でしかも女の子なのでこんなことされてもちっとも嬉しくない。
ガウルが剣を抜いて飛び込んで来ると族たちは手の平から光球を投げつけて逃げ出した。
目の前で爆発した光球はガウルの視界を奪う、慌てて後退するが族たちは構うことなくサビーヌを連れて逃げ出していった。
胸の谷間から這い出して来たリリトはクリーネの様子を見る、怪我をしている様子も無く寝ているだけである。
物音に気が付いた護衛達が駆けつけてくる。
部屋に入った途端鼻を鳴らして匂いを嗅いでいるが慌てて口に手を当てる。
「これは睡眠薬の匂いがします。お二人は大丈夫ですか?」
リリトは竜だしガウルは体か大きくて薬の周りは悪い、犬耳族の護衛はすぐに窓から庭に向けて飛び出していった。
そこに領主のラングが駆けつけてくる。
「族はご覧になりましたか?」
「猫族の3人組であった、お主に心当たりはあるか?」
「猫族で御座いますか?」ラングの顔が曇った。
「ニャゲーティアに猫族の特殊部隊が存在すると聞いています」
「特殊部隊とはどんなものなのだ?」
「影の仕事を請け負っています、諜報を主とした任務にしていますがそれに伴う殺人、誘拐等の荒事も行うと言われています」
要するにヤクザの手先か。
「その手の組織はどこにでもあるのではないのか?」
「ドゥングには無いようですが、ニャゲーティアのそれは非常に精強な組織と聞いております」
「そうか?ワシの聞いたところによればそれ程の物では無かったと思うぞ」
ガウルの情報ではその程度の物らしい、まあこの手の組織は誇大に思われる方が良いのだからな。
リリトは族を追って窓から飛び出した。
何故サビーヌをさらったのかはわからない。
しかし重要なことはサビーヌを危険な目に合わせてはならないと言う事だけである。
逃げたと思われる方向に向って飛び出すと大きく高度を取る。幸い満月ではないが月が出ている。
リリトは口から火の玉を上空に打ち上げると光を放ちながらゆっくり落ちていく。
「ふん、お前たちだけが光玉を使えるなどと思うなよ。
光の下に街道が見える。
リリトは光球が落ちるまでの間じっと街道の様子を見ている。
クロアーンの護衛達はまっすぐ街道を国境目指して走るだろうと思えた。
相手が特殊部隊であることを考えれば森に入ってやり過ごしすとも思えない。
国境付近に先回りされるのはうまくはないだろうからな。
何よりサビーヌを連れている、人質を連れたまま森の中を隠れて進むとは考えられない。
したがって全力で街道を走っているとリリトは考えたのだ。
光の中に動くものが見える。
やはり街道をひた走る3人組がいた。
竜は幼くとも空を飛ぶことを失念しているのだろう。
リリトは高度を下げると彼らの後ろに食い付く。
先程の光球で既に自分たちの位置が判明しているとわかっているはずだ。
相手もこちらに気がついたようだ時々後ろを振り返る。
リリトは飛びながら大きく口を開けると再び火の玉を吐き出す。
3人の頭上を超えて飛んでいった火の玉はその先で爆発を起こす。
馬は驚いて速度を落とした、そのまま彼らを追い抜きざま一人の男の鞍の上にサビーヌがいることを確認する。
族をを追い越したリリトは彼らの前に宙に浮いたまま立ちはだかるとその口の中の火の玉を作って見せる。
人質ごと撃つ筈もないとたかをくくったのか族たちはそのまま前に出ようとする。
しかし本人達はそのつもりでも馬のほうがそれを拒む、正面にいるのは大型魔獣と同等の危険性を持った存在であることがわかっているようだ。
「チッ」
族が焦りを見せなんとか馬をコントロールしようと試みているようだ、よく見るとガウル同様魔獣の馬を使用している。
リリトは構わず馬の手前の地面に火の玉を叩きつけると爆発を起こした、警告である。
族は街道を外れ樹海の中に馬を進める。
夜の樹海の中には月の光も届かないまさに真っ暗闇である。
しかし族達はいささかの狂いもなく木々の間を縫って走る。やはり猫族の暗視能力は非常に高いようである。
しかしリリトもまた捕食者の目を持っている、猫族同様闇の中を見通すことは出来るのだ。
必死で樹海の中を逃げ回る族では有るが街道のようなスピードが出るわけもない。
リリトは木々の中を縫いながら逃げ回る族の後ろにピッタリついて離れない。
サビーヌが捕まっている以上あまり強硬な手段がつかえないのは仕方がない。
しかし如何な猫耳族と言えどもこの暗闇の中を神経を尖らしたまま走り続けられる訳もない、いずれ疲れて何らかのミスを犯すとリリとは考えていた。
突然最後尾の男が後ろを振り向くと手のひらから光球を発射してきた。
すばやくリリトは軌道を変え木々の間を縫って族たちの真横に出る。
横に付かれた事に気がついた族は疾走中にも関わらず横を向く事を余儀なくされる。
こういった場所では馬よりはるかに小さなリリトには非常に有利である。
焦ることはないじっくりと相手の疲れを待てば必ずミスを犯す。
しかしリリトは失念していた事が有った。
ここはニャゲーティアの外周部から飛び出しているジャマル周辺の樹海の中である事を。
突然藪の中から飛び出して来て族達に飛びかかろうとした物がいた。
「大型魔獣だ!」族の一人が叫ぶ。
かろうじて初撃は躱したものの大きく速度を落としてしまう。
大型魔獣は大きく口を開ける。
体が大きく鈍重な大型魔獣は初撃をかわされると魔法を使って攻撃を仕掛けて来るのである。
それに気がついた族達は3方向に別れて逃走する。
魔法を放とうとした魔獣に対してリリトは口から吐き出した炎の玉を打ち込む。
万一サビーヌに魔獣の発する魔法が当たれば死んでしまう危険が有るからだそんなリスクは犯せない。
しかし魔獣の顔に当たったファイア・ボールは爆発を起こすが顔をしかめて振るだけで火が消える。
さして効いた様子もなく逆にリリトに向けて光球をいくつも打ち出してくる。
リリトもまた光球に当たってもたいしたダメージにはならない。
とは言え痛い思いをする気にもなれずひらひらと躱していく。
このまま魔獣を引きつけておいたほうがサビーヌにとっては安全だろう、そう考えたリリトは魔獣の近くを飛び回る。
しかし飛び回るリリトはただうるさい存在に過ぎず魔獣でもないので餌としては魅力が無いらしい。
別れて逃げ始めた族の一人に狙いを定め再び追い始めた。
まずいことにそれがサビーヌを乗せた族の馬であった。
サビーヌを乗せる事により他の馬よりも動きが鈍いことに気がついたのかも知れない。
大型魔獣は肉球持ちの猫のような魔獣であった、大きいにも関わらず意外なほどのしなやかさで走って族を追い始める。
馬は草原に有ってその足の速さを活かすことが出来る。
しかし森の中では動きのしなやかな肉球持ちの魔獣にはかなう筈もない。
逃げたふたりも囮になっていないと認識したらしい、追われている馬のところに戻って来る。
離れた所から光球を打ち出し魔獣の注意をそらそうとする。
しかしそれに惑わされる事無くサビーヌを乗せた馬に肉薄し今にも飛びかかろうとした。
リリトはブレスが効かないのであれば自らの体を使った攻撃を敢行した。
ガツーンという音がしてリリトの頭が魔獣の頭に当たる。
しかし体重の差は如何ともし難く魔獣に跳ね返されて空中でクルクル回って木にぶつかる。
この攻撃は効いたようで少しの間魔獣の動きが止まり族の馬はわずかだが距離が稼げる。
とはいえ逃げ切れる程の距離でもなく魔獣の口からいくつもの光球が発せられ周囲の木に当たって爆発が起きる。
くらくらする頭を物ともせず再びリリトは頭突きを行うために回り込む。
正面から向ってくるリリトに対して魔獣の方も光球を放ってくる。
みるみるうちに距離を詰めるリリトをデジャブが襲う。
クロアーンに来る途中で起きた魔獣との戦闘の折りガウルの放ったあの一撃の光。
リリトは大きく口を開けると口の中に光の粒が集まってくる。
真っ白な光の槍が現れ周囲を光で満たす。
グオオオ~~ッと目もくらむような熱と光が魔獣の顔面に突き刺さる。
光の槍は魔獣の頭を吹き飛ばし体を貫き尻の方まで突き抜けた。
族達は何が起きたのかわからず振り返ると頭を無くした魔獣が倒れるのが見える。
自分がガウルの使ったヘル・ファイアで魔獣を攻撃したことを理解した途端リリトの視界が真っ暗になる。
そのまま木の幹にぶち当たってそれをへし折ると気を失ってしまった。
☆ ★ ☆ ★ ☆
「生きているか?」
族たちが戻ってきて白目を向いてひっくり返っているリリトの様子を見る。
「生きてはいるようだな。」
リリトの口に手をかざし息をしているのを確認する。
「どうする?途中で目を覚まされるとやっかいだぞ」
「なに、どうせ子供だうまいこと言って誤魔化せばいいだろう」
「あの魔法は獅子族が使うヘル・ファイアじゃないのか?」
「そうか、だから魔力を使い切って意識を無くしたのか」
「どちらにせよこれで任務は完了だ。
族は覆面を取るとリリトを馬の背中に乗せる、国境まで行けば馬車が待っている筈だった。




