狩猟軍10
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――狩猟軍10――
リリトは音もなく部屋に近づくと窓から部屋に忍び込む。
「どうでした、夜のジャマルは良い遊び場はございましたか?」
2本目を空にしたガウルがベッドの中から尋ねてくる。
チッ、こいつめ寝ているふりをしてまた飲んでいたのか。
遊び場というのは遊郭の事なのだろう、なんで私がそんな所に行かなくてはならんのだ?
コイツも私を女と見てはおらんな。
それから毎日訓練所に行って練習を続ける。
ある時口の中が光って光の粒が集まってくる感じが有った。
しかしすぐに光は消えてしまいその感じを呼び戻そうと何度も試したがうまくは行かなかった。
帰ろうかと思ったとき何かがひらめいた。
ステッペンウルフ討伐の時に嗅いだ臭いの事である、あれが何の臭いであったのかいきなり思い出したのだ。
リリトは飛び上がるとあの時の戦闘場所に向かった。
幸い月は大きく視界は悪くなかった、記憶を頼りに町の外周に沿って飛んでいくとあの建物が見えた。
付近にはあまりない大きな建物なので比較的簡単に見つかる。
上空から音もなく近寄ってみると風に乗ってかすかな音が聞こえる。
何かを叩く様なターンという音である。
もし自分の考えが正しければ当然見張りがいると考えなくてはならない。
建物の周囲を見ると明かりを持った人間が歩いている。
リリトは音をたてないようにそっと屋根の上に降りる。
今の所周囲の見張りと思われる人間の騒ぎは起きていない。
獣人はおしなべて夜目が効く、幸いにリリトは見られてはいないようである。
まあ平屋とはいえ建物はかなり大きく上空から近づけばすぐに死角に入ってしまうので月の光を遮らなければ見つかることはないだろう。
建物はかなり高く壁は土を固めたレンガで作られており、かなり厚く感じられた。
建物に近づいてもあまり音が大きくはならない。
どうやら厚い壁のせいで音が外に漏れにくい様だ。
先程音が聞こえたのはリリトが飛んでいたために屋根から漏れた音が聞こえたのであろう。
壁に取り付いて入り口の方に回って見ると数人の警備の人間が入り口を監視している。
リリトの後ろの方から犬耳族のパトロールがやってくる建物の周囲を見回っているのだろう。
リリトは軒裏に張り付いて見張りをやり過ごす。
その時覚えのある臭いがした、ニンゲンの所にいる時に何度か嗅いだ記憶があるあれである。
壁と軒裏の間には粘土が詰め込まれており中を伺うことは出来なかった。
しかし屋根は板張りに板瓦を貼り付けただけのものでそれ程厚くはない。
リリトはもう一度屋根の上に上がって耳を付けて中の音を伺う。
「よ~いっ」
カシャと音が聞こえる
「狙え~っ」
「撃て~っ」
掛け声と共にバンバンと言う破裂音が聞こえた。
間違いない。
「あの男見掛けと違いとんでもない狸だな。」
そう呟くとリリトは音を立てずにその場から浮かびがって建物の周囲を伺う。
誰もいないことを確認して屋根から降りるとそのまま地面スレスレを飛行してその場所から離脱する。
別荘に帰るとガウルはすでに寝ていたがいびきをかいていない。
やはりコイツ寝ずに待っていたな、律儀な奴め。
次の夜皆が屋敷が寝静まった頃を見計らいリリトはベッドを出ると服を脱ぎ捨てて窓を開ける。
「どうされましたかな?リリト殿」後ろから密やかな声が聞こえる。
「なんだガウル起きていたのか?」
「人の気配で目を覚まさぬようでは傭兵は失格ですからな、それより服を脱いでどうされました、ワシを誘惑でもされるつもりか?」
「冗談にしても笑えないな、私が背中に爪を立てるとお前の体がまっぷたつになるぞ」
「それは勘弁願いたいな」
ガウルが含むような笑い声を出す。
「しばらく外に出てくる、服が汚れるとまずいから脱いだだけだ」
「汚れるような場所に行かれるのか?」
「少し気になることが有ってな調べて来ることにした。構わんからお主は寝ていれば良い」
「どのような事を調べに行くつもりですかな?」
「ステッペンウルフと戦った場所に石積みの建物が有ったであろう、あの近くで妙な匂いがしてな」
「匂い?ですか」
「私の知っている匂いだとすればいささか面倒なことになるだろうな」
そう言い残してリリトは窓から外に飛び出して行った。
ガウルはベッドに座ると棚から酒瓶を持ち出して飲み始めた。
音もなく空を飛ぶリリトは石積みの建物の脇に降り立つ、入り口付近には見張りが立っている。
昼間感じた匂いが強く感じられる。
音を立てないようにそっと周囲を見て回る。
人の気配を感じて木陰に隠れるとふたりの見張りが明かりを持って見回りに来ている。
巡回をやり過ごすと外壁近くに茂っている木を隠れ蓑にして地面を掘り始めた。
音を立てないように気をつけながら掘ったため少し時間がかかったが大したロスでは無い。
体を穴の中に潜らせてなおも掘り続ける。
小さなリリトの体を通すだけの大きさの穴であるから竜に取っては他愛ない仕事であった。
建物の内側に頭を出すと周囲を見回す、流石に中に人はいないが真っ暗であった。
リリトは口から小さな炎を出しながら周囲を探すとランプを見つける。
リリトの考え通りであれば口から炎を出しながら歩くのは得策ではない。
ランプを点けると中の状況がわかる。
中には棚が作られておりそこには大量の銃が立てかけられていた。
棚の反対側を見ると箱に入った弾が並べられており薬莢が散乱していた。
建物の半分は射的場になっておりここで訓練をしているのだろう。
昼間リリトが嗅いだ匂いは無煙火薬の匂いである。
黒色火薬ではなく無煙火薬を使用している、薬莢が使用されており銃はボルトアクションの長銃でライフルも切ってあった。
明らかに前世紀の技術の再発見かニンゲンの支援が有ったと思われる。
とはいうものの長距離攻撃の魔法を使う獣人は多くこんな物に頼らずとも魔獣を倒すのに不自由はない。
逆に大型魔獣等にはこの様な銃では簡単には死なず魔法の反撃を受けることになる。
旧時代の狩りのように急所に当てれば殺せる獣と違い魔獣は急所に当たっても簡単には死なないのだ。
それが大型魔獣となればなおさらである。
この銃の意味する所はすなわち対人兵器でありラングは戦争を起こす気だということである。
問題はどこと戦争をするつもりなのかと言うことである。
レランドが戦闘教官として送り込まれている以上エルドレッドとの関わりは大きいのだろう。
だがレランドは訓練に銃器の使用を考えてはいない。個人的技量に頼った旧来の肉弾戦闘形式を踏襲している。
つまりエルドレッドは銃器を使う戦争は考えていないと言う事だ。
そうなると考えられる事は一つである、ラングはエルドレッドとの戦争に備えていると言う事だ。
銃器による戦闘はつまるところ技量の低い人間でもそれに関係なく相手を殺しうる所に有る。
それは結局大量の兵器を用いて大量の人間を殺すことを意味している。
それは殺戮の為の戦争となり行きつく先は兵士による民間人の虐殺である。
リリトは拳銃を一丁くすねるとそれに見合った弾を込める。
大型のリボルバーであった。
近くに有ったボロ布で銃を包むともと来た穴から外に出る。
出るときは穴の中に体を置いて開けた穴を丁寧に塞いでいくそのまま外に出ながら土を固めていき外に出た跡の地面もよく固めておいた。
まあいずれは気がつくかもしれないが動物がやったとでも思ってもらいたいものだ。
そう考えた時なんとなく腹が立ってきた、私は獣ではなく竜であると。
まあそんなことはともかく体中泥だらけなので河まで飛んで行き銃を木の根本に置くと水の中で体を洗った。
泥を丁寧に洗い流すと岸に上がって体をブルブルと震わせるとかなり水が切れた。
いかん!まるで犬みたいではないか。
誇り高き竜の嫁の取るべき態度ではなかった。
そのまま部屋に戻るとガウルが起きて待っていた。
「寝ていても良かったのだぞ」
「何しろ竜の嫁のやることだからな、何かやらかしたときにはごまかさなくてはならんしのう」
「意外と信用が無いのだな」
「そんな事はないが、何か収穫はあったのか?」
泥だらけの布を見てガウルが尋ねる。
「面白いものを見つけた」
リリトが布を解くとガウルに見せる。
「これはなんだ?」
「武器だ」
リリトは弾を抜いてガウルに手渡す。
ガウルは拳銃を受け取るとあちこち動かしてみる。
リリトはタオルを使って体に付いていた水気を拭き取り服を着直す。
「どうやらこう握って使うものらしいな。この指先に当たるものを引くのかな?」
ガウルが引き金を引くと撃鉄が上がり同時にシリンダーが回る。
ガウルはそれを興味深そうに見ており引き金を引ききると撃鉄が落ちる。
「昔聞いたことが有る旧世界の武器に火薬の力で礫を発射する武器が有ったそうだがもしかしてこれがそうか?」
「そうだ、それが発射装置でこれが弾だ」
リリトが抜いた弾を見せる。
「先端の金属部分をその筒の中の火薬で発射させる」
「なる程ここに入れるのか」
シリンダー横の弾を入れる口を開け締めする。
「弾は入れるなよ、危険だからな」
「わかった、どのくらいの威力が有るのだ?」
ガウルは渡された弾をくるくる回しながら見ていた。
「20メートル離れた人を殺せるくらいだ」
「ほう、こんな小さなものでか」
弾の尻に有る雷管と撃鉄についている出っ張りを見比べている。どうやら発射方法を理解したらしい。
「これは護身用だ、戦争に使うのであればもっと大きな物を使う」
「そうするとどうなる?」
「300メートル離れた人間を殺せる」
ガウルはもう一度弾を見る。
「しかしこの程度では魔獣は死なんぞ」
弾頭の大きさからその威力を推測するがこの礫が魔獣に当たり食い込んでいったとして魔獣は死なないだろうと思う。
それは魔獣を狩ってきた人間が等しく経験する事では有る、心臓を槍で貫いても死ぬことのない生命力を知っているからだ。
この一発が槍の一突きと考えれば2発か3発は打ち込まねば死なないだろう。
近距離から何発も打ち込めばまだしも300メートル先から撃ち込んだのでは狩人がそこに着く前に逃げられてしまう。
「その通りだ、この武器は対人用の武器だ」
ガウルがすごく嫌なものを見る目でリリトの方を向く。
「人殺しは禁忌だぞ」
魔獣の住む世界で常に魔獣を狩って生きている者達に取って仲間は命でありそれを殺すことは禁忌とされていた。
それだけこの世界は危険に満ちており、生き抜くことが大変な世界なのだ。
その世界で敵は魔獣であり食料も魔獣である。
外見が異なり異種族間交配が不可能な世界でありながら種族間での諍いは非常に少ない状況となっている。
それは種族間の特性が著しく異なっており、各種族の協力が無ければこの世界を生き抜いて行けない事を皆が理解しているからだ。
弱者を積極的に助ける訳ではないが積極的に虐げる訳でも無いというのがこの世界の共通の生き方である。
それ故に人を殺すための武器という考え方はこの世界で竜に次いで強い獅子族に取っては忌み嫌われる様な兵器である。
もっともそれは肉体的優位が兵器によって一転するという現実を見せられたがゆえの嫌悪感の裏返しでも有る。
いずれにせよ世界は広いものの魔獣の被害によって作物の生産限界が有るためになかなか国の人口は増えて行かない。
それ故に人を無意味に消耗させる事は自分たちの生存を危うくさせる行為でも有る。
戦争を起こすのは自らが労働を行わない階級によって成されるというのは旧世界の歴史を見れば一目瞭然である。
「どうしてこんなものが有るとわかったのだ?」
「以前に鍛冶屋を回ってみただろう、その時鍛冶屋でこいつの部品を作っているのに気がついた」
「そういえばあちこちで使いみちのわからんものを作っていたな、それにしても良くわかったものだな」
「特徴的ないくつかのパーツを見つけてな、筒の先を覗いてみろ」
「螺旋が切ってあるように見えるが」
「打ち出される弾に回転をつけるものだ弾が遠くまで飛ぶ」
「どうやってこんな穴の中に螺旋を切ったのだ?」
「平らな板に溝を切って心棒の周りに巻きつける、それを熱した銃身の中に押し込むんだ、温度が下がれば銃身が縮んで動かなくなる」
「巧みな知恵だな」
ガウルな拳銃をあちこち見ながらそうつぶやく。久しく絶えていた旧時代のニンゲンの知恵である。
とはいえこれらのものが実生活に役に立つかどうかはその社会の生活度合いによる。
如何な便利な道具とて需要がなければ意味がないのである。
「こんな物を作ってこの国は人間同士の戦争をしたいのだろうか?」
「それはわからない、しかしこの国では旧世界の技術を掘り起こしている人間がいる。
これに使われている火薬は黒色火薬では無く無煙火薬だ。私はこの匂いを知っていてなそれで気づいた」
「なる程リリト殿はニンゲンの所で随分様々な事を学んで来たようですな」
「私の頭の中にはかなり多くの知識が詰め込まれている、言ってみれば私は生きた図書館の様なものだ。私の頭が体に比べて大きいのはその理由によるのだ。」
「それで?リリト殿はこれをどうされるおつもりでせかな?」
「まだわからん。ラングがどの様な思惑でこの様な物を作ったのかだな?」
「作ったのはサブリでしょうかな?」
「多分な、あの男天才かどうかはわからないがかなり旧世界の知識を持っている」
「リリトよ。実は旧世界の遺産に関してはワシにもいささか関わりが有っての、あちこちの遺跡を調査して知識を社に売りつけるのもワシの仕事の内なのだ」
「社はニンゲンとも交易を持っていて様々な文献の保存も行っていると聞く」
「問題が有ってな、知識を通して教える者がいないから知識が断片的で筋が通らないらしい、だから応用が効かないのだと聞いている。」
「初等教育から始めて高等教育への学問を体系的に教える学校が必要なのだな。だが今考える事はそれではない、マリエンタールはどちらと手を組んでいるのかということだ」
銃を使えば練度の低い兵士が前線で練度の高い兵士を殺しうる。
戦争における本当の損失とは高い能力の有る人間の喪失に有る。
それを理解しないがゆえに為政者は戦争を起こすのである。
そして敵国の優秀な人間を殺す為に自国の優秀な人間も一緒に殺すのである。
「その銃はお前が持っていてくれ。私はそれを隠し持つ方法が無いのだ。」
「わかった。しかし面倒なことになったものだ。技術馬鹿も度を越せば危険極まりない物だな」
「技術者の作った兵器が一度はこの世界を滅ぼした、それを救ったのは世界に蔓延する魔獣なのだ」
「そういう考えも有るのか?」
「残念ながら事実だ。その救われる対象にニンゲンが入っていないのは皮肉なのだがな」
やれやれという顔をしてガウルは大きなため息をつき拳銃を布に包み直すと上着のポケットの中に突っ込んだ。
「もっともリリト殿、あなたの思惑にはこれが大いに役に立ちましょうな」
「どういう意味だ?」
「あなたがエルドレッドにスープの製法を教え、この国の発電機を使って量産を考えておられる、しかも小型の発電機を社の卸して各地で地産が可能な状況を作ろうとしておられる」
「その通りだ、この様な知識は一箇所が独占すべきではない、世界に広めてこその知識だ。だから社の独占が起きないように手を打ったのだ」
「それだけですかな?」
「他に何が有るというのだ?」
「まさかこれ程効果的な戦略物資をエルドレッドが見逃すとお思いでは無いでしょうな」
「もしかしてエルドレッドがこのマリエンタールに侵攻してくると言うことか?」
ガウルはやれやれという顔をしてリリトを見る。
この娘は自分の行っている事を理解せずに最適な行動を取れる竜の様である。
「あなたが意識せずにこれを成したのであればあなたは天才的な戦略家ですな」
「つまりライオンの檻の中に肉の塊を放り込んだと言うことか?」
「マリエンタールはドゥングと違いまだエルドレッドの傀儡政権にはなっておりませんが武力の差は明らかに大きいですからな。遠からずエルドレッドから政府への介入が有るでしょうな」
「しかしそれであれば何故狩猟軍に対人戦争の訓練をしているのだ?」
「エルドレッドの先兵として使用しマリエンタールの国力を削ぐつもりです」
「すると戦争の相手と言うのは隣のニャゲーティアと言う事になるな、あそこはエルドレッドとは仲が悪いと聞いているからな」
「ラングはなかなかの狸ですな、技術馬鹿では有りましょうが世界を見る目は有るようです。こんな物を密かに開発しているのですからな」
「しかしクリーネから聞いた所によるとこの国の本当の支配者はラングのカミさんだそうだが?」
「優秀な女性らしいが、旦那も負けず劣らず優秀なようです。似たもの夫婦というところでしょうかな?」
ガウルは皮肉な笑みを口元に浮かべた。




