第9話 救国の悪役令嬢
「そんなことになるだなんて……」
ヴァレッタ様が用意した紙束をテーブルに置いた瞬間、私は頭を抱えた。
背を向けているとはいえ、使用人には丸見えだろう。
「前世を思い出して日が浅いからというのが理由ではなさそうですね」
「ううう、はい」
紙束は分厚く、重い。
そこには──原作のこれから起きるイベントやエンディングが細かい字でびっしりと書かれていた。
上手に話せるかわからないから、と全部文字で綴ったらしい。
(あなたどんだけ頑張っちゃったんですか!
頑張り屋さんですか!! ですよね! わかります!)
原作のガチファンだったというヴァレッタ様は、繰り返し読み返していて、細部まで覚えている。
どうやら私の記憶はざっくりしすぎていたようだ。
王道ざまあ系恋愛物語かと思いきや──王宮乗っ取りクーデター。
退場後の悪役令嬢が実は救国の英雄がトゥルーエンドとか。
え? そんなんだったっけ?
全然覚えてない。
もっとベッタベタの恋愛ものだと思ってたのに!
自分のこと原作厨とかいってた自己申告は取り下げたい。
これじゃ、ひっそり後列あっためて、いずれは田舎でゆる〜くぬる〜く令嬢ライフ♪なんて、夢のまた夢。
クーデターに、王国崩壊なんて、心安らかに引きこもれないよ〜。
田舎領地のモブ令嬢には重すぎるネタバレに気が重くなる。
「ただ、エルナ様のお名前はどうにも覚えがなくって」
そりゃそうでしょうよ。
何せあなたの殿をつとめるモブですから!
もはや顔すら描かれない存在ですよ!
もこもこ書かれた影色のあれですよ!
「でもまあ、ヴァレッタ様は鍛錬されているご様子ですし、その線はいけそうというか」
「とんでもありませんわ! 私、救国の英雄エンドをこそ回避したいんですの」
えええええ、そこ希望でしたん?
てっきり王子との婚約破棄回避がご希望かと思ってました〜。
「婚約自体は、解消させていただきたいのですけれど……」
言葉を途切らせ、視線を逸らす。
(うん?なんだね?)
自然と視線の先を追う。
あるのは混植ガーデン……いや違う。
この方向の先は、“あそこだ”。
ここからでは建物は見えない。
けど、ヴァレッタ様には見えているのだろう。
いや、見えてないけど。
でもわかるよ!私にもね!
ヴァレッタ様のお顔はどこか柔らかく、凛々しさを讃える目元すらどこかとろけてみえる。
「……」
これ。
完全に“そういう顔”だ。
「……へーーー?」
「な、なんですの?」
下から覗き込むように顔をまじまじと見る。
うん、無理矢理は聞かないよ。
言ってくれるのを待つからね。
ぺろっとしゃべっちゃってもウェルカムだからね。
とはいえ、わたしのゆるぬるライフが脅かされるとわかった以上、このままにはしておけない。
「なんでもございませんわ。では一旦話を整理しましょう」
「そうね! そういたしましょう!」
話題が逸れたことに安堵したのか、前のめりにくいついた。
まとめると、こうだ。
この世界の原作は、ざまあ系王道恋愛小説の構造を借りた戦記もの。
男爵令嬢と恋に落ちた王子に婚約破棄された悪役令嬢は、国外追放され冒険者に身をやつす。
幸せなロイヤルウェディングかと思いきや、男爵令嬢の派閥がクーデターを起こし、王国崩壊。
追放されたとはいえ国に心を残していた悪役令嬢は、仲間とともに帰国し謀反人らをとらえる。
もとは公爵令嬢だ。
魂にまでしみついた、祖国への想いから自ら先頭に立って王国再建を果たす。
そんなお話らしい。
「つまり、すでにクーデターを企てている家があるんですね」
「ええ。だから、婚約破棄を回避すればいいとか、そういう話ではないの」
「婚約破棄を回避すれば、クーデターはぐっと遠のくと思いますけどね」
うぐっ、と声を詰まらせるも、またも一瞬で表情を変えるヴァレッタ様。
「もちろん、貴族として、公爵令嬢としては国の安寧が一番です。でも……、わ、わたくしの意思としては、その……」
「……」
(この流れ、もしかして・・・)
もじもじと体をくねらせるヴァレッタ様。
決壊間近な雰囲気を感じる。
(ひとおし、してみるか)
「他の人と添い遂げたい、……と」
「ええ……。……ええ!?!? いま、なんと?」
はい、言質いただきましたー。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
次のお話もぜひ、お楽しみください♪




