第24話 何度でも作ればいい
違う選択をしていたら、私がノーラ様だった。
はじめはヴァレッタ様の取り巻きのひとりとしか認識していなかったけれど、とても優秀な人という印象。
ああ、私が優秀だったかもしれないってわけじゃなくて。
あの人は本当に優秀だったの。
他人の機微を読み取ることに長けていたし、先んじて行動することができる人だった。
淑女らしく言葉を選びながら助けてくれることだって、一度や二度ではない。
それがある時から、変わったのは、私がクリストフの婚約者に決まった頃かもしれない。
私を助けてくれたのだって、他者は動かすものだと言っていた彼女の思惑のひとつだったのだろう。
『よろしくない』と言われたことを思い出す。
その言葉だけが棘のように刺さったままだ。
もしかしたら、ずっとこの棘を抱えたまま生きることになるかもしれない。
だって、私自身がそう思っているから。
もしかしたら、彼女の方がふさわしい人だったのかもしれない。
私は男爵令嬢と結婚して国を崩壊させるお話しか知らないから、何が正解かなんてわからない。
でも、私は彼の隣で生きたいと願った。譲れないと思った。
彼女と私、いったい何が違うというのだろう。
彼女だって、私と同じように考え、自分の意思を貫こうとしたのではないだろうか?
同じなんじゃないか?
ただひとつ違うとしたら、彼女はそれを『他人を変える』ことで手に入れようとし、私は『自分の責任』として請け負うことにしたことだ。
それでも、クリストフが彼女を選べば、私の望みは叶わなかった。
どれが正解の選択肢かなんて、きっと誰にもわからないんだ。
それでも、毒を使ってまで歪みを正そうとした行いは、いけないことだった。
子どもでもわかる理屈を、彼女は自分の正当性を盾に実行した。
「正解なんてあるわけないのにな〜」
「なによ急に」
しまった。
口から漏れていた。
私の独り言に即座にツッコミを入れるメリアが呆れている。
「どうせあの女のことでも考えていたんでしょ?」
「うん、ちょっとね」
「ちょっとどころじゃなかったわよ。エルナったら、ずっとアッチに行っていたもの」
ヴァレッタが忙しそうに手を動かしながら指摘する。
その手には大きなボウルとようやく白くツノが立ってきた生クリームがあった。
メリアの学園復帰後、王妃生誕祭などの行事に忙しくしていた私たちは、ようやく落ち着いて集まれるようになった。
今日は久しぶりに、いつものお菓子作りに挑戦だ。
王都には有名菓子店はいっぱいあるけれど、自分達で作るからいいのだ。
ただし、ハンディミキサーなんてものはないから、頑張って腕を動かしている。
「うぐぐ、だってこの苦行は何かを考えていないと耐えられない……」
私の生クリームは、まだドロリとしている。
腕が痛い。
「変なこと考えながらお料理しちゃダメよ。そういう味になっちゃうんだから。ハイ、やり直し」
「ふぐっ」
ダメ出しをされ、何かいいことを考えながら腕を動かし始める。
(いいこと〜、いいこと〜)
そういえば、先日王妃様が夜光貝の髪飾りをつけて夜会に出席されたそうだ。
献上された贈り物の引き渡し時に真っ先に手を伸ばしてくれたことを思い出す。
長く美しい銀髪に、神秘的な青緑が映えて、親方の工房に注文が殺到していると聞いた。
随分な手のひら返しに、複雑な気分になる。
どうにも腹の虫が収まらず愚痴をこぼせば、毒気を抜かれる返しをされた。
「誰が何をやるかで受け取られ方が違うなんて、理不尽だよね」
「そういう意識があるから、そう見えるのよ。相手がどう思うかなんて、考えるだけ勿体無いわ」
すっかり達観した考え方をするようになったメリアは、お菓子作りの次の工程を確認しながらバッサリ断じた。
それにヴァレッタが疑問を投げる。
「そこは、考えるだけ”無駄”じゃないの?」
「次は卵黄と砂糖を混ぜて。 無駄っていうより、その時間が勿体無いじゃない。自分の人生よ?自分のために使うべきよ。まあ、どうしても考えたいってんなら、止めないけど」
「うぐう、まだ混ぜるの?」
「ほら、頑張れ!未来の王妃!」
「ふぐぐぐぐ!!!」
謎の掛け声に励まされるわけもなく、自分で頑張って腕を動かす。
何度も言うが、この世界にハンディミキサーはない。
「未来の王妃の拒否感は無くなった、と」
「あ!今のもう一回やり直して!」
「残念。私たちに時戻りチートはないのよ。そろそろ観念したほうがいいんじゃない?」
「生クリームは冷やしてちょうだい。卵のほうはまだ?チョコレート溶かすからお湯沸かして」
「こっちは完全にスルー」
「口動かすなら、手を止めない」
「はい〜〜」
華麗な人捌きが板についているメリアも、実は人を動かせる才を秘めていたようだ。
私たちの今日のお菓子が段々形になってきた。
そろそろ砂糖の感触が少なくなってきた。
次の段階へ移る頃合いだ。
こんなに頑張って作るのに、きっと今日のお菓子も一瞬で口の中で溶けてしまうんだ。
それでも、こうやって作り上げていく時間が私たちは大好きだ。
食べたら作って、作っては食べて、そうやって何度も繰り返していく。
段々上手くなるし、たまには失敗する。
それでも食べるし、また作る。
この穏やかな時間を楽しむために、私はまた妃教育を頑張らねば!
それもまた、私の望む生き方のうちのひとつなのだから。
「エルナ、チョコ入れるわよ」
「へいへい」
「今度の王太子妃は口がちょっと」
「今だけは好きにしゃべらせてよ〜!」
出来上がったチョコムースは、様子を見にきたクリストフによって半分食べられちゃった。
執務室に持っていこうと思っていたのに、と文句を言えば、執務室では休憩した気にならないと
不貞腐れていた。
私の知らないあなたが、まだいっぱいいるみたいね。
甘やかされているのは流石に自覚してきたけど、意外とそれが心地よいなんて彼には秘密。
私たちの遊び場として解放された離宮のキッチンには、今日も笑い声が響いている。
ああ、なんてゆるくてぬるい、心地よい時間だ。




