第23話 白い枝の行方
「できることなら、もっと其方に支えていてもらいたかった。其方がいたから今の私があったのだ」
残念だよ、と呟かれた国王陛下の言葉に、私の意識は急浮上したかのようだった。
国王陛下から告げられたのは、後進に役職を代わり、ブランシュフォード公爵家の当主を娘婿に譲ること。
ユルゲン・ブランシュフォード、50代最後の春の終わりは雲ひとつない晴天だった。
今なら言える。
冷静に考えれば、わかることだ。
準王族と知りながら、故意に呼び札の位置を変えた。
祭礼を預かる者として、あってはならない職務違反だ。
式次第では、エルナ・マリエンベルクは誰よりも先に名呼びすることに決まっていた。
入場の列を整える事務官にも、そのように通達がされていた。
前日の会場設営で、一瞬だけ私以外の者が席を外した。
魔が差した、という言い訳が通用しないことはわかっている。
しかし、悪魔に囁かれたのだと本当に信じたくなるほど、他のことが見えなくなり、そうすることが自分のすべてかのように手を下してしまった。
私の父は、出世心のない人だった。
一年のうちいくつも公式行事はあると言うのに、いつ見に行ってもローゼンベルク公爵は見かけても、父上を発見することができなかった。
その理由は、父と同じ職務に就くようになって判明した。
(なぜもっと良くしようとしないのか)
二言目には、それが伝統だから、と祭礼のやり方を変えることを拒否し、行事のたびにその開催に向けて熱心に取り組むくせに、人の影に隠れ、口を出すことも、姿を表すこともほとんどなかった。
行き詰まった部下にアドバイスをしても、それが自分のおかげだと言いふらすことは終ぞなかった。
「変えないことも勇気」と私に伝えて引退したが、私はそれを受け入れなかった。
国王が代替わりをし、男まさりな王妃が国営に関して革命的な施さくを断行するのを、私は嬉々として受け入れた。
淑やかな見た目とは裏腹に、その言動も行動も他を圧倒するブリュンヒルデ王妃は、国王も頭が上がらない、まさに女帝だった。
さぞかし国王は気が休まらないだろうと思っていたが、国が今まで以上に発展できたのは彼女の功績が大きい。
彼女の革新的な提案に応えるように、私も多くの功績をあげ、高い評価を得ていった。
それでも越えられない壁、それがローゼンベルクだった。
建国三英雄の一翼を互いに担うという関係上、本来であれば同格と見做されるはずの二家ではあったが、祭礼と軍事では力関係に如実な差があった。
さらには、王家と子供の年齢を合わせることをしなかった父のせいで、年下の国王の面倒を見る羽目になり、自身の子は娘ばかりだったにも関わらず、国王とは歳周りが合わなかった。長女以外の娘を国内の有力貴族に嫁入りさせたおかげで、第一王子と歳の近い孫ができたのは僥倖だったし、娘は私に似て向上心が強く、孫がまだ幼い頃から淑女教育に余念がなかった。にも関わらず……婚約者に選ばれたのは、ローゼンベルクの娘だった。
「昨年の建国劇は、其方の提案であったな。クリストフは、『罪には問わない』と申しておった」
知られていたというのか。派閥の寄り子の娘が第一王子に執心していたことを利用した計画を。
知っていて見逃された挙句、逆に利用されて、王子は立太子、新たな婚約者を得た。
その最中、ローゼンベルクの娘との婚約を解消したが、壇上で「グランツフェルトは、ローゼンベルクにも、ブランシュフォードにも染まらぬ」と宣言した。あれでは、ローゼンベルクだけでなく同時にブランシュフォードからも、嫁入りをさせないことを約定したように聞こえる。計画とは異なる結果に歯噛みするしかなかった。
寄り子の娘でも、孫でもよかったのだ。
邪魔なのは、たかが伯爵の末席のはずだったというのに……
結果的に孫は王妃毒殺未遂の首謀者となり、責を負うこととなった。
こんなはずじゃなかった。
他の者たちの人生などどうにでもしてやろうとした私が、何を今更と思われるかもしれないが、実際に孫娘の人生を台無しにして、私はようやく目が覚めたのだ。
それだというのに、国王が私を信じて任せてくれていたなど、今更だ。
私はもっと早くそのことに思い至るべきだった。
先頃沙汰を言い渡され、貴族籍剥奪の上、修道院へと送られることになった孫娘を想う。
その行いも、私がもたらした一族の罪だった。
ゴトゴトと揺れるままに馬車に体を預ける。
それしかできないのだから仕方がない。
目的となる修道院は、まだまだ先だ。
揺れに抗って疲弊しては、体がもたないだろう。
私、ノーラ・シグルドセン、いえ、もうただのノーラなのだったわ。
正しくあろうとしただけなのに、あの女に入れた飲み物を王妃が飲もうとしたせいで、私は貴族ではいられなくなった。
何もかもが間違っている。
強く美しい理想の王妃と思っていたのに、思い通りに動かすことの悦びも知らぬ人物だった。
欠点だらけでありながらあの人の隣に立とうとする女も潰しきれなかった。
(まあ、そう思えば、私も王妃の資格には少し足りなかったようね)
それでも、近い位置にいさえすれば、私はいかようにでも動かせると考えていた。
今でもその思いは消えない。
私はいずれ王妃としてこの国を導く存在たらんと、育ってきたのだから。
それ以外に、私に残るものなどないのだ。
その後、ただのノーラは送られた先の修道院で人生を変える出会いを果たし、自らを新しく選択して生き直していくことは、また別のお話である。




