第22話 父
和やかにその食事会は始まった。
家族で晩餐を囲み、生誕を祝うその狙い通りに、国王様も王妃様も王族というより父母という視線で私の家族らを迎えてくれた。
引っ込み思案なテオドール殿下は、より幼い弟妹たちの純真な眼差しに戸惑いつつも次第に受け答えが増える様子が微笑ましい。
このまま新しい家族としての関係が進んでいくのではないかと錯覚するほど、ホッコリとした。
まさか、本当に錯覚になるとは思いもしなかった。
「エルナは……。娘は、王太子妃の器ではございません」
王城の料理長が腕によりをかけて作ったすべてのお料理をいただき、デザートも美味しいねえ、なんて妹の口を拭いてあげていたら、父がまさかの爆弾発言を投下した。
ちょっとこの人何言ってるのかわかんない。
ナプキンを掴む手が止まり、妹がナプキンめがけて顔を左右にしているのにも気がつかない。
というか、何を言ったのか、ちょっと思い出せないんですけど。
「マリエンベルク伯爵、まずはあなたのお気持ちをお聞きしたい」
王妃様は突然の妄言が聞き取れたらしい!
しかも、ちゃんと聞く気満々とか、どういうこと?
「最初は、何かの冗談かと思ったのです。建国劇に出演したと聞いたのは、我が家に出入りする商人からでした。しかも、劇中に殿下から求婚され、了承したとも。誰が、現実のことと思うでしょうか。それなのに、日に日に届く噂に、王太子から熱心に求愛されているだの、王城へ毎週のように出向いているだの、殿下とファーストダンスを踊っていただの……」
そこまで言って、父は手元の酒を飲み干した。
「それだけであればまだ良かったのです。娘には自分の思う通りに生きて欲しかった。ですが……耳にしたのはいい噂ばかりではなかった。公爵令嬢を押し退けて婚約破棄させただの、目立たない貧乏令嬢だの、能力が低くて王太子妃など務まらないだの……。正直、聞いていて気持ちの良いものではなかった」
お父様……、やっぱり耳に届いていたのね。
ナプキンを持つ手が力無く下がった。
「あ〜、おくち拭けなくなった〜」
「……」
「僕が拭いてあげるよ」
「ありがとう!」
ふきふき……
自分のことで手一杯の私に代わって妹の口を拭いたのが、テオドール殿下だったなんて誰が思うでしょう。
慌てた母が恐縮していることすら、私には見えていなかった。
「娘は幼い頃から屋敷を抜け出しては領民と泥だらけになって遊ぶような子どもでした。言っても聞かないし、やたらと傷をつけて帰ってくるし。幸いうちは子どもが多いので、後継者はいるし、嫁に出す娘もまだまだいる。ひとりくらい好き勝手生きさせてもいいかと思っていたところ……届いたのが、婚約の打診でした。お断りすることなど、誰ができますでしょうか?了承するしかなかった。もしかしたら、良い方に向くかも知れないとも思いました」
がっくりと頭を落とす父は、だいぶ酔っ払っている。
実はさほど強くはないのだ。
私が学園に通っている間に、もっと弱くなったのではないだろうか。
侍従が水を勧めるも、もう一杯頼むあたり、どうかしている。
「エルナに王太子妃は重すぎるのではないでしょうか?伯爵位といえど、その末席に辛うじて掴まっているだけだと、献上の儀をご覧いただいてお分かりいただけたはずです。そもそも、人を見下すようなことはしないかも知れないが、見上げられるようには育ててきていないのですよ。馬車の上から手を振るような娘ではないのです!」
そこまで言い切って、グイッと注がれたばかりの酒を煽った。
和やかだった食堂が静寂に包まれ……なかった。
空気を読めない弟妹らによって、シリアスな空気がどうにも締まらない。
「ブドウおっこちた〜」
「これちょうだい?」
「おいしいねえ、おいしいねえ」
「ブドウどこ行った〜?」
新しいのをあげるから落ちたブドウを拾わないで、と止めるテオドール殿下の声が聞こえる。
無性に恥ずかしい。
そして、どうしたらいいかわからない。
この静寂(?)を破ったのは、クリストフだった。
「マリエンベルク伯爵は、エルナをとても愛しているのですね」
「当たり前だ!娘だぞ!」
ムッとした父は、グラスを掴んだ手を振り回した。
飲み干した後でよかった。
「あなたがお嬢様を心配するのも、ごもっともです。献上の儀で、あなたが心配そうに見つめていたのを、私は見ていました」
「見ていたのなら、なんとかすればよかったじゃないか!」
「私も見ていて、放っておいたぞ?」
意外なことに、口を挟んだのは王妃様だった。
「エルナは準王族だ。その序列は王族以外では、貴族の中で一位となる。にもかかわらず、なんらかの計らいで、マリエンベルク家の序列で呼ばれた。これはエルナの非ではなく、我が王室の非である。マリエンベルク伯爵よ、大変申し訳なかった」
そう言って、王妃様が勢いよく頭を下げる。
王妃様の動きに遅れるように、国王様までもが頭を下げようとするから、父は慌てて止めに入った。
ちなみに国王様は、必死に頭を上下に振って頷きを返しているが、いまだに一言も会話に混じれていない。
「そ、そんな!おやめください!陛下が頭を下げてはなりません!」
「良いのだ。ここには家族しかいない」
「……陛下は、家族とおっしゃってくださるのですか」
「もちろんだ。私には王子ばかりだからな、エルナさんは可愛くて仕方がないよ」
止めようと差し出した手を宙に浮かせたまま、父は座席に後退りし、力尽きたように座面に腰掛けた。
「しかし、王太子妃とは……ゆくゆくは、王妃ということに」
父が何を言いたいのか、私は痛いほどわかっていた。
自分が王妃になるなんて、私だって想像もつかない。
私より、向いている人はたくさんいるし、私でなければならない理由も、そんなにない。
でも……
この気持ちを父に伝えていいものか考えあぐねていると、ずっと黙って聞いていた母が口を開いた。
「エルナの好きに。そう話したのは、いつだったでしょうね」
「ペルレ……」
ペルレ・マリエンベルク。
かつて真珠姫と社交界を賑わせたという小柄な母は、自然体で野生み溢れる父に惚れて、南の辺境へ嫁入りしたのだと、誰かが教えてくれた。
「確かにそうは言ったが……」
父はどこか納得できない顔で、グジグジと言い出した。
どうしよう、こうなると父は梃子でも動かない。
すると、ずっと難しい顔で話を聞いていたクリストフが、父の前まで進み出て、膝をついた。
「マリエンベルク伯爵。王命という形で、拒否権なく婚約を約定させたことを、まずは謝罪させてください」
「……」
「その上で、お願いがあります。ここで改めて彼女に気持ちを聞きます。嫌なら断ってくれて構わない。もしそうなったとしても、あなたがたに不利益が生じないようにすると誓う。だから……彼女が選ぶ前に、選択肢を取り上げないでもらえないだろうか?お願いします」
この王家は、王家の頭をなんだと思っているのか。
いくら家族だけの晩餐と言っても、こうペコペコペコペコと、随分安く下げるじゃないか。
しかし、この潔さが、この人たちの魅力だと、父にも伝われば嬉しいのだが。
こんなことまでされて、許さないわけにも行かなくなった父は、わかったと了承し、私が今ここで選ぶことを認めるとまで言ってくれた。
お酒が入って、気が大きくなっているかも知れないのだけど。
お父様、ありがとう。
そして、お母様も、私が言うことを聞かない娘と知って、それを許してくれていてありがとう。
私はね、やっと決まったんだよ。
誰かに譲るのが嫌だなって気持ちに、気づいちゃったんだよ。
私はお城のふかふか絨毯に膝をついたままのクリストフを立ち上がらせて、みんなを見回した。
父はもう半泣きだ。
「王子じゃなくても、貴族じゃなくても、この人の隣で生きたい」
まあ!まあ!と言いながら手を叩く母につられて、弟も、妹も、テオドール殿下も拍手を贈ってくれた。
「なんて最高の誕生日プレゼントだ」
王妃様が満足げにグラスを掲げた。
「上に立つものは、器があるから立つのではない。愛するものと生きる選択肢の先に、たまたまあるものさ。なあ、ギュンター」
王妃様が国王様を振り返ると、国王様は真っ赤になって口をつぐんだ。
と言っても、先ほどから一言もしゃべっていないのだけど。
「その愛が、国を守り動かすのだ。私はクリスとエルナの動かす国が楽しみだよ」
父は困ったように眉尻を下げ、母に肩を叩かれると観念したように頭を下げたのだった。




