第21話 完璧な不完全
「王妃を害したかったのか?」
「違います!」
クリストフの問いかけを、ノーラ様は即座に否定した。
その反応は、本当に王妃を狙った犯行ではないのだと納得するに足るものだった。
「ですが、王妃のカップから同じものが検出されました」
医官が把握している内容を淡々と告げると、彼女はそれを否定した。
「そんなはずない!だって……」
「私、ですか」
彼女がテーブルを離れた後、私と王妃様はカップを交換した。
あの紅茶を飲むのは、私のはずだった。
「飲み物を交換するだなんて、そんなはしたないことするなんて」
「私が申し出たのだ」
王妃が告げると、ノーラ様は衝撃を受けたように目を開き、そして私を睨みつけた。
「そもそも、何もかもが間違っています!この女が王族となるなど、おかしいのです!」
「ほう」
否定も肯定もしない王妃様の応答に、ノーラ様は受け入れられたと勘違いしたのか、さらに続けた。
「王妃陛下!彼女はよろしくありません!マナーも社交もままならず、私がフォローをしてばかりなのですよ!先だっても伯爵位の末端でありながら、献上の先頭に立つ始末。しかも公式行事を欠席するような者に国を任せることなどできません!」
「そうか」
「そうです!王太子妃にはもっと気高く、能力が高く、人の上に立ち動かせるものでなければならないのです!」
「そうか」
「王妃様のように、思い通りに動かせるものでなければ、王太子妃は務まりません!」
「例えばそなたのような、か?品行方正、学業優秀、淑女としての振る舞いも美しく如才ないと聞いている。」
「なんてありがたいお言葉! 王妃様に請われるのであれば、私は喜んでこの身を捧げましょう」
「そうか……」
王妃様はやおら立ち上がり、ゆっくりと窓辺に移動すると、どこかを眺めてから振り返った。
「すべてを思い通りになど、できぬよ」
「え?」
「振り返れば、私の王妃人生も思い通りになどいかぬものばかりであった。思う通り動かない世界を、自らがどのように動くのかが重要なのだ。ノーラよ、そなたは自分の思い通りではない世界は否定するか?」
「……思い通りにいくよう、動かせば良いのです」
「しかし、皆自分の意思を持ち、生きている」
「クリストフ殿下も、そうされているではないですか」
「なるほど。しかし、そなたが思うほどクリスも器用ではないよ。なあクリス」
突然話の矛先を振られたクリストフは、困ったように笑いながら、それを否定した。
「ええ、その通りです。どれだけままならず来たものか。強制も、矯正も、私の望むところではありませんよ。まあ、ヒントの種を蒔いてはおりますが」
「実際、色々と手間取っているようだからな」
「それでいいのです」
「フフッ」
母息子で似たような笑い方をすると、王妃様はノーラ様に向き直った。
「例えエルナが不適格とそなたが判断したとしても、それはエルナが王族として精進することを止めるものではない。また、ままならぬ中で動こうと努められるものこそ、求められる姿であると私は考える」
「いいえ、王妃陛下もクリストフ殿下も完璧な御仁です。その隣に立つものも、完璧でなければならないのです!」
「この世は、不完全だからこそ、完璧とも言えるのだ」
「……分かりません」
「それを知る道すがらに、我々はいるのだよ」
ノーラ様は憮然とした態度を崩さないままでいたが、王妃様はそれを正すことはしなかった。
「エルナは王太子の婚約者。その待遇は既に準王族となり、そなたの行動は王族を害したものに相当すると見做される」
「……」
「沙汰は追って出す。貴重な時間を割かせた。自宅へ戻り、謹慎するが良い」
ノーラ様は頭を下げなかった。
王国騎士団に伴われ馬車で送られていくノーラ様を、私とクリストフは見送った。
夏が近づきまだ若い青さの残る葉が生い茂る木々を夕日が照らし始める。
日中の暖かさが少しずつ収まっていく気配を肌に感じつつ、馬車が離れていくのを見つめる私の横で、彼は口を閉ざしたままでいる。
小さく小さくなるまで動かず、やがて見えなくなった頃に、ずっと疑問だったことを聞いてみた。
「あなたはどうして、責めないの?」
思えば、彼はいつもそうだった。
ブランシュフォード公爵が建国劇で暗躍した時も、公爵のせいだと糾弾することはなかった。
私が学園を去ろうとした時も、その遠因となった者たちをなじることはなかった。
ノーラ様のことだって、あの毒を、私が飲むかも知れなかったのに。
「すべての人の世界は、その人だけのものであり、同時に皆の世界と繋がっている。ひとつの世界を否定することは、すべてを否定することと同義だと考えているんだ」
つまり、誰かを非難するということは、自分を非難することと変わらない。
だから誰のことも責めない、責められない。
「だから、誰のことも否定しないのね」
「たまに舌打ちくらいはするかもよ」
「それくらい、どうってことないわ」
少し冷えてきた風に肩を窄めると、クリストフの腕が柔らかく包んでくれた。
「私をここに引き込んだくせに」
「俺に求めるものがないわけではないんだ」
まるで私を求めているかのような言い方に、顔が熱くなるのを感じる。
ちょっと肌寒いな、と思っていたのが嘘のようだ。
彼の理想はかなり高いところにあるようだけれど、確かにそうできればいいなと少しは思う。
「生誕祭の最終日は、家族と囲む晩餐だよ。君の家族も招待している。さあ、中へ入ろう」
暖かい彼にエスコートをされて城の中へ戻った私は、すっかりすべての問題が解決したと思い込んでいた。
晩餐の席で、父がこの婚約の辞退を打診する時までは。




