第20話 香る宝石2
前世の私は、下手の横好きだった。
あれこれ興味を持って手を出すも、上手くなる前に投げ出すことがしょっちゅう。
アロマもそのひとつだったのだけど、いろんなアロマを試す中で知ったのが、アロマを入れて香りを楽しみながら身につけるアクセサリーだった。
天然石の中がボトルのようにくり抜かれていて、程よく閉じたキャップから香りが漏れ出る仕組みだ。
技術力の進歩した世界だからできることかと思いきや、天然石をくり抜いて入れ物にするという細工は古くからあることを何かの美術展で知り、人間の技術の高さに感心したものだった。
つまり、この世界でもできないことではない。
献上の儀で『香る宝石』を見た時、ふと思い出したのがそれだった。
そして今、持ち込むことが不可能な毒の混入事件が起きた。
宝石が香ることを新技術の賜物と思って仕組みがわからない人が多数のこの世界では、きっと誰も思い付かない方法かもしれない。
王妃様へ献上された宝石は、大きな置物のタイプだった。
でも……本来私が知るのは、ペンダントの形をしている。
私がクリストフに知る限りのことを伝えたところ、王妃様の判断で会場の封鎖を解除することとなった。
それらしい作り話で安心させ、後のことは王国騎士団に任せるようにと伝えた。
「何者かが、どのような方法を取ったのかわからないが、王妃の飲み物に何かをしたらしい。それを王太子の婚約者が阻止したのだそうだ」
何人かにそうやって話を流させ、行事進行の通りに狩猟大会でいちばんの獲物を獲ったものを讃え、王妃が褒章を約束した。
生誕祭の最終日の夜は家族との晩餐を楽しむのが習わし。
皆それぞれ帰途に就く中、ひとりのご令嬢に声をかけた。
「ノーラ・シグルドセン侯爵令嬢ですね。紅茶を台無しにしてしまったことを謝罪したいと王妃陛下が仰せです。内々で部屋を用意致しましたので、お越しください」
「まあ、紅茶でしたらいつでもお持ちいたしますのに」
「王族たるもの、公では謝罪ができないのです。王妃陛下は大変に気に病んでいらっしゃいます。どうかご同行願います」
「……わかりました」
私たちは王城の一室でノーラ様の到着を待っていた。
王妃陛下とその側仕え、クリストフとトビアス様と私だ。
あまり人数を増やしたくない中での人選だが、中扉で繋がっている隣の部屋にも人が配置されている。
中央のローテーブルを囲むようにソファセットが並び、王妃、クリストフ、私がそれに腰掛け、王妃様の側仕えとトビアス様はソファの後ろに立っている。
誰も口を開かず、ただその時を待った。
コンコン……
その部屋の扉をノックする音は、心なしか重く響くように聞こえた。
やがて騎士に伴われ入室したノーラ様はいつものように朗らかに微笑んでいる。
王妃陛下に挨拶をすまし、恐縮するように言葉を重ねる様子に変わったものはないように見える。
王妃様とノーラ様が紅茶の話題を続ける中、私の視線は彼女の胸元へと注がれていた。
一見すると雫型のペンダント。
しかし、その上部を蓋のように覆いバチカンと繋がるデザインキャップだった。
王妃様の話題が、香る宝石へ移る。
「そういえば、あの『香る宝石』は見事だ。香水のように身につけることができれば、さらに素晴らしいのにな」
「お気に召していただけて、幸いにございます」
「作ることは可能か?」
「……」
「私には気に入った香水があってな。だが、肌が敏感ゆえに滅多な時でなければ身につけることができず難儀している。私の香水の香りをさせたいし、身につけたいのだ。できるか?」
「……どのように身につけるのがよろしいでしょうか?」
「作れるのか?ブレスレットはどうだ?」
「大ぶりになるため、難しいかと」
「ではどのような形なら可能か?」
「……そうですね。髪飾りであるとか」
「大ぶりな石の髪飾りでは首が疲れる。例えば、そなたのつけているような形ではどうだ?」
「……」
部屋に沈黙が降りた。
それは一呼吸ほどの間だったのかもしれない。
でも、私たちにとっては、とても長い一瞬に感じられた。
「……可能にございます」
「もしや、そのペンダントがそうか?」
「……はい」
「よく見せよ」
いつもはこのような強要をする方ではない。
しかし今日は、敢えて王妃としてのわがままを振りかざすように言動を重ねる王妃様の表情はどこか固い。
ひとつ小さく息を吐いて、ゆっくりとペンダントを外したノーラ様はそれを王妃様の側仕えに渡した。
側仕えはそのペンダントを私の元へ持ってくる。
クリストフの隣で成り行きを見守っていた私は、ペンダントを受け取ると、上部のデザインをひねった。
「あっ」
ノーラ様が小さく声を上げるも、キャップ型のバチカンを外し、香りを確かめ、頷く。
「甘い香りがします」
「……なぜ……」
「エルナが気づいたんだよ」
その言葉に、ノーラ様が目を見開いて私を見た。
秘匿技術を暴いてしまったことが申し訳なく、私は頭を下げる。
私が頷いたのを確認したクリストフがトビアス様に視線を送ると、トビアス様が開いた中扉から医官が入ってきた。
すると、これまで詳細な説明を逃れようとしていたノーラ様が口を開いた。
「『香る宝石』は香水を入れることができる我が家の秘伝の製法でございます!」
ガーデンパーティに駆けつけたのと同じ人物で、何かの試薬のようなものが載せられたトレイを持っていた。
中身を零さないよう慎重に医官にペンダントを渡すと、彼も香りを確認し、その中身をいくつかの試薬に含ませていく。
トビアス様が医官の横につきながら様子を観察した。
「確かに。この石は中に液体を入れられるよう細工されているようですね」
「それで宝石が香るのか」
「液体を入れるにも特殊な器具が必要なのです。もちろん王妃様のご要望にお応えすることができます」
王妃様が得心がいった、とこぼす。
「あの『香る宝石』にはこのキャップのようなものはなかったようだ」
「中身を頻繁に入れ替えることは想定してはいないのです」
「キャップの形の方は、ボトルのようになっているようですね」
「……はい」
熱心に説明をしたかと思えば、トビアス様の鋭い指摘に逡巡したのち、エルナ様は肯定をした。
何度か試薬を含ませたり、嗅いだりして確認作業を進めていた医官が、やげて確信したように口を開いた。
「痺れ薬のひとつに間違いございません。同じものがカップからも検出されています」
その言葉を、ノーラ様は俯いたまま聞いていた。
肯定の返事はしないまま、部屋には重苦しい沈黙が降りた。
その空気を裂くように、クリストフが口を開いた。
「王妃を害したかったのか?」




