第17話 香る宝石(ノーラ視点)
王妃の庭園には、場合によっては一生入ることの許されない特別な場所だ。
その庭が今年のガーデンパーティの会場とされたことに、わずかな苛立ちを感じつつも、私は得意の淑女顔で王妃陛下に請われるまま、あの女のためにカップに紅茶を注ぐ。
彼女たちの視界から少し外れるようにして、一滴の雫を落とし、彼女の手元へ置く頃にはとても自然な笑みで渡せたと思う。
そのまま御前を退席しつつ、胸元のペンダントを握り込んだ。
大丈夫。絶対にうまくいく。
エリス様の歓談する場へ足を向けると、こちらに気づいたように小さくてを振られた。
私は胸元から手を外すと、同じように小さく手を振り返した。
「ノーラ様、こちらよ!」
「お待ちしていたのよ、ノーラ様」
そこには数人のご令嬢がいた。
どうやら私を待っていたらしい。
「皆様、献上台の陳列をご覧になったのですって。それでお話を聞きたいそうよ」
「ええ、そうなの。あのように素晴らしい宝石、どうやったら我が家でも求められるかしら?」
「我が家の新作ですね。興味を持っていただけて、大変嬉しゅう存じます」
今年我が家から王妃陛下へ献上した贈り物、シグルドセンの新作は『香る宝石』だ。
私は彼女らに商品を紹介しつつ、あの日のことを思い出していた。
「ノーラ・シグルドセン」
「はい」
名を呼ばれ、贈り物を載せたトレイを慎重に持ちながら前へ進み出る。
途中、烏滸がましくも列の先頭にいながら、いまだに名を呼ばれない女の横を通り過ぎる。
目の端で様子を伺えば、小さく震えているように見えた。
なぜか自然と笑みが浮かぶ。
多くの貴族が集まり、その目が集中する中で献上の儀を行うのは、本来であればとても緊張する場面だろう。
しかし私は、この状況を心地よく執り行うことができた。
「グランツフェルトの輝ける太陽たる国王陛下、慈愛の月たる王妃陛下にご挨拶申し上げます。この度、シグルドセンより王妃様に捧げたるは、『香る宝石』でございます」
「香る宝石?」
「はい。我がシグルドセンの職人による新しい手法で生み出された宝石を王妃陛下へささげたくお持ちいたしました」
「宝石が香るのか?」
「はい。顔を近づけていただければ、すぐにでもお分かりいただけることでしょう」
そう説明すると、王妃陛下は側に控えていた者に頷くと、ひとりが近づいてきて宝石の上を仰ぐように手を振った。
「確かに香りがいたします」
「ほう。石が香るとは、なんと面白い」
「はい。製法は我が家の秘匿となりますゆえ、どうぞご容赦願います」
「良い。素晴らしい品を嬉しく思う。これからも励むが良い」
私が献上を終えても、侯爵家の順を終えても、あの女は献上の列の先頭に立ったまま動けずにいるようだった。
伯爵家の最後になってようやく名を呼ばれたものの、献上を終えるとすぐさま謁見の間を退場した。
(そう。それが正しい順序だわ)
私の笑みはより深くなった。
二日目には、バルコニーのみならずパレードにまでまるで王族のように手を振っていたそうだが、晩餐会には欠席したと叔母様からお聞きした。
だというのにガーデンパーティでは王妃陛下の横に陣取って、本当に図々しい。
あれほど失態を犯しているというのに、誰も現状を正そうとしないなんて。
今日だって王妃陛下の横で何食わぬ顔で笑みを浮かべるような女なのだ。
その場所か、もしくはそこに限りなく近い場所こそ、私の場所だったはずだ。
(ふさわしくない)
ヴァレッタ様が王太子妃と言うなら、まったく構わなかった。
あの方はクリストフ殿下とは事務的な交流しかされていなかったし、とても能力の高い淑女の鑑だった。
ヴァレッタ様であれば、クリストフ殿下の手を煩わせることも、迷惑をかけることもなかったことでしょう。
卒業後はヴァレッタ様のお側について王城に上がり、誰よりもお側へ侍ろうと計画していたのに。
まるで空気のように、常にお側につくということは、全幅の信頼を寄せられているということ。
自ずと私的な空間へ入り込むことを許される。
私であれば、陰日向と支えることができる。
途中まではうまくいっていた。
学園ではヴァレッタ様と常に行動を共にし、あの方の心を慮って先んじて事を動かしたりもした。
(それが、なぜか最後尾でちょこまかとついてきていた影の薄い貧乏令嬢如きがしゃしゃり出てくるなんて)
何がきっかけか、ヴァレッタ様はその貧乏令嬢に目をかけ、私たちの誰も招待されたことがないというのにご自宅にお招きになった。
それからはふたりでコソコソと内緒話をすることが増え、昨年の建国祭では壇上でクリストフ殿下にお芝居のプロポーズをされ、厚かましくも了承をしたものだから、多くのものがそれを真実と思い込んだ。
(お芝居に巻き込まれただけかと思っていたのに、まさか本当に婚約者におさまるだなんて)
許し難い愚行に流石の私も正気を失いそうになったものでした。
(まったくもって正しくない。けれど……もう大丈夫ですわ)
私は胸元のペンダントを無意識に握った。
ここ数年我が家の職人が取り組んでいた細工が、ついに完成した。
置物の形をした大きな細工は王妃様への献上品として。
そして、もうひとつは私。
多くの宝飾品を扱う我が家でも、他国の宝飾品を探しても、他に類を見ない珍しい細工を施した『香る宝石』は、相応しい者が持つべきだ。
製法は既に口止めをし、漏れることはない。
つまり、唯一とまではいかずとも、世界にふたつだけの特別な宝石だ。
私は興味を持ったというご令嬢方に、眉を下げて謝るのだ。
「興味を持ってくださってとても嬉しいのだけど。ごめんなさいね、製法がとても繊細で難しく、まだ多くをお作りすることができないの」
「まあ!ますます興味深いわ! ということは、王妃様への献上品の次も製作中ということかしら?であれば、是非我が家で」
「いいえ、ぜひ我が家が買わせていただきとうございます」
ふふふ。
そうでしょうとも。
皆様が奪い合うように求めることは承知済みですのよ。
入手困難な宝飾品はそれだけで価値も価格も上がるもの。
簡単には流通させるわけがないの。
「困ったわ。でも父上に言付けておきますね」
親切そうに微笑めば、まだ手にしてもいないにもかかわらず大袈裟に感謝を口にする。
想像した通りの光景が広がる眼前に満ち足りた心地でいると、少し離れた場所から騒がしい声が聞こえてきた。
「王妃陛下のガーデンパーティだというのに、一体何かしら」
「大きな声でしたわ」
「あら?あちらは王妃陛下のテーブルの方だったような」
「まあ、どうなさったのでしょうね」
本当に。
どうなさったのでしょうね。




