第16話 王妃の庭園の甘い香り
王城にはいくつかの庭園がある。
自由に入れる庭園もあれば、公開されていない庭園もいくつかある。
そのうちのひとつが、王妃の庭園だ。
王妃様のお部屋からいちばんよく見える場所にあり、王妃様が自ら庭園の花々を指示し、季節ごとにその美しさを楽しんでいるのだという。
クリストフとテオドール殿下が幼い頃によく遊んだというその庭園が、今回の生誕祭最終日で行われるガーデンパーティの会場だった。
狩猟大会へ繰り出す男性たちとは別行動となる貴族女性たちの集まるガーデンパーティは、ある意味では女性たちの狩猟大会だ。
夜会とは異なる装いの日中のパーティは、日の光の中で映える仕立てをすることが求められるし、身につける宝飾品も輝きのあるものより、真珠などがふさわしいとされる。
着飾ればいいという単純な話ではないのが、昼間のパーティなのだ。
私は、正直なところ、その戦いに身を置いている実感がない。
というのも、実は私の装いのほとんどはクリストフの手によって選ばれたものだからだ。
かんざしの件もそうだったが、彼は私を着せ替え人形だと思っているのかと思えるほどに、あれがいいこれがいいとドレスや宝飾品を用意してくれる。
もしかしたら趣味なのかも知れない。
いつだったか、ドレスショップに誘われて行ったところ、店内は貸切にされて、お店の中のものをああでもないこうでもないとコーディネートしてくれた。
私はなすがままだ。
もちろん、今日の装いも彼の見立てによるものだから、私は勝ち負けというよりも生誕祭を無事終えることに注力できた。
そろそろ王妃陛下の庭に貴族女性たちが集まっている頃だろう。
私はクリストフの選んだガーデンドレス(とクリストフが呼んでいた)に着替えると王妃陛下からのお呼びに応える形で控えの間へ向かった。
「陛下、昨日は……」
「良い。よく顔を見せてくれ。うんうん、元気そうだな。クリスが何かしたか?」
顔を合わせるなり謝罪から入ろうとする私を、王妃様は即座に遮ってしまった。
婚約者とは言え、まだ婚姻前の男女が夜着のまま(クリストフは夜着じゃなかったけど!)早朝から会っていたなど、知られていないはずと思いつつ顔を赤らめれば、王妃様は満足そうに頷いた。
「規則は規則。しかし、規則は守るべきものではない」
禅問答のような言葉に首を傾げていると、王妃様は私の装いを頭のてっぺんからつま先まで見聞し、一言、よし、と言った。
「王太子妃として恥ずかしくなく、とても愛らしいよ。クリスがどれだけ大切にしているかがわかるというものだ」
なにも言ってないのに。
自覚のある私は、王妃陛下の言葉に再び顔が熱くなるのを感じた。
「さあそろそろ時間だ。愛らしい我が息子の姫よ。今日は息子のためではなく、私の横で花を添えてもらうことになるが、いいね?」
「はい。王妃陛下」
そう応えると、まさかの王妃陛下にエスコートされて私はガーデンパーティの会場へと赴くこととなった!
そのエスコートは、クリストフよりも少しだけ強引で、ちょこっと胸が弾んだ。
「王国の月たる王妃陛下にご挨拶申し上げます」
次々に王妃へ挨拶に来る貴族女性たちを、私は王妃陛下の横ですまし顔でいた。
中には王妃陛下と元より親しい様子の女性に紹介されることもあった。
挨拶の合間に飲み物を口にしたり、この日のために王都で人気の菓子店が作った王妃陛下お気に入りのフルーツ入りの焼き菓子を小さく切って口の中に放り込んだりしていた。
正直、それくらいしかすることがなくって。
挨拶が立て込むこともあれば、大きくあくこともある。
そういう時には、これまでのガーデンパーティがどうだったとか、この後の狩猟大会での褒賞授与が以前どのようなことがあったかなどを王妃陛下が話して聞かせてくれた。
「実はな、ここだけの話だが、ギュンターはあまり狩りが得意ではない」
ギュンターとは国王陛下のことだ。
いつも王妃陛下の隣で、王妃の言葉に賛同する姿勢を一生懸命にとっている様子の国王陛下は、あまり政治にも強く意見することもないと聞いているので、争いごとが苦手なのかも知れない。
「本心では私が狩猟大会に参加したい。だが、ガーデンパーティを放っていくわけにはいかないからな。これからは隣にエルナさんがいてくれると思うと嬉しいよ」
儚げな印象とは裏腹の強さと美しさを併せ持つ王妃陛下は、やはり体を動かしたり強気でいく方が得意なようだった。
「クリスが初めて狩猟大会に参加した時には、いちばんの獲物を獲ってきてね、欲しいものをなんでもひとつ叶えると約束をしたんだ。どんな約束だったと思う?」
狩猟大会に初めて参加したということは、学園に入学した頃だろうか?だとしたら15歳くらい。その頃の男の子は何が欲しいのだろう?
前世知識でも、ろくなものが思い浮かばない。
だって、15歳よ?たとえば高校1年生でしょ?
う〜ん、その頃の男の子が興味のあるものって?
しばらくうんうん唸りながら考えたものの、何ひとつ思い浮かばなかった私は降参して答えを教えてもらおうとした。
「エルナさん。できないと正直に伝えられることは確かに美徳だが、自分なりの答えを提示もせずに答えだけを得ようとするのは、自分の成長にはならないよ。何かひとつでも答えを絞り出してみるんだ。間違ったって誰も罰しないのだから」
その言い回しに何処かクリストフを思い出し、ああ親子だなと思いつつ私は王妃様の言うように絞り出した答えを提示してみた。
「ワンコが飼いたい、とか?」
「ああ、そんな願いだったらどんなによかったことか」
「と言うことは、何かが欲しいと言うことではないんですか?」
「いや、欲しいものは欲しいものだったよ。クリスが欲しがったのはね、将来自分が愛する女性と結婚する権利だよ」
「……え?」
「どこで覚えてきたんだろうね、そんな願い事。そしてクリスの願いはそろそろ叶いそうってこと。叶えるのは、私ではないようなのだけどね」
私は今朝から幾度となく感じている、何かこそばゆい感覚に再び襲われる羽目になった。
こんな話を交えつつも、ガーデンパーティは王妃様にとって、適度に飲み物とお菓子を口にしながら挨拶を受け続ける行事という認識らしく、いつもよりも早いペースでカップの中身が減っているようだった。
座り続けている私たちは、パーティの半ばで一度退場し、少しの休憩を挟んで会場へ戻ることになっていたが、戻る途中で声をかけられ、気を遣った王妃陛下は先に席に戻ると告げて行ってしまった。
私は最近親しくなった学園の友人、つまりヴァレッタ様の取り巻き令嬢の数人といくつか言葉を交わした後に王妃様の席へ足速に戻った。
席に近づくと、そこには学園の同級生であるノーラ様が王妃陛下に飲み物を差し出しているところだった。
「ああ、エルナさんおかえり。実はちょうど飲み物が切れたところでね、ノーラ嬢におかわりを入れてもらっていたんだ。ノーラ嬢、エルナさんの分も頼めるかな?」
「もちろんでございます」
ノーラ様は先日のマナーの授業でも助け舟を出してくれた、ヴァレッタ様の取り巻き令嬢の中でも高位貴族であり、洗練された所作を自然にこなす優れたレディだ。
ノーラ様の入れてくれた飲み物は、先ほどまでの香りとは変わって、何処か独特な甘さが立ち上ってきた。
(あれ?この香り、どこかで……)
「あら?もしかして茶葉が違いますか?」
「ええ、お気づきですか?実は我が家でも最近入手した、果実で香りをつけた紅茶なんです。どうぞお楽しみくださいね」
そう言ってノーラ様は王妃様のテーブルを離れた。
私がノーラ様の入れてくれた飲み物に口をつけようとすると、王妃様がすまなそうな声で頼んできた。
「エルナさん、すまないが私の飲み物と交換してもらえないか?実は私は無類の紅茶好きなんだ。その新しいと言う紅茶をぜひ味あわせてもらいたい」
「いいですよ。それでは交換をいたしましょう」
そうして、カップとソーサーを互いに交換し、ようやく飲もうとした時、先ほどの独特な香りについて思い出し、慌てて王妃様の手を止めた。
「陛下!待って!!」




