第15話 髪飾りを贈る意味
「エルナのお父上にお会いしたよ」
早朝にもかかわらず、いつもより少し崩したシャツとトラウザー姿で現れたクリストフは、子供のように自らの行いに拗ねた返答を繰り返す私に、父との話を聞かせてくれた。
「とても心配していたよ」
ツキンと胸が痛む。
父親に心配をされるのは、なんだかとっても嫌。
「でも、今日の晩餐で皆で元気に会おうとお約束をしたら、安心をしていただけたよ」
皆、家族みんな。
マリエンベルクは兄弟が多く、私は長女で、下に妹弟が何人もいるのに。
王妃様は残らずみんなを晩餐に招待してくださった。
そのみんなに会える。
「会える、かな?」
「会えるとも」
「二日目は欠席したのに?」
私が気にしていることを口にすると、クリストフはひとつクスリと笑った。
「やっぱりな。そこを気にしていたんだ。ねえエルナ、例え公式行事でも、体調不良で欠席をすることは特に珍しいことではないんだよ」
「そうなの?」
「確かに何かにつけて足を引っ張ろうとする者や、それをネタに仕掛けようとする者もいるかもしれないが、自分の体調をしっかりと見極めて必要な行動を取れることも大事なんだ」
そうは言っても、自分が主役の公式行事をドタキャンできるはずない。
私は納得がいかなくて、手元に目線を落とす。
「エルナのための公式行事は、学園の卒業後だ。それまでにいろんな経験をしてくれたら嬉しい。もちろん、出席ばかりでなくう、欠席の対応もね。だから、いいんだ」
優しすぎる。
そんなわけない。
世界はもっと、他人に厳しくて、異端に冷たいのでは?
「王妃がそれでいいと伝えてくれと」
「え?」
王妃様からの言葉なの?
そう言えば、生誕祭の前日の夕食を最後に、ちっとも王妃様に会えていない。
いつもなら王族専用食堂で、みんなで夕食を取っていたのに。
「夜光貝の髪飾りをとても気に入っていたよ。絶対にエルナに伝えてくれと言われたんだ」
献上の儀では、貴族たちからは不評のように感じ、一日目の晩餐では他国のお客様から評価をいただけて国内の工房までご提案できた、あの夜光貝を?
私は嬉しくなって、クリストフの顔を見つめた。
「本当?」
「ああ。母上は自分の髪の色をあまり好いていなくてね。色がなくてつまらないのだとか。だからこれまでの夜光貝は、真珠のような虹色の光沢は確かに美しいが、もっと華やかな色が欲しいとずっと思い悩んでいたらしいよ。そこへエルナの手ずからの夜光貝が美しい海のようだと、それはそれは喜んでね。生誕祭中は献上品は陳列されたままだから、まだ手にできないことを悔しがっていた」
「ふふ。実は他にもいくつか作ったものがあるの。それも気に入ってもらえるかな?」
「きっと気に入ってくれるよ」
王妃様が喜んでくれた。
建前ではなく、本音で。
それを知れただけで、報われた気分になる。
ティーカップを持った掌からだけではない、体の内側からホンワリと暖かさを感じた。
「それと、俺からはこれを」
ゴソゴソと何処かから取り出したそれは、銀細工に青い石のあしらわれたかんざしだった。
「本当は今日も一緒にいたい。しかし三日目は男性と女性は分かれて公式行事が行われる。俺は狩猟大会へ行かなければならないし、会えるのは行事終了後に迎えに行ける時までお預けだ。だからこれを」
贈り物というのは、すべてに意味がある。
妃教育の中で知った知識のひとつだ。
貴族女性としては常識の範疇らしいが、辺境の貧乏伯爵令嬢にはとんと縁のない世界だった。
髪飾りを送るのは、「一緒にいたい」というメッセージ。
そして、中でもかんざしに込められた想いは……「君を守る」
なにそれ。
クリストフはどうしてそういうことができるの?
女性の理想を詰め込んだ王子様がいるのは、虚構の中だけじゃないの?
ああ、そう言えばこの世界は、『救国の悪役令嬢』の中なんだったっけ?
でも原作のクリストフは、あっさり男爵令嬢に落ちて国を崩壊させる元凶王子なのに、どうしてこんな、私の喜ぶようなことができるのだろう。
文句をあれこれと思いながらも、そっと握り込んだかんざしを私は胸に近づけてクリストフを見つめた。
「ありがとう。私、今日も頑張れる」
「君がいつも頑張っていることは、俺がよく知っているよ。エルナはエルナのままで、その時にエルナの思うようにやってくれればいい」
そう言ってくれるあなただから、私は頑張れるのだけど。
いつだったかも同じことを言ったら、「クリストフのために」より、「クリストフといたい自分のために頑張るエルナ」の方が嬉しいなんて言われた。
同じのようで、ちょっと違うらしい。
同じじゃないのかしら?
もう一度、手を開いて贈られたかんざしをじっと観察してみる。
銀細工は繊細で、青い石はおそらくブルートパーズだろう。
いつだったか私がそう言ってから、クリストフは自分の瞳の色のような濃い青のトパーズを集めている。
緑色の宝石も。
「今日はこれを髪にさして参加してくるわ」
「元気になったようで嬉しいよ。さあ、早めの朝食にしよう。昨日はなにも食べずに寝てしまっただろう?」
「そう言えば、お腹ペコペコかも。こういうの、嫌いじゃないのよ」
「もちろん知ってるよ。いつもお腹をぐーぐー鳴らしているお姫様、そのお腹を私めに満たさせてくれませんか?」
「少しだけなら、許します」
「ありがたき幸せ。ではこちらへ」
不思議。
目が覚めた時は、もうこの世の終わりかと思うくらいに辛かったのに、クリストフが部屋に来てからほんの数分で、冗談を言い合えるほどに回復したみたい。
この人はもしかしたら、王子様じゃなくて、魔法使いなのかも知れない。
朝までぐっすり眠ったおかげなのか、クリストフの魔法の効果なのかはわからないが、私は二日目の晩餐を欠席した負い目をすっかり忘れて、生誕祭最終日のガーデンパーティへ臨むことになった




