第14話 生誕祭二日目の晩餐会(クリストフ視点)
クリストフ視点です。
「おや?殿下、婚約者殿はご欠席ですか?」
バルコニーからパレードと気を抜く暇のなかったエルナを休ませることにした二日目の晩餐会場には、一日目に招待されなかった貴族の面々が集まっていた。
多くの賓客貴族を捌くため、二日に分けてはいるもののそこに優劣はない。公式には。
国内の貴族は単純に序列順で交互に振り分けているため、自ずとローゼンベルクとブランシュフォードが同席することはないのだがーー
その日、目ざとくもエルナの不在を見咎めたブランシュフォード公爵は嬉々とした表情を隠しもせず近づいてきた。
(会話を中断してまで言いにくることか?)
三日に渡って開催される王妃生誕祭は、まさに三日三晩のお祭り騒ぎだ。
毎晩開催される晩餐会の中でも、一日目と二日目に分けて国内外の賓客貴族をもてなし、王妃からの祝福として返す。
王族だけではなく、建国三英雄であるブランシュフォードも国外の賓客をもてなす側であるというのに。
ブランシュフォードには公爵位としてふさわしくあれと、他国からの客対応を任せていた。
それがどうだ。
客対応もそこそこに、苦言を呈しにくるほど余裕とみえる。
俺は一日目の献上の儀の黒幕についての推測を頭の片隅に留めながら、ブランシュフォード公爵に向き直った。
「ああ、心配してくれているのか。ありがたく受け取っておこう」
皮肉を言い連ねようとする彼の鼻柱はあらかじめ、へし折るでもなくキャンセルしたい。
俺のこのやりようが、彼に諦めを選択させられない要因のひとつでもあるようだが。
「もしかして何かご無理でもなさったのかしら?」
ブランシュフォード公爵の腕に手を添えている女性が、さも心配げに首を傾げる。
確か国内の侯爵家へ嫁いだ、ブランシュフォードの次女だったか。
嫁ぎ先の侯爵家は昨日の晩餐会に出席していたように記憶している。
確か彼女もいたように思ったが。
俺が何も応えずにいると、彼女はまだ自身のターンと勘違いしたのかさらに続けた。
「きっと慣れないご公務がお辛かったんだわ。聞けばとても謙虚な方でいらっしゃるとか。可哀想に」
そう言いつつ、目元の緩みが隠せないでいるようだが。
ブランシュフォードには4人の娘がいたが、どのご令嬢も今代の王子とは年回りが合わず、長女を除いて全員が国内の貴族と縁付いた。
(ああ、そうか。次女はシグルドセンへ嫁いだのだったな)
シグルドセンといえば、ちょうどエルナと同じ歳の娘がいた。
つまり、あのご令嬢はブランシュフォードの血縁ということ。
シグルドセンは宝飾を得意とし、貴族のご婦人方には熱心な収集家もいると聞く。
国内外で手広く商うハルトマン家とも親交が深かったはずだ。
(エルナへの贈り物には、まだ選んだことがないが。果たしてこの先、選ぶことがあるのかないのか)
俺が大人しく耳を傾けていると思ったのか、ふたりはここぞとばかりに持論を展開しては、遠回しにシグルドセンの娘を薦めてきた。
ヴァレッタと仲が良いだの、エルナの力になりたいだのと聴こえのいいことを言ってはいるが、己の血縁がいかに優秀かといった帰着にしかならない話題に飽きてきた俺は、そろそろガス抜きを終了させることにした。
「ところで、シグルドセン夫人。昨日の晩餐で何か不都合はありませんでしたか?」
「え。いいえ、とんでもございません。豪華で素晴らしい晩餐に夫ともども大変楽しませていただきました」
「それを聞いて安心しました。まさか今晩もお会いできるとは思いませんでしたので、昨晩の晩餐では満足いただけなかったのかと」
「「……」」
二晩続けて晩餐にありつこうとするほど、困窮でもしているのか?
なんてな。
閉口したふたりを席に案内するよう指示し、俺は晩餐会後の懇談会場へ足を向けた。
サロンへ入るなり、愛しの姫君と同じ髪色をした男性を見つけ、俺から挨拶をしにいった。
「マリエンベルク伯爵、今夜はお越しいただきありがとうございます」
ご友人らと歓談している伯爵へ声をかけると、そこへ集まっていた面々がそれぞれ挨拶を返してくれた。
「ご歓談中に申し訳ない。少しマリエンベルク伯爵をお借りしていいだろうか」
気位が高いと言われている貴族の中でも、マリエンベルク伯爵の交友関係は穏やかな者が多く、快く送り出してくれた。
俺たちは少し離れたソファ席へ腰掛け、使用人に飲み物を頼んだ。
飲み物が届けられ、しばらく当たり障りのない会話をした後、徐に伯爵が口を開いた。
「殿下、私どもはしがない辺境の貧乏貴族にすぎません」
俺は黙って、口に運ぼうとしたグラスを下げた。
「エルナは、領民に混じって遊ぶような、親の欲目で見ても令嬢らしからぬ娘でして」
そこで一旦言葉を切ると、伺うような顔で尋ねた。
「今日の晩餐では、エルナと会えると思っていたのですが……今、どうしているのかと」
親として当然の心配だろう。
一日目の献上の儀にも彼は会場の隅からエルナを見守っていた。
二日目はパレードに出発する観覧席にいたようだが、本来であれば今夜の晩餐会でエルナと顔を合わせられる予定だった。
その娘が晩餐会を欠席したのだ。
俺は努めて穏やかに伯爵へ応えた。
「マリエンベルク伯爵。私はあなたの大切なご令嬢を唯一無二と選んだことを、誰にもとやかく言わせるつもりはない」
伯爵は真剣な顔で俺の言葉を待つ。
「彼女は確かに、とても努力して妃教育に、公務にと臨んでくれている。それを私は全力で支えるつもりだ。そして、それは今日も。彼女は全力で国民に向かって笑顔を向け、手を振り続けてくれた。だから、今夜はゆっくり休ませたいと俺が願ったのだ。会わせてやれず、申し訳なく思う」
少しだけ頭を傾ける。
下を見ているようにみえるぐらいの角度で。
王族が臣下に頭を下げるなど、あってはならない。
しかし、彼は俺にとっても義父となる存在であり、彼女の大切な家族だ。
「そうでしたか」
俺の挙動にやや腰を浮かせかけた伯爵は、ゆっくりと体をソファへ戻した。
「明日の晩餐には、皆様でいらっしゃるのでしょう?」
王妃生誕祭三日目の晩餐会は、実は家族で過ごす時間となっている。
そのため、今回はエルナの両親をはじめとした家族全員を招待した。
「はい。まさか家族全員に招待状を送ってくださるとは思っていませんでしたが」
「エルナは皆様に会えるのを楽しみにしています。明日には元気な姿をお見せできると思いますよ」
そう言えば、彼は穏やかに微笑んで、安心しましたと応えた。
生誕祭も残すところあと一日目。
このまま大きな揉め事もないままに、恙なく済むことを誰しも望んでいると思っていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
次のお話もぜひ、お楽しみに♪




