第12話 パレードはお留守番
日が明けて、王妃生誕祭二日目。
私は予定外の馬車上にいた。
「エルナ。あそこを見てみて。ほら、小さい女の子が手を振っているよ」
「わ、わあ……」
クリストフの指した方向にグギギと首を向けると、父親だろう男性に肩車をされた幼い少女が手を振っているのが見えた。
私は筋肉を総動員させた顔をなんとかキープしつつ、指を揃えて手を振る。
こんなことを、かれこれ数時間続けている。
(おかしい。今日はお城でお留守番するつもりだったのに)
ことの起こりは午前のバルコニーからだった。
いつもより豪華なドレスを着させられた私を迎えにきたクリストフは生誕祭を祝うにふさわしい豪華な装いだった。
王妃の生誕祭の最中だ。
クリストフは王太子なのだし、パレードにも参加するのだろうから、派手にもなる。
私はといえば、王太子の婚約者として恥ずかしくない装いをするのは最低限のマナーだろう。
だから、ドレスが豪華なのは仕方がない。
クリストフがドレスを褒めてくれるのも、いつものことだと疑いもしなかった。
そんなクリストフに連れられバルコニーへ向かう控の間にやってきて、ようやく何かがおかしいと気づいた時には、もう遅かった。
控の間には既に両陛下とテオドール様が待っていた。
「エルナさん、今日もとても素敵よ」
到着早々声をかけてくれたのは、王妃様だ。
その隣で目尻を垂らして頷くのが国王陛下だから、この国のパワーバランスは推してしかるべし。
「あ、兄上も、今日もとても、カッコいいです……」
語尾が近づくにつれて声が小さくなるテオドール殿下は今日も天使である。
ああ、なんて眼福ファミリー。
今日もありがとうございます。
私はここで皆様を見守っていますよ、なんて気楽に微笑んでーーいられるわけがなかったのだ。
「ありがとう。テオドールもとてもカッコいいよ」
天使テオドール殿下に向かって可愛いではなくカッコいいと評しているのは、兄なりの優しさなのかな。
頬を真っ赤に染めて喜んでいる様子のテオドール殿下は、どうやらクリストフの剣や弓の鍛錬を見学するのがお好きなそうだから、カッコよさに憧れているお年頃なのかもしれない。
(和む〜)
気を抜いてホカホカしていたところ、クリストフが私の手を離さないままバルコニーへと足を向けた。
途中まで風船のように連れられて歩いたものの、ふと我に返って、声を上げれば、その優雅な微笑みのまま落とされた発言に、私は凍りついた。
「あ!殿下、私はここで……」
「うん?何を言ってるの? エルナはもう既に準王族。その扱いは王族相当になったのだから、王族として行動することになるんだよ」
「うへ?」
「やっぱり、気がついていなかったんだね。そういう自然体のエルナも私は好きだけど、私に一人で公式行事に参加させるつもりかな?」
そうでした。
基本的にパートナーと同伴して出席することが求められているこの世界。
婚約者のいる成人王族が、まだ婚姻をしていないとしても、婚約者を伴わずに出席することの方があり得ない。
(だからこその、準王族だったわ)
引き摺られるままにバルコニーへ出て、国王夫妻に並んでクリストフと国民に向けて手を振らされた。
(え?ってことは、パレードは?もしかしてお留守番できない?)
完全に失念していた。
王妃様の生誕祭なんだから、二日目はいちばん楽できると思っていた。
パレードに繰り出すのは両陛下だけだと思っていた。
とんでもない。
両陛下の後に、少し間隔をあけて王太子夫妻の馬車が続くんだと。
夫妻じゃないですけど?
だから私はやらないと思ってたのよ。
だって、ただの婚約者だから。
王城でお留守番だと思ってたの。
とんでもなかった。
大事なことだから二回言ったよ。
だって、パレードの馬車は屋根がないんだよ。
いつもの移動とはわけが違うんよ。
ゆっくりゆっくり動くんだよ。
王城を出発してメインストリートをぐるっと回って戻ってくるのに、どんだけ時間がかかるってんだよ。
ああ、テオドール殿下が国王様と王妃様に挟まれて微笑んでいる。
なんで天使が乗るのが、この馬車じゃないんですか〜?
抵抗なんて許されるはずもなく、あれよあれよと馬車に連れ込まれ王城を出発したのが数時間前。
そして今、私の表情筋は限界を迎えていた。
長時間、笑顔で居続けるよう強いられたことはある?
ただ笑っているんじゃない。
面白いからとか、楽しいからとかではなく、笑顔を見せ続けなければならない状況で、笑顔で居続けるの。
ずっとよ。
ずっと。
段々顔の筋肉がいうことを聞かなくなっていくわ。
まるで頬が固まったように感じてくるの。
そのうち自分の笑い方がひどく滑稽なんじゃないかと思えてきて、多分目元に何かの狂気が宿ってくるんだわ。
そして、今まさに瞳に狂気を宿らせて口角だけ無理やり釣り上げているであろう女が私、エルナ・マリエンベルクである。
失念していたとは言え、急に要求された“ずっと笑顔でお手てフリフリ任務”をなんとかやり遂げなければと気合で乗り切った私は、城に到着するなり少し休憩をさせてもらったのだがーー
次に意識を取り戻した時、時刻はまさかの翌日の朝だった。
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