第11話 生誕祭一日目の晩餐会
生誕祭一日目の晩餐会のためのドレスに着替えた私は、クリストフに導かれながら晩餐室に入場した。
昼間とは打って変わって大きく開いたデコルテには、彼の瞳色の宝石のネックレス。
彼はタキシードに着替えている。
賓客をもてなすための晩餐会場は、王族専用食堂とは異なり、室内の装飾は煌びやかでかなり広い。
壁や天井の細部に至るまで、国内の芸術家による工芸で構成されている。
芸術大国であるベルフォールには劣るものの、グランツフェルトでもこれまで多くの芸術家を排出してきた。
王城の建設時に活躍した芸術家の作品が天井を埋め尽くし、晩餐の趣旨に合わせて選んだ新進作家たちの彫刻や絵画を配している。
宮廷音楽家たちの調べは、グランツフェルトの伝統音楽の中でも穏やかで、この季節によく歌われる歌のようだ。
ふと、気遣うようにキュッと手を握られた。
少し足が止まっていたようだ。
手袋越しに伝わる体温が、私の心まで温めてくれるみたい。
右側をやや見上げれば、彼と目が合った。
おそらく献上の儀を終えてすぐに駆けつけてくれたのだろう。
もっと待たされると覚悟していたのに、思いのほか早く彼の顔が見れたことに気が抜けた私は、ちょっとここでは言えないくらい甘やかしてもらった。
別に、人に言えないことはしてないから!!
そんなわけで、持ち直した私は無事晩餐会に出席できたのだ。
私の席へエスコートしたクリストフは、向かいの席に着席して、私にだけわかる小さな合図をくれた。
(うん。そうだった。私は、この人のそばにいたいと願ってしまったんだった。そのために今日まで頑張ってきたんだもの。百点満点じゃなくていいって言ってくれた。私の今できるところまででやりきろう)
晩餐会では男女が交互に席に着く。
私の両隣には、他国から王妃様の生誕祭を祝うためにいらした賓客の男性。
クリストフの両隣にいるのは、彼らの奥様のようだった。
主に両隣のお客さまをもてなしつつ、時折奥様が話に割って入るなど、晩餐会は大きな問題もなく進んだ。
他国からのお客さまだったものの、同じ言語を使う国であったこともあり、私もこれまでのレッスンの成果を発揮できたと思う。
それに……
もしかしたらこの方達は、献上の儀には参加されなかったのかもしれない。
“知らない”は、やりやすい。
相手からどう見られるかと気にしなくていい。
だって、相手は私を“知らない”。
それだけで、私はとても自由に振る舞えた。
「そういえば、先ほど王妃様への贈り物を拝見してきましたよ」
片方の男性が何かを思い出したようだった。
献上の儀の贈り物は、生誕祭の間中陳列され、誰もが見物できるようになっている。
「もしかして、あなたの贈り物も置かれていませんか?名札に書かれていた名前を今ふと思い出しまして」
「ええ。私も献上の儀に贈るものとして参加しておりました」
「あれは非常に美しかった。あのような複雑な色合いは見たことがありません」
そのひとことで、私の内側で、大きな何かが膨らんだ気がした。
あの色の美しさを共感してくれている人が、今目の前にいる!
「そう言っていただけて、大変嬉しく思います。自然物が作り出す唯一無二の色なんです」
「あれはなにからできているんですか?」
「夜光貝はご存じですか?」
「どこかで聞いたことが……ああ、最近妻に贈ったものにあったかもしれない。しかし、あのような色はしていなかったな」
そう。
この世界の多くの人が知る夜光貝は、青緑をしていない。
私はあの髪飾りを作っていた時を思い出しながら、そのわけを説明した。
「あの複雑な色の層を磨き落とせば、ご存じの真珠層が出てくるのです」
「なんということだ!つまり、あの自然の芸術をすっかり無くしてしまっているということか!」
「そうなんです。一般的に好まれているのは、真珠層の虹色の美しさなので」
残念そうにやや俯いてしまうのは、まだ自分の価値観に自信を持てないせいなのかな。
昼間のことを心のどこかで思い出す。
「いやいやいや、あの青緑と共に時折垣間見える真珠の光沢が相まっている様が私は美しいと感じましたよ。あれはどこで手に入りますか?」
しかし、男性の反応は思った以上に好評だったため、私は思い切って国内の宣伝という、王太子の婚約者らしい働きを見せてみることにした。
「マリエンベルクにはいくつか工房がありますので、そちらでオーダーされるのがよろしいでしょう」
「マリエンベルクということは、エルナ様の?」
「ええ、父が領主を。南洋に面した、何もない場所ですが」
「とんでもない!今度そちらへ足を伸ばさせていただきます。実はここだけの話、先ほど妻が大変気に入った様子で」
「まあ。ではこちらの工房へ行かれると、お話がスムーズかもしれません」
やった!
親方の工房の宣伝までできた!
昼間はあんなに辛かったのに、なぜか今はとても自然に会話し、宣伝までできた。
“知られていない”から?
相手に先入観がなかったから?
そうとも言えるけど、それだけじゃない。
相手が私に悪感情がないと安心したからだ。
王太子の婚約者で、賓客をもてなす場所に座っている人間だから、相応の人物だと思ってもらえていた。
そのことが、自然と私に自信を与えてくれていた。
だから、妃教育の成果を発揮できたし、自国の宣伝までできた。
昼間はすっかり自信を無くしていきた心地がしなかったけれど、なんとか出席できた晩餐会で、私は外交の手応えを感じていた。
この気持ちのまま、生誕祭の最後まで自分の役目を全うした。
この夜は確かにそう心に誓ったのだ。
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