第10話 どいつもこいつも(クリストフ視点)
(また誰かが動いたな)
俺は玉座のある壇上からことの成り行きを見守っていた。
王太子となって初めての王妃の生誕祭は、不穏な空気ではじまった。
開始早々、誰よりも早く名を呼ばれるはずのエルナが、その名を呼ばれなかった。
王太子の婚約者に確定し、妃教育が進み王城の王族居住エリアに部屋を持つこととなったエルナは既に準王族として遇する事になる。
このことは宰相とも共有し、今回の行事でもそのように周知されたはずだった。
つまり、爵位順に名前を呼ばれる献上の儀では、誰よりも先に呼ばれる。
それが、そうはならなかったのだから、明らかに何かが起こっている。
呼び間違いかと思えば、公爵位の家門を呼び終えても呼ばれない。
俺は視線を正面に保ちつつ、視界の中で注視する箇所をコントロールしつつ会場全体の異変を探した。
献上台に並べられた名札を順に読み上げるだけの係の者は、その間違いに気づいている様子はない。
献上台には空白箇所もなく、設置の段階で既にエルナの場所がなかったことが想定できた。
ここからでは名札に書かれた名前までは読み取れないが、おそらく彼女の生家の爵位に並べられているのだろう。
並べられているのであれば。
ここまでわかれば、あとは容易に予想が立つ。
儀礼のすべてを牛耳るのは、祭礼のブランシュフォード家だ。
(やってくれたな)
建国三英雄の一翼であるにも関わらず、武門のローゼンベルクに敵愾心を燻らせるブランシュフォードではあったが、気楽に取り潰していいような家ではない。
過去には多くの人材が我が国を支えてきた。
(当代のブランシュフォードは、少し拗らせているようだがな)
王族となったグランツフェルト家と武人を多く輩出するローゼンベルク家、祭礼に際立った能力を発揮してきたブランシュフォード家が建国三英雄だ。
昨年の建国劇では建国の経緯に少し演出を加えたが、三つ巴による統治よりも、グランツフェルトを頂点として二家が支える形にすべきと訴えたのは、言い伝えによればブランシュフォードだった。
しかし、いつの間にかローゼンベルクと対等ではないと感じたブランシュフォードが、ローゼンベルクも、そしてグランツフェルトすらも抑えて、天下を取ろうと動き出した。
(それ自体はなんの問題もない。御せばいい、ただそれだけだ)
だからこそ、ブランシュフォードの思惑に乗った形でクーデターを阻止するために動いた。
結果、俺と男爵令嬢のロマンスによる国民支持はそのままエルナに置き換わり、王室の人気も上昇した。
クーデターの存在など、誰にも気づかれない。
派手でもなく認識すら生まれない方法ではあったが、未然に防ぐこと自体が俺の目的だった。
(誰にも一線を越えさせない、というのは少し過保護が過ぎたかな)
乗り越えてくれるだろうという期待は、すなわち信頼の表れだ。
あえて手を差し伸べない。
一度はそうやって、彼自身の自浄力を信じて任せる事にした。
(しかし、簡単ではなかったようだな)
燻らせ続けることを選択したブランシュフォード公爵は、王妃の生誕祭で事を起こした。
エルナの王太子妃としての不適格性を露見させるという狙いで。
視界の隅の方にブランシュフォード公爵はいた。
まばたきを忘れたように目を見開き、血走らせている。
犯行は明らかであっても、俺は儀式の継続を選んだ。
これ以上、エルナの心を壊さないために。
血の気の失せた顔はいつも以上に白く、わずかに手が震えている。
体を硬くしながらも大きな動きを堪えて呼吸をしている様は、意識して整えようとしてることが見て取れていじらしい。
やがて周囲の貴族らが小声で囁き始めれば、彼女の視線の先は定まらなくなっていった。
(すまない……つらいよな。あと少しだけ、辛抱してほしい)
この場で声を上げ糾弾することは簡単だ。
しかし、そうしてしまえば余計に彼女に注目が集まる。
火に油を注ぐのは明らかだった。
それに、彼女は王妃への贈り物を、時間をかけて、本人は秘密のつもりで、一生懸命に作っていた。
母上に贈るのを楽しみにしていた。
彼女に献上の儀をやり遂げさせる、そのために俺は心を殺してフォローをすることが今できる最善と考えた。
やがて伯爵位の最後になってようやく名を呼ばれたエルナは、なんとか贈り物に込めた心を言葉にすることができ、退出した。
それにすら口さがない貴族はいたようだが。
そして俺にできることは、俺の顔からは何も読み取らせないことだった。
誰もがエルナを気にしつつ献上をすませていた中で、朗らかな笑顔を絶やさない女性が一人いた。
計画したのは彼女ではないだろう。
しかし、用心するに越したことはない。
すべての献上を終え、国王夫妻と謁見の間を退出した俺は、一言断ってからエルナの元へ急いだ。
王族の居住エリアは、謁見の間からかなり離れている。
それでもできる限り早足で駆けつければ、彼女は窓辺に腰掛けどこを見るでもなく過ごしていた。
テーブルの上には何もない。
俺が入ってきたことで姿を消したメイドはこれからお茶を差し出すつもりか。
後でトビアスに指示することができたな。
そんなことを頭の中で処理しながら、俺はエルナのそばに寄り、隣へ腰掛けた。
「……エルナ」
静かに名を呼べば、ゆっくりとした仕草で顔をこちらへ向けた。
無表情だったその顔は、俺を認めた途端にくしゃりと歪んだ。
まったく。
どいつもこいつも、と心の中で舌打ちしそうになったことは、エルナには内緒にしておいてほしい。




