第7話 公爵令嬢の朝の嗜みは想像の斜め上
「ほへえ……」
朝イチで馬車に詰め込まれ、まるで拉致のように連行されてきたっていうのに、公爵邸につくなり、焼き菓子と香り高いお茶が並んだテーブルに案内されて、私は今ひとりでぽつんと座っている。
「お嬢様はまもなくいらっしゃいます」
そう言ってお茶を注いでくれたメイドさんに、ついにやけた顔を返すと、メイドさんもへらっと笑った。
その笑顔の奥に、どこか緊張が混じっているのが気になる。
所在なく視線を巡らせると、茶褐色の調度品が光を吸い込むように静かに輝いていた。
ルビー鉱山所有の公爵邸ともなれば、さぞかしギラギラした装飾かと思いきや、実際は控えめで、どこか“武の家門”らしい質実剛健さが漂っている。
重厚な扉の近くにはメイドが数人。
邸内に案内された時から、いや寮にお迎えが来た時から、彼女たちはそわそわしていて、私のことをチラチラ見られている。
(なんだ?魚クサイか?)
流石に領地を離れてかなり経つから、魚臭いってことはないと思うんだけど……。
さすがに暇を持て余し、視線の絡んだメイドさんに声をかけてみる。
「あの、ヴァレッタ様は……」
「お! お嬢様は今朝の鍛錬のお時間でして、終わり次第こちらにお越しいただくことになっております。」
「はあ、そうですか」
(いや、それならなんでこんなに急いで連れてきたんだね、え?
顎しゃくれちゃうよ)
令嬢らしからぬ前世の顔芸が出そうになったのをグッと堪え、紅茶を一気にあおる。
……あら、美味しい。
さすが公爵邸じゃな〜い。
これならお菓子も期待できるわん♪
と手を伸ばしたところで、先ほどのメイドがおずおずと近づいてきた。
「あの、マリエンベルク様、つかぬことをお聞きいたしますが、お嬢様と仲良くしていただいているとか……」
(お〜菓〜子〜)
気持ちがお菓子に向かい始めた私は誰にも止められない。
焼き菓子をつまみ、「はい」と答えるや口に放り込む。
もぐもぐしている間は会話できないんだからネッ。
仲良くと言ったって、もとは最後列の取り巻きなんだけどな。
面倒だからそのまま首肯すると、メイドたちの間でキャアと声が上がる。
「お嬢様に! お嬢様にお友達が!」
「仲良くされているご友人をお招きになるなんて!」
(……いや、そんな大層なものじゃ……)
なんだろう、見定められてるってより、
“うちのお嬢様の学園での話聞かせてください”っていう使用人総出の聞き取り調査に呼び出された感がすごい。
(めんどー。ていうか、仲良くするのはこれからなんだよな〜)
否定するのも忍びなく、かと言って嘘をつく気にもなれず、どうしたもんかと逡巡する。
(そういえば、朝の鍛錬とか言ってなかった?)
ちょっと興味あるかも。
殿下の婚約者の公爵令嬢は、朝にどんな鍛錬をしているの?
「よろしいかしら?」
内輪で盛り上がっているメイドに声をかけ、ヴァレッタ様の鍛錬を見学したいと伝えると、感動したかのように目を輝かせ、すぐに訓練場へ案内された。
「こちらでございます」
邸内で挨拶した家令であろうナイスミドルが、いつのまにか横にいた。
訓練場には硬質なもの同士がぶつかり、擦れ合う音がいくつも響いている。
剣がぶつかる音が胸の奥まで響き空気そのものが鋭い。
あれ?
来ちゃったけど、もしかしたあかんかった?
私の場違い感、すごない?
「我がローゼンベルク家は国防の要。騎士団長を務める公爵様の元、日々騎士たちが鍛錬をおこなっているのです」
ほへえ。
ルビー鉱山所有ってだけでもすごいのに、武の家門……?
超金持ちで、戦えるって、つよつよでは?
「騎士団の訓練をこちらで? 王宮で行われるのではないのですね」
ナイスミドル家令さんはにこやかに答える。
「お休みの日はお嬢様がこちらで訓練をなさるので、鍛錬のお相手に立候補したい騎士のかたがたがこちらへお越しになってしまうので、旦那様がそういうことならと訓練場を開放なさったのです」
(なるほど……“お嬢様と鍛錬したい騎士”が殺到するのね……)
するといつからかこのようになってしまいました、と困ったように肩をすくめるもどこか誇らしそうである。
「お嬢様は……あそこにいらっしゃいます」
指さされた先を見ると──
いつもの静かで可憐なヴァレッタ様とはまるで違う姿があった。
艶やかな長い黒髪は高い位置でひとつにまとめ、乗馬服に似たズボンスタイル。
腕を大きく動かして剣を振るう姿は、麗しくすらある。
鍛錬相手は背が高く、筋肉が隆々としたマッチョさん。
(う〜ん。真逆ですな)
冷静沈着氷結王子とは真逆のタイプ。
汗がきらめき、腕が太く、体が分厚い。
短く刈られた赤褐色の髪は光があたると橙にも見える。
目元に刻まれたシワは、普段どんな表情をしている人物なのかうかがい知れるようだった。
刃をつぶした訓練刀で打ち合いながら、ふたりはとても楽しそうだ。
ここからではよく聞き取れないけど、口の動きから何かを話しているのがわかる。
ヴァレッタ様の口元がふっと緩み、とても自然に笑っている。
(あんな笑顔を間近で?自分に向かって?そりゃあ騎士の皆様はお嬢様と鍛錬したくなるでしょうよ)
本当に鍛錬相手の立候補かあ?なんて、殺到する騎士様の下心を邪推したものの、ナイスミドル家令さんが言うには、お嬢様がとてもお強いので、挑戦しにいらっしゃるのだとか。
え? 公爵家のお嬢様、お強いの?
区切りがついたのか、ふたりが剣を下ろし距離が近づく。
何か言葉を交わしているのを見つめすぎていたせいだろうか、こちらに気がついた。
一瞬驚いたような顔を見せたあと、すぐに大きくこちらへ手を振ってくれたから、
私も前世の癖で、大きく両腕を振り返す。
ナイスミドルさんはギョッとしたが、すぐに持ち直した。
メイドさんたちからは生暖かい視線が飛んでくる。
マッチョさんに訓練刀を渡すと、額に汗をきらめかせながらヴァレッタ様が駆け寄ってきた。
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