第5話 私、やっちまいました
「ご覧になって。未来の王太子妃はとても天真爛漫でいらっしゃるようだわ」
「私、何かを思い出しそうになりますわ。あれは、ええと……」
「あら、まるで我が家のナラのよう」
「そうですわ!あの様子ではかけらも残らないかもしれないわ」
「あなたの家のナラと言ったら、あの可愛らしい子犬のことかしら?」
「ええそうよ、子犬の頃はそれはもう可愛らしかったの。あの頃を思い出しますわ」
「可愛らしかったですものねえ」
「ええ、本当に。一心不乱で」
「まっしぐらでしたもの」
「「「「ねえ〜〜〜」」」」
こちら。なんの会話かと思うことでしょう。
なんとこれ、マナーの授業での会話なのである!
学園でのマナーの授業は学年をまたいで実施される。
新入生はその基本を学んでから合流となるため、その日の授業は2学年から5学年までの合同授業だった。
当日のくじ引きでグループが分けられ、ひとつのテーブルには6人前後が席につく。
お茶選びやお菓子選び、話題の振り方や情報収集など様々なお茶会での振る舞いを実地で経験を積むのが目的だ。
つまり、私にとっては妃教育の成果を試す絶好の機会のはずだ。
そう、そのはずなのよ。
ところが、だ。
私はその格好の見せ場でやっちまったわけだ。
なにをやっちまったかの前に、まずは私の言い分を聞いてほしい。
頑張るぞーと決意を新たにした私は、今までより頑張ったせいで疲れが溜まっていたっぽい。
さらに、その日のお菓子がそれはそれは美味しすぎた。
なんたって最近王都で話題の有名菓子店の新作。
しかもそれが程よい塩味の効いたクリームだったから、なんかもう後引くうまさだった。
ふわふわとふわふわの間にクリームの挟まれた、淑女殺し菓子(私が命名)シリーズなもんだから、みんなどうやって食べるか思案していた。
え?私?
オマエはどうやって食べたのかって?
そりゃ、バーガースタイルの食べ物の食べ方なんて、ひとつしかないでしょうよ。
しかも疲れてたんですよ?
いくでしょ、ガブっと。
……そういうわけよ。
やっちまったってわけよ。
かぶりついた瞬間、至福と地獄は同時にやってきた。
でも、私は迷わず至福を選んだ。
だって、美味しかったんだもん!
この日同じグループになったのは、ヴァレッタ様取り巻き団のおひとりであるノーラ様とこれまであまり親交のないご令嬢方4名。
この4名様がどうやら仲良しさんらしく、私の食べっぷりにご注目遊ばしたってわけ。
もちろん、私がクリストフ殿下の婚約者だってことも知ってるわけですわ。
クリストフ殿下は王太子だから、私はゆくゆくは王太子妃ってことで、その先は……
そりゃ、色々めざとくもなるってもんですよね。
至福が舌の上から消えた後の、地獄タイムを味わっている私の横にはノーラ様。
先ほどから一言も口にせず、優雅に新作お菓子を召し上がってる。
あー、そう食べればよかったのか〜。
時既に遅し。
ノーラ様といえば、皆様覚えておいでだろうか。
学園祭準備の際に、生徒会入りの口利きを打診された事件のことを。
ヴァレッタ様の取り巻き2列目令嬢のエリス様とおふたりで、私に詰め寄ってこられたことを。
あの時はクリストフ殿下に無理やり連れ出されたことでなんとか回避できたけど、あれからおふたりはちょっと要注意人物扱いなんだよね。
おそらく、あわよくばクリストフ殿下狙い的な。
ということは、私は今まさに四面楚歌。
この世界に楚という国があった歴史はないかもしれないけれど、360度楚の歌が聞こえている気分。
このことがメラニー女史に報告がいくのも恐ろしいし、未来の臣下に品定めされている現状もきっついし、数分でいいから戻りたいのに前世の記憶があっても時戻りなんてチートが起こるわけもない今、私はもう生きたまま死んでいる気分なわけです。
生きた心地がしないってこういうことだよな、なんて現実逃避し始めていると、横に座っていたノーラ様がついに口を開いた。
「私、先日こちらのお菓子をカフェの方でいただいたのだけど、どうやらそのまま頬張るのがお店の方のご希望のようでしたわ」
「え?」
「そうなんですの?」
「ええ、その方が美味しく召し上がっていただけるとおっしゃっていたわ。だから、恥ずかしくはありましたが、お店の方々の手前その時は私もそのようにいただきましたの。そのおかげで、今日はこのように切っていただくことができましたのよ。ほら、力加減とか難しかったでしょう?」
そう言って4名様のお皿を見ると、クリームが見るも無惨に飛び出してしまっている。
え、これはこれでどうなん?
それに、ノーラ様のこの発言は、もしやフォローでは?
あれ?もしやノーラ様っていい人?
ノーラ様の言葉で顔を見合わせた4人は、誤魔化すようにクリームを撫で付けながらふわふわを口にし始めた。
「お店の方がご推薦する食べ方は美味しかったでしょう?エルナ様」
しかも振ってくれてる〜〜
え〜〜、優しい?
「はい。とても、美味しゅうございます」
感動しすぎて、妃モードに戻れた!
素直に答えれば、ノーラ様は満足そうに微笑んだ。
その意味を計るには、私はまだ修行が浅すぎたのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
ノーラ様を書くのが楽しい不思議。
もっと書きたいけど。。。
次のお話もぜひ、お楽しみに♪




