第2話 王族の弱点
「さて。今日の授業は”毒”です」
まじか。
妃教育が始まってもうすぐ半年。
田舎の伯爵令嬢にとってはひっじょーに高い教育を受けさせてもらっている自覚はあったけど、まさかここまでやるとは思ってなかった。
ここは妃教育のために用意された王城の一室。
いつもだったら妃教育のために招聘された教師のメラニー女史とふたりのところ、今日は私たちの他に医官が数人いるから救護とかそういう授業かと思っていたのに。
(まさかの、毒て……)
前世の記憶を思い出してこの方、ここまでカルチャーショックを受けたことはなかったかも。
そんな私の反応など意にも介さず、メラニー女史は説明を始めた。
「我が国の王族に生まれた者は、男女問わず幼少期から毒に慣れるための教育が施されています。現在他国と安定した関係が築けているかといって、いつなんどき、何があるかわからないからです。これがどういうことかわかりますか?」
「それだけ、王族には危険があるということでしょうか?」
「惜しい。半分正解です。王族はそれだけ危険にさらされているというところまでは合っています。今問うているのはその先です。王族は常に狙われている、ということは、婚約者はどうなりますか?」
婚約者はいずれ王族になる者だ。
婚姻と同時に王族となり、そう見なされる。
「毒にも慣れてない婚約者は、標的にちょうど良いですね」
一瞬顔を顰めたメラニーは、小さくため息をこぼし説明を続けた。
「またそうやって他人事のような言い方をして。でもその通り、敵からすれば格好の標的なのです。しかし、今からあなたに毒になれるための教育を施すことはできません。そこで、あなたはその弱点を補う知識を得る必要があります」
だいたいの毒にある程度の抵抗力のある王族とは違って、婚約者はいちばん害しやすいってことなのか。
ふむふむ、とノートに自分なりに書きつける。
書きつけながらも思考を巡らせていると、ふと重要なことに気がつく。
(え?それってめっちゃ弱点ってこと?)
書き終えつつその可能性に辿り着いた。
こりゃいよいよ、いよいよだ。
モブ希望女子には背負いきれないほどの重圧を感じる。
すると、傍に控えていた医官がいくつかの小瓶並べたトレーを目の前に置いたため、意識がそちらへ持っていかれた。
「あくまでも授業のための素材であると心得てください」
第一声でそう注意すると、小瓶を一つずつ立てながら、説明をはじめた。
ガラスの小瓶はすべて同じ意匠、変哲もない茶色の小瓶をしていて、番号の書かれた紙が貼られている。
「我が国が把握している毒物です」
「え?」
「王族は常に狙われていると考えていなければなりません。そのため我が国には秘密裏に毒物について研究している機関があります」
秘密裏、というのは悪用を怖れてのことだろう。
メラニー女史の説明によると、毒だけを扱うというより科学班といった色合いの組織のようだった。
毒物の管理やことが起こった際の対処もこの組織の担当になるらしい。
「組織には名前がありません。知るものも限られています。国王をはじめとした王族、宰相、軍務のトップと組織の人間だけです」
軍務のトップ、ということはローゼンベルク侯爵もご存じなのか。
「え?では、メラニー女史はなぜご存知で……」
ふと疑問を口にすると、一瞬だけ驚いたように目を見開いた後に細くした。
「国内貴族の情報がまだ頭に入りきっていないようですね。担当教師に伝えておきます」
「メラニー様は、侯爵家に降嫁された王姉殿下でいらっしゃいますよ」
「あわー」
あ、これやっちゃったな。
学んでた、学んでましたよー。
優秀な成績で未来の女王かとも目されていたにもかかわらず、現在の国王である弟君に王位を譲り自身は望む相手と結ばれることを選んだという、国王様の姉君。
その優秀な頭脳を研究と後継を育てることに活かしていらっしゃる女傑だ。
メラニー女史に視線を向けると、もんのすごくいい笑顔で微笑まれた。
はい、ごめんなさい。
「失礼いたしました」
「謝ることはありません。あなたはまだ生徒なのです。本番で失敗しないよう、何度でも学び直せば良いのです」
メラニーさまああ!
お姉様と呼びたい!
こうやって国内の女性貴族の多くをたらし込んできたというメラニー女史伝説があるのだと、後日ヴァレッタから聞かされた。
「それでは、まずひとつめからいきましょう」
メラニー女史の音頭で、グランツフェルト秘密研究課(私が勝手に命名した)の医官によって、ひとつずつ毒物の特徴を覚えていく。
香り、特徴、味は試せないから何に似ているか、そして解毒や対処法などなど。
ただし、これがすべてとは限らないと念を押された。
「毒をもって陥れようとする者の考えることです。いかようにも害そうとしてくると覚えておきなさい」
まずは自身の身を守るためがクリストフ殿下を守ることにもつながるのだ。
毒の内容を書きつけることは禁止されたので、必死になって覚える羽目になった。
けど、いつもの妃教育よりもずっと真剣に取り組んだ。
まさかこの授業が実際に役に立つ日が来るなんて、この時の私は知る由もなかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
次のお話もぜひ、お楽しみに♪




