第1話 届いた小包
「エルナさん宛てに小包が届いていますよ」
「ありがとうございます」
寮の入り口近くで小包を受け取ると、私は建物には入らずに馬車止めへ向かって歩き出した。
私はエルナ・マリエンベルク。
この国、グランツフェルト王国の南の端っこに位置する貧乏領地の伯爵令嬢だ。
自分がこの世界の原作を知る前世持ちだと思い出したのは、もう半年以上前のことになる。
悪役令嬢の取り巻きの最後尾をあっためていた私は、そのまま目立たず穏便に生きていこうと思っていた。
そのはずなのに!
なんやかんやあって、王太子の婚約者になったのが昨年のこと。
卒業したらすぐに結婚したいと言うクリストフ殿下の要望に応えるべく、学園での勉強のほかに妃教育や、なぜか引き戻されてしまった生徒会やらで今では毎日が忙しい。
なんでや。
なんでこんなことになったんや。
色々よくしてくださる王妃様の鶴の一声で王城に一室賜ることになり、週末は妃教育のためもあって王城滞在があたりまえになっている。
今週の授業も終わり、明日から週末。
ということで、私は一旦寮に寄って届け物がないか確認しにきたところだ。
案の定、届いていたんだけどーー
(まさか小包とはな〜)
小包を受け取り、王城へと向かう馬車に乗り込んだ。
実は最近、父と頻繁に手紙のやり取りをしていた。
というのも、帰ってこいと言われ、卒業資格試験に合格したにもかかわらず、学園に居残ってるばかりか、王太子の婚約者になってしまったから!!
王子様に見初められたら、お姫様になって幸せに暮らしました、ちゃんちゃん。
なんてのは、御伽話だから許されることだ。
現実問題、毎日は続くし、色々大変だし、お花畑でキャッキャうふふなんてやってられん。
っていうが、雑すぎる!
そもそも婚約成立まで両家で色々了承しあったりとか、しちめんどくさいのだ。
まあ、ほぼ王命みたいなレベルで婚約の打診がなされたらしいので、伯爵とはいえ順位の低い我が家は拒否はおろか条件をつけることもできなかったようだ。
お父様、ごめんなさい。
小包を開けると、毎度の如くどっちゃりと手紙の束が。
父からだけでなく、母や弟、妹、領民からのものがこれでもかというほどに届く。
グランツフェルト王国の南の端っこ。
南洋に面した領地が我がマリエンベルク領。
主に漁業で成り立つ我が領地は、よく言えばのどか、悪く言えば田舎。
そんなわけで、子供の頃から領民の子供たちに紛れて海遊びや魚釣りに勤しんでいた。
ところが、どうやら身分を隠して領民に紛れていた、と思っていたのは私だけだったらしく、バレバレだったらしいんだよね〜。
そのやんちゃな領主のお嬢様がまさかの王太子の婚約者に決まったってんだから、お祭り騒ぎだったり、おチビたちは「おねえちゃんにおてがみかく〜」と言って、なぐりがきのような、暗号のような絵を送ってくれる。
嬉しいけど、どうしようコレ。っていうのが最近の悩み。
今回は何が描いてあるのかな〜とお絵描きを探そうとしたところ、手に固いものがあたった。
「ん?なんだ?」
寮といえど中身を検められるのがこの世の常、危険なものではないだろうけど……と掴んで取り出してみた。
「あ、もしかして!」
私はダメ元でしたお願いが通ったことを確信し、胸が躍った。
「これで特別な贈り物ができる〜〜!」
手紙と一緒に届いたのは、夜光貝だった。
海に面したうちの領地は漁業が盛んだ。
漁業ってのは魚を獲るだけじゃない。
貝だって大事な海産物だし、食べるだけじゃないのが貝のいいところ。
中でも夜光貝はとても素敵な工芸品になる。
夜光貝の工芸品は真珠のような照りと海を写したような色合いが美しいことから、高価で貴族の女性たちにも人気なのだ。
幼い頃から身分を隠して領民に混じり遊んでいた私は、夜光貝の美しさを気に入って工房にしょっちゅう出入りをしていた。
「こっそり見てたらめっちゃ怒られて、むしろ堂々と見に行った方がウェルカムだったんだよね〜」
懐かしいな、とこぼしつつ届いた夜光貝を手に取る。
いくつか届いた夜光貝はすでにカットされた形になっており、ごつごつとした貝表面の汚れも落とされていた。
夜光貝は貝工芸の中でも特に難しいとされている。
なぜかというと、とにかくめっちゃ硬いから!
その分ある程度丈夫ではあるものの、好みの形に切り出したり加工するのがとにかく大変なのだ。
しかし、まるで真珠のような独特の虹色の艶光沢は貴族にも愛好家が多いと聞く。
小包の中に手を突っ込んでさらうと、長方形のものや、細長いものなど、いろいろな形のものがあった。
「親方が途中までやってくれたんだ!ありがたい〜」
これであとは自分でできる。
というのも、まもなく王妃様のお誕生日なのだ。
王族の誕生日は国をあげて祝われるのだが、特に国王と王妃の誕生日は国家行事として国内のみならず国外からの賓客を招き数日にわたって大々的に開催される。
あの強引王太子の根回しにより、あれよあれよという間に婚約が決まって以来、ずっと良くしてくださっている王妃様に、この機会に感謝を込めた贈り物がしたかった。
(きっと高価なものや豪華なものは、すでにお持ちだろうから)
私は、私だからこそ贈れるはなんだろうと考えて、田舎の海で取れる特産物のひとつ、夜光貝を思い出したのだ。
夜光貝は海のような青緑の色と真珠のような艶が美しいが、それをどう残すかで雰囲気がまるで変わる。
パール感の方が喜ばれるということもあって青緑の層を残さない物の方が多いのだが、王妃様の美しい銀髪にはきっとこの色を残した方が似合うはず。
そう思い、磨きと仕上げを残した状態で送って欲しいとお願いしていた。
私の思う、いちばん王妃様が輝く色にしたくて。
いくつかあるカットされた夜光貝のうち、贈り物としていちばん良さそうなものを手に取ると、これを髪にさして喜んでくれる王妃様の姿が思い浮かんだ。
(まだ日はあるけど、早く取り掛かりたい!)
自然物を相手にした工芸だけに、思う通りに色が出せるか、失敗しやしないか、不安と期待がないまぜになりながらも作ること自体の興奮を感じて胸が躍る。
遠くはないが近くもない王城までの道のりを、私はいつもよりも短く感じたのだった。
新章開幕!再びエルナの物語をお楽しみくださいませ〜




