第10話 田舎貴族の三男でもいいですか(ルーファス視点)
「これで以上になります」
「確かに。ではこちらを」
「ああ、ありがとう。では、あとは頼みます」
俺は急ぎ田舎から持ち帰ってきた大量のワイン乗せた馬車を王城の裏門から誘導し、アンリ王子の侍従に持ち帰る荷物への積み込みを依頼した。
アンリ王子が我が領地のワインを所望されたのは、数日前のことだ。
騎士の誰かから、うちがワインの産地だと聞いたのだろう。
帰国の折に是非にも持ち帰りたいと大量の発注をされた。
ありがたいことだと安請け合いしたところ、なんと来週には帰国の途につかれると聞き、急ぎかき集めてきたという次第だ。
幸い我が家の蔵に保管していたもので足りたが、いかんせん運び手が足りないということで、俺が領地から持ち帰る役を担うことになった。
大変なことになった、とは思いつつ、俺は心のどこかでほっとしていた。
(これで当分、姫様のことを考えなくて済む)
騎士宿舎にいれば、否が応にも姫様の情報が耳に入る。
耳に入れば自動的に考えてしまうし、思い浮かべては気分が沈む。
剣を振っていても、姫様との鍛錬を思い出してしまうのだ。
別のことをやっていた方が気が紛れる。
と思っていたのだがーー
馬車を操り王都までの道すがら、暇すぎて姫様のことを考えてばかりだった。
アンリ王子が帰国される。
ということは、姫様は?
もうお返事をされてしまったのだろうか?
だから急ぐように帰国されるのか?
俺はもう何度目になるかわからないが、自分の頬を殴った。
しっかりしろ、ルーファス。
そうやって繰り返し殴っていれば眠気が襲う暇もなく無事王都につき、引き渡しをすませた。
そこまではよかった。
国賓からの依頼とはいえ、急な不在を許可してくれた礼と帰着の報告に騎士団長の執務室を訪れると、そこにはまさかの姫様がいた。
報告をそこそこに、なぜか団長が退室し、執務室には俺と姫様だけが残された。
暫くぶりに見る姫様は、変わらず可愛らしくもあり、日に日に淑女らしさが高まるのか、俺の知らない女性のようにも見えた。
姫様のことばかり考えていたせいか、どこか現実味がない。
団長を見送ったままの姿勢で身体中に姫様の視線を感じるのも、もしかしたら夢かもしれないと思い振り返ることができない。
それなのに……、ふいに呼ばれ、声は裏返り、姫様の顔を見てしまった。
「ルーファス様」
「は、はい!」
ああ、見てしまった。
大きな黒い瞳は、俺ごと飲み込んでしまいそうに見えた。
「あなたにお話があります」
そう言って一歩近づく。
話?俺に?
まさか、やっぱり姫様は隣国へ行ってしまうのか?
それを俺にわざわざ聞かせるのか?しかも姫様のその口から。
思わず一歩下がり視線を下へ向ければ、顔を両側から挟まれ、強制的に姫様に向けさせられた。
柔らかい体温が頬から伝わる。
……あたたかい。
まるで姫様が触れている場所から溶けていくようだ。
俺より背の低い姫様が俺に向かって手を伸ばしているのは、視覚的になんとも……。
はっいかん!
腑抜けそうな体感に喝をいれた俺だったが、直後告げられた言葉には、殴ってもいない頭に衝撃をくらったのだった。
「……ルーファス様、あなたをお慕いしています」
「へ?」
一瞬、息ができなくなった。
なんだって?
姫様が俺を?
まさかそんな……いや、そうではない!
「いけません、姫様。姫様はベルフォールの王子の……」
「ベルフォールは関係ありません」
王子に求婚されている姫様が俺を?いやいや、まさか。
そう思った俺の忠言は姫様によって中途で断ち切られた。
なんでかわからないが、何かの気の迷いに違いない。
こんなことで姫様に瑕疵がつくのは、何がなんでも阻止しなくちゃいかん。
俺は姫様の感触を名残惜しく感じるも、その手から離れ距離をとった。
「あなたはローゼンベルクの姫、この国の公爵令嬢です」
「だからなんです?」
姫様が一歩進めば、俺も一歩下がる。
一歩また一歩とあとずさるものの、部屋の広さには限界がある。
一進一退の攻防も長くは続けられない。
俺はなんとか正気に戻ってもらおうと、必死に姫様に訴えかけた。
「俺なんかより、ふさわしいお相手がいらっしゃるはずです」
「そういうのはもう飽きました」
飽きるとはどういうことなのか?飽きるようなものなのか?
なかなか意を曲げてくれない姫様にこれ以上俺がどうにかできるわけもない。
(姫様、すみません!)
俺は意を決して部屋を出ようと動いた。
騎士団長の執務室といえど、一気に走り抜けてしまえばなんという距離ではない。
ぐっと体に力を溜め、扉に向かって全身全霊で足を動かした、はずだった。
衝撃を感じて、気づいた時には目の前にあるのは執務室の扉なんかじゃなく……。
(ひ、姫様……!)
目を開いた俺の視界を占領していたのは、一度はその手から距離を取ったはずの姫様のお顔だった。
どうやら、俺は姫様に押し倒されてしまったらしい。
頬にその感触を感じただけでもくるものがあったというのに、あろうことか腰の、あイヤ体の上にその体温も、柔らかさも、その重みすらも感じている。
(姫様〜〜〜〜〜!!!)
あろうことか姫様は馬乗りになってその体ごと俺の動きを封じてしまった。
「もう逃しません」
上に!俺の上に姫様が!
動揺する俺を無視して、姫様は詰めてくる。
(う、動けん!)
こんな状況で俺に何ができるというのか。
下手に動けば姫様に当たるし、怪我をさせるわけにもいかない。
そうでなくとも全神経が体の特定部に集中しそうになるのを、俺はなんとか頭を回転せねばと抗っていると、姫様が一段と顔を寄せてきて口を開いた。
「ルーファス様はわたくしのことがお嫌いですか?」
なんてことをおっしゃるのか……。
ヴァレッタ様、馬乗り告白!
長くなりそうな予感がしたので、ふたつに分けました。
続きは次のお話で




