第7話 メリアの離宮にて
「散々な目に遭った……」
王妃様とのお茶会でこれでもかと自身の恋愛尋問を受けたエルナを引きずって、私はメリアの離宮に移動してきました。
ぐったりとソファに体を投げ出すエルナに、メリアがお茶を出しながら小言を投げていきます。
「建国劇でも公開プロポーズされたのに〜?」
「うぐっ」
「そう言えばお姫様抱っこで運ばれたんだって?」
「あう」
「『行かないでくれ!』って?」
「んがあああ!」
「ね?未来の王妃様?」
「……」
「あ、死んだ」
面白がってエルナのウィークポイントを突いていくメリアですが、エルナも嫌がってはいない様子。
しばらく顔を出せずにいたけれど、元気そうなメリアの様子に笑みがこぼれてしまいます。
「ふふ、ごめんね。急に押しかけちゃって」
「全然。むしろ来てくれてうれしい」
ひととおりエルナで遊んで満足したのか、メリアが私の隣に移動してきました。
メリアの入れてくれるお茶はいつも、どこか懐かしい。
私たちの共通点、前世の記憶のおかげだったりするんじゃないかしら。
「私のおかげで今があるってのに、私にこそ詳しく報告するべきと思わない?」
メリアは口を尖らせて不満をこぼすも、どこか本気ではないのがわかるのはこれまでの彼女との付き合いのおかげかもしれない。
などと考えながらカップを傾けると、もう中身が空だった。
気恥ずかしくなりつつカップを下ろすと、メリアが空のカップは指摘せず、私に視線を寄越す。
「ここに来たのは、エルナのためじゃないでしょ?」
「お見通しみたいね……」
建国劇での出来事で、心を痛めたメリアは、離宮に滞在して心の回復に努めていく中で、心の専門知識に興味を持ち、自身の回復と習熟の両方に挑んでいるのだそう。
『これまでは自分のことしか考えられなかった。ううん、違う、ちゃんと考えることさえできていなかったことに気づいたの」
そう言って、失敗したババロアを頬張っていたのは、学園祭よりも少し前のこと。
『世界が小さいってこういうことかって思った。まだ、全部わかったわけじゃないけど』
それからは、自分が何に固執していたのか、何を守ろうとしていたのか、その根本にあった本当の願いを知る術を、知らなかったと語ってくれたのでした。
「それで、ヴァレッタちゃんは?」
「え?」
「今、どんな思いが頭をいっぱいにしてるの?」
ピンクの髪を揺らして、メリアはずいっと顔を近づけてきます。
圧が、すごいです。
こういうことができるの、メリアやエルナの専売特許でちょっとうらやましいのは秘密です。
「言っちゃっていいよ。言わないと、次のこと考えられないよ?」
経験者の言葉は、言い方は軽いのになぜか重く響きます。
あなたになら、私も素直に聞いてもらえる気がして、心の扉を開いてもいいのかな?と思えるから不思議。
「原作の私を、メリアは覚えている?」
「もちろん。ざまあされて国外追放、潰れた国を救って再建、王様になりましたってね」
「あっさりしすぎじゃないかしら?」
「実は、ちゃんと思い出したのは最近なの。知ってたら、王子様とどうにかなりたいなんて考えなかったかも」
意外。
この人しかいない、と言っていたメリアが。
「私の場合は親だよね。優しかったけど、それは自分らのための優しさであって私のためじゃなかった。う〜ん、私のためにはならなかった、って感じ?だから私は、親以外に私を愛してくれる人を求めちゃったの。それが、超イケメンをみつけて『この人がいい〜』ってなっただけで、外側しか見てなかったんだけどね」
話したよね?と少し不貞腐れるメリア。
「それって、”この人”と心に決めてるのは、自分の中の何かのせいってことなのかしら」
私が思い続けているこの感情も、間違いなのでしょうか。
「そういう考え方は安直すぎるよ。課題の持ち方は人それぞれだよ。全員違うといってもいいよ。だから、ヴァレッタが話してくれないと、私もわからないよ」
この心の専門家の卵さんは、私を自分の成長の糧にしようとしてるわね?
それでも、いいわ。私は、『本当の願いを知る術を知らなかった』と言っていた、あなたのその言葉を頼りに来たのだから。
それから私は、メリアに私の心の内を聞いてもらった。
救国の英雄にはなりたくなかったこと。
原作では、国を救っても、愛する人とは結ばれなかったこと。
婚約解消をした後、婚約者探しをしなかったわけ。
それでも、アンリ王子が来てしまったこと。
公衆の面前で求婚されてしまったこと。
国内では婚約者はみつからないだろうこと。
正式に求婚されたら、断る術がないこと。
みんながいい縁談だと言っていること。
彼とは、もうずっと会えていないことーー
身のうちに潜めるしかなかった思いを全て吐き出すと、唐突にメリアがクイズを出しました。
「さて、ここで問題です。ヴァレッタちゃんが囚われているのは、いったいなんでしょーか?」
「え?」
私が囚われている?
悪役令嬢のイメージ?は、今世ではあまりないと信じている。
ということは、今私が悩んでいることかしら。
「アンリ王子が求婚してきて」
「ふーん」
「みんないい話だというし」
「ふーん」
あれ?これじゃないのかしら?
これかしらと思うものをあげても、メリアの反応は今ひとつ。
すると、不貞寝をしていると思っていたエルナがやおら起き上がり口を開きました。
「王妃様は、『私的な自分を忘れるな』って言ってた」
「エルナ!聞いていたの?」
「あ、しまつた」
またもや寝たふりをするエルナでしたが、私は彼女の言葉の意味を考えます。
「私的な自分?」
「王妃様とそんな話したんだ。じゃあさ、公的な自分って、さっきのだとどれ?」
「ええと、アンリ王子からの求婚、はたぶん公的だわ。政治問題だもの」
「そうね」
「いいお話だってことはわかってるの。でも……」
「ほら、ここの境界線、見えてる?『でも』の境界線、気づいてる?」
アンリ王子からの求婚も、関連した周囲の評価も、それに対して思い悩む自分の感情も、それは公的な自分の側面じゃないかと指摘してくれました。
「じゃあ、私的なわたくしは」
「でも、のあとに何を言いたかった?」
でも……それを選ぶことはきっとできない。だって私は公爵令嬢だから。
「公爵令嬢ってのも公的だからね。救国の英雄コースを蹴って、原作通りの筋書きを変えてでも手に入れたかったことは何?」
言いたい。でも、ここで言ったらもう引き返せない。
「なんのために、今を生きているの?」
いつのまにか、狸寝入りしていたエルナが私にハンカチを握らせました。
「いいよ」
「え?」
「言っていいよ」
「……!」
いいの?いいのかな?
公爵令嬢なのに、国のための結婚じゃないのに、望んでもいいのかな?
「ルーファスと、……一緒に生きたい。添い遂げたい……今度こそ……!」
声に出したらもうダメ。
涙が止まらなくて、年甲斐もなく、大声をあげて泣いてしまいました。
泣いても泣いても、涙が止まらなくて。
メリアとエルナは私の両側から、優しく背中をさすってくれました。
「いいんだよ、ヴァレッタ。お妃様からの許可は出てたじゃん」
『大切なのはあなたの選択ですよ』
あれは、王妃様なりの後押しだった。
私はそれすら気づけず、許されている現実を見ようともせず、本当の願いに蓋をしてしまっていたんだ。
ルーファスと添い遂げたい。
もう二度と、私のために身を引くなんてこと、しないでほしい。
彼に想いを告げよう。
強く決心を固められたのは、不甲斐ないほどに大泣きをしながらも、どこか枷のとれたように楽になったおかげなのかもしれません。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
本作品が、なろう全作の中で注目ランキング100位にランクインしました!
これはひとえに読んでくださっている皆様のおかげです!
ありがとうございます!
引き続き、次のお話もお楽しみいただけるとうれしいです♪




