第6話 王妃とのお茶会
「王妃様から?」
「そうなの。ぜひヴァレッタも一緒にって、招待状を預かってきたわ」
エルナから手渡されたのは、王妃様を示す封蝋の押された封筒。
開いてみれば、王城にて3人でお茶をしましょう。久しぶりに私にも会いたいという内容でした。
先日はアンリ王子を接待するため、ご一緒することができなかったせいもあるのでしょう。
正式に招待という体裁を取ってくれたのだと予想し、王妃様の変わらない心遣いに心が温かくなる。
「喜んでご一緒させていただきますわ。届けてくれてどうもありがとう」
「気にしないで!私とヴァレッタの仲じゃない!」
「あら、エルナ。未来の王太子妃様は随分と自然体でいらっしゃるのね」
「!! お気になさらず。ヴァレッタ様が喜んでくださり、私も嬉しく思います……でどうかな?」
「エルナったら」
彼女らしさが消えてしまうのは残念ではあるけれど、未来の国母としてあるべき姿になろうと努力する彼女を、私も支えたい。
招待を受けたその日、休日の朝から鍛錬を日課にしていることを知る王妃様は、午後の余裕のある時間を指定してくださいました。
どうしても鍛錬を休みたくなかった。
少ない、彼との時間だから。
けど、その日も彼は鍛錬に顔を出してはくれませんでした。
「あの、ルーファス様は……?」
今日鍛錬の相手をしてくれた騎士様に伺えば、なんでも出張訓練を取りまとめる係が変更になったと教えてくれました。
出張訓練組?
確か、ルーファス様が我が家で鍛錬をしていたのは、お父様が学生時代のルーファス様に許可をされてーー
それが、騎士の業務の中に組み込まれた出張訓練だと知り、私は衝撃を受けました。
(仕事の一環だった?自分の仕事じゃなくなったから、来なくなった。そうなの?)
動揺を隠し、礼を伝えて早めに部屋に上がり、浴室に駆け込みました。
「ヴァレッタ様?どうかいたしましたか?」
心配したハンナが浴室の外から声をかけてくれましたが、王妃様の招待があるから早く支度がしたいと伝えてさがらせました。
(もうずっと、あなたと顔を合わせていない。もしかして、あなたはもう……)
ともすれば恐ろしい考えでいっぱいになりそうな頭を振り、王妃様とエルナとのお茶会に意識を集中しようと切り替えます。
今はただ、おふたりの温もりに早く会いたい。
それだけで、支度を済ませた私は王城へと向かいました。
王城へ付き、王妃様が用意してくれたお茶会室へ向かうとすでにエルナとの歓談中でした。
(少し早く着いたと思ったのだけど)
エルナが少し驚いたような表情を浮かべますが、「あっ」と声をあげて席を立ちます。
「エルナ?」
「私ったら、さきほど先生からお借りした本を置いてきてしまったようです。忘れないうちに持ってこなくっちゃ!ヴァレッタ様、少し席を外すので王妃様とおふたりで楽しんでいてください」
「あら、いってらっしゃいませ」
慌ただしく退室するエルナを見送り、席に案内をされると良い香りの紅茶が出されました。
「エルナさんったら、おっちょこちょいね」
「ふふ、でも可愛がっていらっしゃると聞いていますよ」
「ええ、とても可愛いです。私には娘がおりませんからね、母娘というのに憧れるのですよ」
そう、だからこそ王妃様は私にも本当に心を砕いてくださっていました。
「その節は……」
「終わったことを蒸し返すほど、わたくし暇ではなくってよ。それに、たとえ娘にならずとも、あなたのことは娘のように愛しています」
国母ーー
その言葉が胸をよぎった。
私の敬愛する女性のおひとりだ。
「ときに、ヴァレッタさん。あなたにはまだ、宿題があったように思うのだけれど、どうなさるかお決めになりましたか?」
直後投下されたのは、あまりにストレートな、そして君主として放っておくことのできない内容だった。
「……アンリ王子殿下の件ですね」
小さく頷くと、そばに仕えた使用人に紅茶のおかわりを言いつけました。
このひととき、私たちはふたりきりです。
「あなたは王太子との婚約を解消した身。穏当に行なった国策の体をとってはいますが、人によっては瑕疵ともみるでしょう」
王子殿下の婚約者が早々に決まっていたため、国内の貴族の多くは王子殿下の後継に合わせるべく婚約を済ませているものがほとんど。
公爵令嬢があぶれるような予想を誰が立てただろう。
つまり、国内に婚約を求める相手は極限られた数しかいない。
例えば、後妻を求めているか、なにかしらの問題があるか。
「政治的に言えば、これほど良い縁談はないと言えます」
王妃様のおっしゃる通りです。でもーー
答えることのできない私に、王妃様はさらに続けます。
「でもね、大切なのはあなたの選択ですよ」
え?
言葉の意味をすぐには理解できず、何度も繰り返し咀嚼して読み取ったその意味を確認したくて、顔をあげると、王妃様の優しい青の瞳と目が合いました。
クリストフ殿下よりも明るい青。
厳しい妃教育にへこたれそうな時も、この瞳が信じてくれていたから頑張れた
その青が、私に選択を許してくれている?
「私の、選択ですか?」
ふっと相貌を崩し、やはりねと小さくこぼされました。
「あなたの、公爵令嬢たらんとするその矜持はとても素晴らしい、我が国の貴族の鑑ともいえる献身です」
それは、これまでの行いのすべてを評価してもらえたような、ほめてもらえたようなくすぐったい言葉でした。
「ですが、私たちには公的な自分だけではなく、私的な自分もいることを忘れてはなりません」
まさか王妃様がそんなことをおっしゃるとは思いませんでした。
ここまで言われてもなお、まだ自分の言葉を出せない私に王妃様は急かすことなく、エルナをつれてくるよう侍女に声をかけました。
エルナ、あなた一緒になって何をしてらっしゃるのよ。
ぴょこんと顔を出して様子を伺うエルナは、領民に紛れて大口開けて笑うままに妃としての教養を高めているようで、私も何かを掴めそうな気がしてきました。
「ねえ、ヴァレッタさん。エルナさんのあの日のこと、詳しく聞いて見たいと思わない?」
王妃様が言っているのは、あの世紀の大告白のことでしょうか?
そういえば、あれから何かと忙しくてゆっくり話ができていません。
「まあ、ぜひ聞きたいと思っていたところですの。さあ、エルナさん、ここにいらして」
「え?ええええ?ちょ、聞いてた話と違いますよ〜〜王妃さま〜〜〜!」
標的が自分に変わったことを理解したエルナは、顔を真っ赤にしてイヤイヤと頭を振るけど、王妃様と私から逃れることなどできないのでした。




