第5話 遠乗りへ(アンリ視点)
「ご覧よ、ここからよく見える」
ヴァレッタ嬢へ声をかければ、巧みに馬を操り並足でこちらへ寄ってきた。
乗馬服に身を包み、ピンと美しい姿勢で遠くを見る彼女をみつめ、私は喜びを噛みしめる。
ヴァレッタ嬢と約束したその日は、気持ちの良い秋晴れでまさに遠乗り日和だった。
私、アンリ・ド・ベルフォールはグランツフェルトの馬を借り、ヴァレッタ嬢と『グランツフェルトにいるなら見るべき絶景』として勧められた自然の中に来ている。
たまの城下視察の折に同行してくれる騎士に聞いた、おすすめデートスポットだ。
緑が深く、やや行った先の湖が見える、まさに美しい自然を堪能できるコースだった。
記憶の彼女はもっと勇ましく強い女性だったが、目の前のヴァレッタ嬢はどうして奥ゆかしく、たおやかな美しさを讃えている。
(これが本来のヴァレッタ嬢なのかな)
記憶以上の美しさに、私の心は踊った。
「少し降った先に水場と休憩所があるらしい。君は行ったことがあるかい?」
「いいえ、実はここに来るのも初めてで」
全身に震えるような感覚が走った。
(来てよかった)
彼女との初めての遠乗りで、彼女も来たことのない、彼女の絶景を、ふたりだけで堪能している。
「アンリ殿下〜〜!!」
「おふたりとも早いですよ〜」
ふたりじゃなかった……。
クリストフが私につけたお邪魔、もといお世話係のクラウスとカールが少し遅れて追いついてきた。
正式に婚約しているわけではないからふたりきりにはさせられない、とクリストフに謝られた。
確かに、彼女の名誉を傷つけるわけにはいかないからな。
まあ、ちょっと気を逸らしている間に先に駆け出しはしたけれど、こうして追いついたんだから許してほしい。
「ああ、来たきた。待っていたよ、ふたりとも。さあ、あそこまで行こう」
「『来たきた』じゃないでしょう、もう。ゆっくり行きますよ。僕が先導しますからね」
他国の王子に対して随分砕けた態度をとるカールが前を行くのに、おとなしくついていくことになった。
「クラウス様、大丈夫ですか?」
「お気遣い痛み入ります。なんとか慣れてきたところです」
文官希望のクラウスは、あまり乗馬が得意ではないらしい。
クラウスの側近候補に選ばれ、熟達はせずとも”なんでもそれなりにはできるように”と厳命され、本腰を入れ始めたばかりなのだとか。
(あの王子、なかなかに高いものを要求する)
いまだに『ポンコツ王子』の印象があるせいか、言動も行動も記憶と異なる奴には私も驚かされている、がーー
何より私を驚かせるのは、やはりヴァレッタ嬢の美しさだ。
私の知る彼女は、鬼気迫る強さを瞳に宿らせた強い女だった。
剣の腕前しかり、心の強さたるや容赦のない作戦選択と覚悟の決まり方が飛び抜けていた。
(そうしてクーデター後乗っ取られた王国を取り返すのだよな、まったく驚くべき女傑がまさかこんなにも可憐だったとは)
王国奪還後、私と共に玉座を得て、ふたりで崩壊した王国の立て直しに奔走した。
時折疲れを瞳に滲ませるも、すぐにその影を消して笑いかけてくれるような女性だった。
残念なことに、王国崩壊の原因であった婚約破棄は穏便な解消となり、関係も良好。
男爵令嬢と身を持ち崩すはずだった王子は大局観をもつ有能王太子であった。
ここまでなにも問題がなければ、王国が滅びる可能性はないと踏んだ私は早々に方向転換することにした。
(王太子である兄上に臣籍降下打診の了承が届いた)
元より王位継承順は第3位。
記憶をひっくり返して見ても、順位が繰り上がる事態にはならないだろうし、彼女を娶った後のことを考えて、グランツフェルトに隣接する直轄地を貰い受けたい提案をしていた。
(この国に併合する必要はなくなったのだから、彼女を連れ帰りさえできればいい)
現状を進める意気そのままに、馬を走らせる。
森を抜け開けたところに湖と簡易的な休憩所があった。
屋根にベンチに、馬たちのためだろう水飲み場の設備が整っている。
馬たちに水を飲ませつつ、我々もしばしの休憩とすることにした。
「へえ、案外ちゃんとしてるんだね」
「ええ。ここいらは国民の憩いの場なんです。最低限にはなりますが、国で管理している場所になります」
クラウスが馬から下ろした荷物を広げながら答えてくれる。
「道理で。実は騎士のひとりから聞いてね、勧められたのがここなんだ」
「馬がないとこれない場所だけど、結構人気らしいからね。先客がなくてラッキーですよ〜」
荷物はローゼンベルク邸からの食事や飲み物だった。
広げた中から水筒を手に取りつつ、敷き布へと招いてくれた。
やや首をななめに傾げながら水筒の中身をグラスへと注ぐ彼女から視線が外せない。
「うちの者が朝から用意をしてくれたんです。簡単なものですが、どうぞ召し上がってください」
分厚いベーコンの挟まったサンドイッチは食べ応えが抜群。
甘味と酸味が乾いた喉を潤す、なんとも気の利いた食事だ。
「この飲み物はなんですか?すごく美味しいです!」
慣れない乗馬に疲れた顔を見せていたクラウスが感動した声をあげる。
その様子をクスリと笑って彼女が答えた。
「それは蜂蜜に漬けたレモンで作った、我が家では定番の疲労回復ドリンクなんです。私もいつも飲んでいるんですよ」
「へえ〜、動いた後には特にいいですね。潤う気がしますよ」
そうか。君たちは初めてなんだね。
私は記憶の中で彼女がよく差し出してくれていた飲み物を思い出していた。
兵を率いて行軍しながらも、彼女はよく兵たちの面倒をみていた。
その時、必ずと言っていいほど飲ませていたのがこのドリンクのはずだ。
私も何度も飲んだものだ。
「お口にあいましたでしょうか?」
ヴァレッタ嬢が私の反応を気にしているようだ。
ふふ、私は何度も飲んできたというのにね、まあ今回はこれが初めてだし彼女を不安がらせてはいけないな。
「とても美味しいよ。ありがとう」
味の感想と感謝を伝えれば、彼女は安心したように微笑んだ。
ああ、これだ。
こうやって、彼女と微笑み合う時間を取り戻したい。
幼い時分に記憶を取り戻して以来、それだけが私の望みだ。
記憶の彼女よりも柔らかく微笑む様子に、これはこれで悪くない、とごちる。
さあ、そろそろだよ。私の姫君。




