第3話 臣下として(ルーファス視点)
グランツフェルト国の騎士団は王城の一角に専用の建物を持ち、寮や食堂を完備している。
自宅から通うことも可能だが、独り身や家督を継がない者も多くほとんどが寮に入って生活をしている。
必然、食事は揃って食堂を利用することになり、男所帯なことも手伝って夕食どきは特に騒がしくなる。
私はルーファス・ヴァインハルト。
グランツフェルト王国騎士団の一騎士だ。
私、というのは表向きで、心の中ではいつも俺と呟いている。
いつもは何人かで食事を囲んでいる俺だが、今日は早くひとりになりたかった。
そんな俺の心を裏切るように、今夜の食堂は一際賑やかだ。
「やっぱり姫様可愛いよなあ」
「可愛いし、強い!」
「そうなんだよ、鍛錬の時の真剣な表情もたまらないぜ」
騎士たちはヴァレッタ様のことを姫様と呼ぶ。
休日に朝の鍛錬を行うヴァレッタ様のお相手を務めたいと脱走を謀るものだから、あえて出張組を作ることで組織的に管理することになった。
いくらローゼンベルク公爵が騎士団長であろうと、私邸を解放しなければならない謂れはない。
快く受け入れてくださっていることに感謝をするも、ことの発端が自分の行動だけに、あまり強くは言えない。
「俺!今日鍛錬のお相手しちゃったもんね〜」
そのうちのひとりが、ヴァレッタ様の鍛錬に付き合ったことを自慢し始めた。
するともうひとりが張り合って、言い合いに発展した。
「俺もしたよ」
「は?なんで」
「お前が急に走って出てくからだろ」
「俺がお相手の日だったのに!」
「いつもより長くお相手して、俺も姫様もへとへとになったぜ」
「ずりー!やっとまわってきた番だったのに!」
どうやら今日のヴァレッタ様はいつもよりも長く鍛錬をしたようだ。
距離をとってみても、こうして姫様の情報が聞こえてきてしまう。
そう、俺たちの姫様。
グランツフェルトの武を司る、ローゼンベルクの姫だ。
俺は姫様と初めてお会いした日のことを思い出していた。
あれは俺が学園に入学するため領地を離れ王都へ来たばかりの頃。
武の家門の末端に属する我が家は、王都に上がったあかつきにはローゼンベルク公爵に挨拶をせよと言明されて、言われた通りにその門を叩いた。
まだ寮にも入らず、荷物を抱えたままの俺を公爵は温かく迎え入れてくれて、その日は夕食までご馳走になってしまった。
大きく分厚いその体格は男ながらに憧れを抱くには十分で、騎士を希望すると伝えれば週末には顔を出すようにと訓練場を貸し出してくださるとまで言ってくれた。
なんと度量の広い人だろうと感動を覚えた。
それから週末の度にローゼンベルク邸を訪れ、訓練場で棒振りをしている俺にローゼンベルクの若君が付き合うようになり、いつのまにか姫様までもがいた。
まだお背も低く、手も小さかった姫様は太い柄を握ることができず、姫様用の木剣を手作りして差し上げれば大層喜ばれた。
(本当に可愛らしかった)
あの頃は自分もまだ子供に毛が生えたくらいのものだったが、幼いなりに棒を振る姫様の姿に庇護欲がわかないはずがなかった。
そんな姫様が王子殿下の婚約者に決まったと聞かされた時は、そういうものなんだろうとすんなり受け入れていた。
(それなのに……)
その王子殿下との婚約を、姫様は解消した。
不思議と疑問には思わなかったが、それを機に俺が守らねばという焦りに駆られた。
だが、何かが起こるわけでもない。
姫様のまわりは変わらず穏やかで、俺はこの焦燥の意味を理解しないままでいたのだがーー
『隣国の王子が留学してくるんだと』
『俺たちも護衛任務につくかもしれない』
忘れかけていた焦りが首をもたげた。
『姫様が隣国の王子に求婚されたらしい』
一瞬、息をするのを忘れた。胃の奥を素手で掴まれたような感覚に襲われる。
直後、自分で頬を殴った。
相手は隣国の王子だ。
ヴァレッタ様はローゼンベルクの姫様だ。
何を思い上がっている。
俺はしがない、ただの騎士だ。
ワインしか産業のない田舎の酒飲み貴族の三男坊だ。
俺なんかが手を出していいお方じゃない。
あれだけ優秀な女性を、強く魅力的な女性を、世の中は放っておくわけがないじゃないか。
喜ばしいことじゃないか。
この国ではないが、隣国の王族に連なるお方になるんだ。
祝福をしてこそすれ、絶望するなんて、厚かましいにも程がある。
しかし、いざ姫様を目の前にすれば、視界の端に映していたくとも目を見ることができなかった。
喜ばしい?
喜べるものか。
でも、そうするしかないんだ。
俺は部屋にこっそり持ち込んだワインを一口のつもりで開け、翌朝には空の瓶がいくつも転がっていた。
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