第2話 遠くなった人
(今頃、ルーファスはなにをしているのかしら)
「グランツフェルトは自然が美しいよね」
(今日の訓練はお仕事でいなかったわ)
「君なら場所を知っているかな?なんでも遠乗りでしか行けないいいところがあると聞いたんだ」
(学園祭の準備で忙しかったから、全然会えてない)
「ヴァレッタ嬢?お〜い」
「ハッ、私ったら、すみません」
いけない、アンリ王子とのお茶会の最中でした。
どうやらぼんやりして、意識を飛ばしてしまっていたようです。
「お疲れのようだね」
「鍛錬に打ち込みすぎたようですわ」
暗に剣を振り回してきたと悪びれもなくこぼしてみました。
女だてらに剣を振っていると伝えても、アンリ王子は表情ひとつ変えません。
暴力的だとか、ガサツだとか、思わないのかしら。
あれから時折、こうしてアンリ王子にお誘いを受けることが多くなりました。
と言っても、今日のこれは偶然です。
午後、エルナの妃教育を手伝うために王城へ向かうと、着いた先でアンリ王子に見つかってしまったの。
あなたはアンリ王子の相手をしてあげなさいと王妃様に言われれば、従わざるを得ません。
私を見送るエルナは、どこか心配そうな目をしていました。
妃教育が不安なのかもしれません。
「それでね、今度そこへ君と行きたいと思うんだけど、いいかい?」
「……はい」
やってしまいました。
心ここに在らずがバレないようにと、思わず生返事をしてしまえば何かに了承してしまったようでした。
「そうか!よかった!いやあ、嬉しいよ。今度の週末が楽しみだな」
「あの」
「うん?ああ、馬の手配かい?口頭では許可をもらっているんだが、君の返事を聞いてからと思っていたんだ。あーよかった」
ヴァレッタ・ローゼンベルク、不覚を取りました。
気乗りのしない態度を見せないようにと取り繕っていたら、遠乗りの約束をしてしまったようです。
しかもすでに仮とはいえ許可も出ているとは。
さすが、他国の生徒会でも即戦力として活躍してくれたアンリ王子。
仕事が早すぎます。
「よかったら、今から厩舎を見にいかないかい?相性もあるだろうからね」
そう言って馬を見に行く流れに。
アンリ王子にエスコートされながら馬車へ向かっていると、途中、騎士団の一行とでくわしました。
「やあ、ご苦労様。おや、君は。……そうだ!あの教えてくれた場所をもう一度詳しく教えてくれないか?」
アンリ王子が気安く話しかけているのを面食らっていると、たまの外出時に護衛をしてくれているんだと教えてくださりました。
どうやら遠乗りで行きたい場所を教えたのがその騎士だったようです。
「どうした?なにか問題でもあったか?」
少しばかり長話になっていたところ行列の後方から飛び込んできた声は、私の耳にやけに大きく聞こえました。
「おや、これはアンリ王子殿下に、ヴァレッタ……様」
(ルーファス……)
ふいに胸できゅっ、と音がするよう。
朝の鍛錬で会えなかったから、今日はもう諦めていました。
その彼に……会えた。
「やあ、ヴァインハルト卿、すまない、時間を取らせるつもりはなかったんだが、彼に確認したいことがあって」
アンリ王子を前にしながらも、頭の中では鍛錬中に私へ微笑みかける彼のはにかんだ笑顔を思い浮かべ、心のどこかで期待してしまいます。
いつのまにルーファスとも顔見知りになったのでしょう。
いえ、護衛もしていると聞きました。
私が知らないだけで、きっと何度もこうやって会話をしているのでしょう。
胸にわずかなもやを感じるも、会いたい姿を見掛けられた喜びを噛み締めようと彼を見ると、サッと目を逸らされた。
(え?)
胸に手を当て、アンリ王子に答えるルーファスの動きに不自然さはありません。
けれど、騎士に足るその仕草は記憶の片隅にある原作の彼の姿と重なって、胸が痛みを訴えました。
(まさか……)
「ありがとう、タイミングよく聞けてよかったよ。呼び止めてすまなかったね」
目的を果たしたアンリ王子が騎士団を解放しました。
そして私たちは、彼らに見送られながら厩舎へ向かいます。
私はアンリ王子に促されるまま、マリオネットのように手足を動かしているようでした。
まるで記憶で知る原作のように
彼に目を逸らされ、臣下の態度で接され、頭を下げられてーー
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