第1話 わたしのありたい姿
新章開幕します
カンッカンッカンッカンッ
グランツフェルト王国の私邸の中でも屈指の広さを誇るローゼンベルク公爵邸の訓練場に、訓練用の木剣をリズミカルに打ち合う音が響く。
私はヴァレッタ・ローゼンベルク。
グランツフェルトの建国三英雄の一翼、ローゼンベルク家の一女です。
学園祭を終えた久しぶりの休日に、私はいつもの鍛錬に打ち込んでいました。
今日の相手をしてくれているのは、ファビアン。
王国騎士団の中でも若手でありながら、時折我が家での鍛錬に参加してくれている意欲のある騎士様です。
「さすがヴァレッタ様、お強いですね!」
しばしの休憩のため訓練場の脇へ寄れば、先ほどの騎士が声をかけてくれました。
本物の騎士様から評価いただけて、嬉しい限りです。
「どうもありがとう、ファビアン様も」
お礼を伝えると、なにやら奇声を発して駆け出して行かれました。
「あっ……」
(聞きたいことがあったのに)
行き場をなくした手を下ろし、どうしたものやらと思っていたところ、我が家に訓練に来ていた別の騎士様が声をかけてくれました。
「すみません、アイツちょっと嬉しいことがあったみたいで」
あら。だからあんなに興奮していらっしゃるのね。
「そうだったんですね。嬉しいことがあって羨ましいです」
「姫様にそう言ってもらえると、アイツも喜びますよ」
「そういえば、今日はルーファス様はお休みですか?」
「ああ、そういえば……。なんて言ってたかな、確か副長の代わりで出てくると言っていましたよ」
「そう、お仕事で。教えてくださって、ありがとうございます」
「いえいえ。今日はもう上がられますか?」
いつもだったらこれくらいでお暇するところですが、今日はーー
「もう少しやっていこうかと」
「では、私がお付き合いいたしましょう」
快く申し出てくれた騎士様と鍛錬を再開した私は、疲労が感じるまで普段より長く鍛錬に打ち込んでしまいました。
自室へ戻ると、メイドのハンナが浴室の準備をして待ってくれていました。
「いつもより遅いお戻りだったので、心配していたんですよ」
「今日はなんだかたくさん体を動かしたい気分だったの。すぐに汗を流したいわ」
ひとりで湯船に浸かるのを好むのを知るハンナは、ごゆっくりどうぞと浴室へ送り出してくれました。
いつも通り、すべてを整えてくれたことに感謝しながら、湯を浴びていると、振り払ったはずの憂が首をもたげます。
学園のクラスメイトであるエルナが原作の記憶をもつ前世持ちと知ってから、私の世界は大きく変わりました。
公爵令嬢としてふさわしくあれと幼い頃より教養を叩き込まれ、今では王太子となられたクリストフ王子の婚約者となってからは王子妃教育を受けることとなり『ただのヴァレッタ』でいられる時間はほとんどありませんでした。
こうして心の中でも丁寧語が抜けないほどには教育の効果があったようですが、私の内側では消耗と焦りでいっぱいでした。
というのも、私はこのままいくと男爵令嬢に恋した王子殿下に婚約破棄され、国外に追放されたのち冒険者に身をやつし、そのまま平民として生きていくのかと思いきや崩壊した母国を取り戻すために一念発起をし、クーデターを起こした勢力を打倒した後に王国を再建する『救国の悪役令嬢』の原作のままに進んでしまうから。
運良く幼少期より前世の記憶を取り戻していたことから、心ばかりの抵抗を試みてみるも原作の流れには影響がなかったようで、なんの変化もありませんでした。
そう、あの日までは。
いつものように原作ヒロインに出くわしてしまった私たちは、些細な言い合いから軽い揉み合いになりかけたところ、後ろにいたエルナが階段から落下してしまったのです。
階段落ちで無事でいられるなんて、お話だけの幸運です。
思った以上に体は痛むし、頭を打てば、すぐには異常がなくても後々何があるかわかりません。
動揺した私は、たまたまそこへいらした当時の婚約者であるクリストフ殿下に急いで保健室へ連れていくようお願いをいたしました。
快く了承してくれた殿下は、「まだ間に合うから、君たちは授業に行きなさい」と言ってすぐに去ってしまいました。
私はクラスメイトたちに促されるまま次の教室へ向かうより他なく、彼女の容体が気になるも、保健室へ伺った時には彼女は寮へ戻った後でした。
しかし、それを機に私たちは互いが原作を知る前世の記憶持ちだと知り、彼女は私の望みを叶えようと協力してくれたのです。
私の望み通り、王子殿下との婚約は解消され、クーデターを未然に阻止できたのも、彼女の働きあってのこと。
その後は同じく原作の記憶を持っていた原作ヒロインのメリアとも友人同士となり、今では敬称なく呼び合うほど仲良くなりました。
エルナは自分のことを後列モブと呼んで目立つことを避けようとするところがありますが、私はその考え方をもったいないといつも思っていました。
建国劇の時から、クリストフ殿下の行動はエルナへの想いが透けて見えていました。
頑なに殿下の想いから逃げ回っていたエルナでしたが、先日の学園祭のもろもろを機に想いの通じ合ったふたりを私は心より祝福しました。
誰がなんと言おうと、己の意思を貫こうとしたクリストフ殿下も
自分の心に素直になることを受け入れたエルナも
ふたりのその魂からの決意と行動を、心より羨ましく思いました。
私も、そうありたい。
けれどーー
もしかしたら私は、そうできないかもしれない。
そんな予感がしてしまうのです。
頭によぎるのは、アンリ王子を歓迎する宴でのこと。
いつもより深く疲労を感じ、湯船に頭まで沈んでみます。
息を止め、耳から聞こえる不思議な音に耳を澄ませてみるも、苦しくなって顔を出してしまいました。
メリアも、己と向き合い一歩を踏み出していると聞いています。
「私も、そうありたい……」
こぼれた声に応えるものはありません。
バスタブに落ちる雫の音だけが、私の耳に響いていました。
3章はヴァレッタのお話がメインです。
新章もお付き合いいただけるとうれしいです。
次のお話もぜひ、お楽しみに♪




